25.東方のドラゴンを見学 その1
その日、珍しく少しばかり大所帯でアニア・ゴールド達は汽車に揺られていた。魔王フルムス・クルブスがいるのはもちろん、ウールリ・リールラもいたし、猫のサリーもキャリーバッグに入れられてアニアの膝の上に乗っている。猫のぬいぐるみのナイは、ご機嫌なのか、活発にアニアの肩の上や頭の上を駆けずり回っていた。
つまり、バラの言葉探偵社のメンバーが全員汽車に乗っていたのだ。更に、そこに図書館で司書をやっているスズタニが加わっている。
彼女達は揃ってアルゴ村を目指していた。東龍自然の理の会のメンバーに会うのがその目的だった。
切っ掛けは、東龍自然の理の会からマジックメールが届いた事だった。そのマジックメールは小さな東方のドラゴン…… 龍の姿をしていて、非常に東龍自然の理の会らしかった。可愛かったので、アニアはかなり気に入っている。
東龍自然の理の会が何故、アニア達の居場所を知っていたのかは謎だったが、どうも会は、先日のグローが狙われたテロ事件の新聞記事で、自分達を訪ねて来たアニアが勇者であると知ったらしい。気にする必要もないと思うのだが、それで会の代表のイー・ランが、「充分なおもてなしができなかった」と謝罪をして来たのだ。
“……つきましては、もしよろしかったら、もう一度来ていただきたく、この手紙をお送りしました。差し出がましいとは思ったのですが、謝罪も兼ねて、私達の龍の力を是非あなたにきちんと披露したいのです。私達の力に興味がおありのようでしたので。残念ながら、空気が汚れている為、こちらからそちらへは向かう事ができません”
その手紙にはそのように書かれてあった。
もし仮に、イー・ラン達に探偵社に来る事ができたとしても、ドラゴンを連れて来たら街中がパニックになるだろうから遠慮したいところだが、その申し出は有難かった。アニアはウールリにもあの素晴らしい東方のドラゴンを見せてあげたかったのだ。
魔王とも相談したのだが、気晴らしにもなるし、東龍自然の理の会にも東方のドラゴンにも興味があるので彼女達は東龍自然の理の会をもう一度訪ねてみる事に決めた。そして、その時にアニアは、図書館でお世話になったスズタニを思い出したのだった。
スズタニは、東方のドラゴンを観たがっていた。誘ったら喜ぶかもしれない。
そう思って声をかけてみると、「是非、ご同行させてください」と彼女は直ぐに答えた。よっぽど東方のドラゴンが観たかったのだろう。
汽車が進めば進むほど、景色に緑が増え、空気が澄んでいく。白っぽい空が鮮やかな青い空に変わっていくのを見るのは何度味わっても気分が良い。
「――東方のドラゴンには翼がありませんが、それは東方の思想の影響を受けているのかもしれません」
或いは、その影響で高揚していたのかもしれない。汽車の中でスズタニが饒舌に語り始めた。彼女には寡黙な印象があり、実際に汽車に揺られている間もほとんど口を閉ざしていたのだが、東龍自然の理の会から東方の思想に話が及ぶと、突然に口が止まらなくなったのだ。
ただ単に自分の好きな話題になると夢中になってしまう性質なだけかもしれないが。
「東方の思想には、何かドラゴンから翼がなくなるような特性があるのですか?」
アニアが尋ねると、スズタニは「はい」と言った。
「“翼がなくなる”と言うよりは、“翼の必要がなかった”と表現する方がより適切かもしれませんが、東方では世界には“気”が充満していて、だからその“気”をコントロールできさえすれば、自在に空を飛ぶこともできるという発想があるようなのです。
東方のドラゴンにも応龍という翼を持つ龍がいますが、これは特例と見做すべきでしょう。
また、天女…… 西方で言うところの天使にも東方では翼がありません。恐らく、これも東方の思想下にある存在だからでしょう」
意外にも、その彼女の話に一番反応したのはウールリだった。難しい話でも問題なく面白がっている。やはり、彼は本当はそれほど幼くはないのかもしれない。
「ぼく、東方についてはそれほど詳しくないので興味深いです。魔法にも、その思想は反映されているのでしょうか?」
スズタニは大きく頷く。
「もちろんです。魔法はこの世の法則を変える力でもありますが、当然ながら、それは術者の思想の影響を受けますから」
アニアはそれに「へー」と言うと、こう尋ねた。
「その思想は、東龍自然の理の会自体にも影響を与えているのですかね?」
「私はその“東龍自然の理の会”をよく知らないのでなんとも言えませんが、その可能性はあると…… いえ、そうであって欲しいと思っています。
東方の思想が東方の環境に対する考え方にも影響を与えているのを確かめたいからです。それに、女性原理との関りにも興味があるので」
「それは前に言っていた話ですよね? 女性原理は調和を重んじる。それが、環境への思想にも表れているって」
それにまたスズタニは大きく頷いた。
「ええ、そうです」
そこで魔王が口を開いた。
「私はアニアさんが、その女性原理を考える上でとても貴重なサンプルなのじゃないかと思っているのですがね」
アニアはそれに「またそれですか?」と文句を言うように返した。
「私はあなたが言うような人間ではありませんよ」
「いえ、まんまだと思うのですがねぇ」
「私のどこを見てそう言っているのだか」
「だから、“何もかも”です」
「そんな訳ないでしょう」
そのやり取りを、スズタニは不思議そうな顔で眺め、それから「フフフ」と笑った。「お二人は随分と仲が良いのですね」と続ける。もしかしたら、二人の関係性を奇妙に思っているのかもしれなかった。
手紙で指定された場所は、アルゴ村から少し離れた位置にある河口付近の河原だった。なんでも、東方のドラゴンの力を充分に見せる為には広い場所の方が都合が良いからだそうだ。
アニアは少しだけ東龍自然の理の会が見つからなかったらどうしようかと心配していたのだが、それは杞憂だった。河原は見晴らしが良く、彼らのいる場所は直ぐに分かったからだ。彼らは海を背にした場所に陣取っていて、アニア達が訪ねて来るのを待っているようだった。
テントが一つだけ見える。
東方のドラゴンの姿は見えなかった。しかし、あのドラゴンは、大きさを自由自在に変えられるので、どこかに小さくなって隠れているのかもしれない。
何の団体かは分からないが、河原には他にもガラの悪そうな厳つい男達がいて、東龍自然の理の会を遠巻きに見ているように思えた。河原でピクニックをするような類の人間には思えない。奇妙に感じたが、自分達には関係がないだろうとアニア達は気にせず会の人達がいる場所に向っていった。
ただ、ある程度近くに寄ったところで、アニアは変に思った。東龍自然の理の会は食事も何も用意していなかったのだ。“龍の力を披露したい”と手紙には書いてあったので、必ずしも食事は必要ないが、“もてなしたい”とも手紙には書いてあったのだから、普通に考えれば軽食くらいは準備をしているだろう。
それに、会の人間達の自分達を見る目はどことなくおかしかった。歓待をするという雰囲気ではない。むしろ敵意を向けられているような。
警戒をしたアニアは、東龍自然の理の会との距離がまだ離れているうちに口を開いた。
「こんにちは。勇者アニアの一行です。この度は、お招きいただきありがとうございます」
その声に反応して、会の代表のイー・ランが前に出て来た。
「こんにちは、勇者様。わざわざご足労いただき感謝します。約束通り、龍の力を披露したいと思います。
が、しかし、その前にあなたに聞きたい事があるのです」
東龍自然の理の会の様子がおかしい事に魔王も気が付いたのか、アニアを護るように一歩前に出た。
イーは構わず続けた。
「あなたが先日の事件で助けたグロー・ニナイカナという男は、この辺りの空気を汚している元凶の一人だと聞きました。
その話は本当ですか?」
アニアは「本当です」と返してから、これは何か誤解があると察して、「ですが……」と言いかけた。しかしイーは、
「なるほど。それだけ聞ければ充分です」
と、続け凶悪な笑みを浮かべる。そしてそう彼女が言った瞬間、彼らの背後の河の中から巨大なドラゴンが姿を現したのだった。
蛇のような外見、色は白く美しい。神秘的とも言える威圧感があった。
イーは叫んだ。
「では、我らが龍の力を存分に味わっていただこう。
神聖なる自然に仇なす罪深き西方の勇者よ、その報いを受けるが良い!」
その声を合図に東方のドラゴンが「アァァァッ!」と吠えた。透き通った透明感のある声だったが、まるで空気全体が震えているかのような迫力があった。そして、それを合図にするように遠巻きに東龍自然の理の会を見ていたガラの悪そうな連中がアニア達を囲み始める。
どうやら、東龍自然の理の会はアニアを罠に嵌める為に手紙で呼び出したらしかった。




