23.魔王の人格評価能力
グロー・ニナイカナ殺害未遂事件の翌日、大手の新聞の一面記事はどれもほぼその内容で占められていた。
横転した自動車と共に気絶したグローの姿を映した写真が載っており、それとは別枠で事件を未然に防いだ功労者として、勇者アニア・ゴールドの写真が大きめに印象深く配置されてある。
実はその事について、彼女は少しばかり魔王フルムス・クルブスに引け目を感じていた。事件を未然に防いだ一番の功労者は彼だ。なのに、自分が新聞でこんな扱いを受けている。もっとも、彼はまったくそれを気にしていなかったが。
因みに、魔王に助けを求める際に、彼女は魔王の本名を思わず言ってしまっているが、それは緊急事態を示す合図だと言って強引に誤魔化してある。もちろん誤魔化せていない人間も大勢いそうではあるが……。
大方の新聞は、犯人は不明としながらも鉄道建設反対派の犯行である可能性を臭わせていた。これでデモの勢いは間違いなく削がれるだろう。随分と鉄道建設は進めやすくなったはずだ。
事件後、事前にテロの可能性がある事を知りながら視察を強行した件について、グローは一切の謝罪をしなかった。アニア達に対してもお礼すら述べていない。いや、それどころか「金を出して雇ったのに、事件を防ぎ切れなかった」と不満を言う始末だった。
アニアは怒りを通り越してそんなグローに呆れてしまった。
アニア達が取っている新聞の彼のコメントには卑劣な犯人に対する罵倒のみが載せられてあった。
一通り新聞の内容を読み終えると、「私には、ちょっとこの人は理解できません」などとアニアは感想を言った。
ソファで彼女は寛いでおり、その対面には魔王が座っていた。紅茶をすすりながら、何かの本を読んでいる。本を読んだまま、彼は淡白に応えた。
「まあ、あなたとは対極にいるような人ですからね」
「でも、今回の件で流石に肝を冷やしたでしょうから、少しは大人しくなりますかね?」
続けてアニアがそう言うと、彼は「いえ、どうでしょう?」と返す。
「どうしてですか? 自分が狙われていると分かったのだから、用心するのが普通でしょう?」
「グローは“普通”ではないのですよ、アニアさん」
そう言って、魔王はまた紅茶を一口飲む。
「彼の経歴を軽く調べてみました。リスクを考慮しない強引な手法で会長の地位にまで昇りつめたようです。
また、実際に会って、表情筋の動きや目の動きなどを観察しましたが、共感力に乏しく、反応自体も鈍いようでした。簡単に言ってしまえば、感覚が鈍い所為で恐怖を感じる能力が欠如しているのですよ、あの男は」
「だから、自分が危険な立場にいると分かっても反省はしない、と?」
「はい。
恐らく、世間では彼は支配欲求や金銭欲が強い強欲な人間だと評価されているのでしょうが、本当は鈍い感覚の中で必死に足掻いてなんとか刺激を感じようとしているだけなのではないでしょうか?
少なくとも私はそう判断しました」
それを聞いて、アニアはグローに同情しているような表情を見せる。だからなのか、慌てて魔王はこう付け足した。
「と言っても、それでも一般の人間達に比べれば随分と恵まれていますよ、あの男は。憐れむ必要はありません」
そして、また魔王は紅茶を一口飲んだ。
「随分と“人を見抜く目”に自信があるのですね」
グローの人物像について魔王が淀みなく滔々と語ったからか、アニアは感心したようにそう言った。
すると魔王は本から目を離し、何故かやや困ったような表情で彼女を見た。
「ええ。まぁ、自分が“魔王”なんて立場になる事は分かっていましたからね。若い頃から精神分析学などを色々と参考にして、自分なりに人格を見抜く術を身に付けたのです。
その人の経歴や、行動パターンなどがある程度分かっていて、実際に会う事ができさえすれば、その人間性を把握できるという自信が私にはありますよ。今までだってほとんど当てて来ましたし」
「へー 凄いですね」と、それにアニア。
魔族の社会も国の上層部になれば、人間社会と同じ様に権謀術数が渦巻いているのだろう。彼にはそのような能力を身に付ける必要があったのかもしれない。
その時、彼女は自然とゼン・グッドナイトを思い出していた。魔王は彼にも会っている。経歴なども調べていたはずだ。果たしてあの時、魔王は彼をどう評価したのだろう?
好奇心は刺激されたが、なんとなく怖くて、それを魔王には尋ねられなかった。
それからしばらくが過ぎた。
相変わらず、グローを狙った犯人は不明のままだった。サリーの調査についても進展がない。魔王は一応、以前、鉄道建設現場で見かけた暴力団らしき人間達を調べ続けているようだったが、警戒されてしまっているのか、それとももう用がないのか、鉄道建設現場には姿を現さなかった。
新聞で取り上げられた事で、アニアは久しぶりに世間から注目されてしまっていた。その所為で、外を出歩きにくくなっていた。魔王クルブスは「その方が良いですよ」と満足げだった。もちろん、襲われる危険が少なくなるからなのだろうが、少しだけ彼女にはそれが不満だった。
――理屈は分かるけど、喜ぶような事じゃないんじゃない?
新聞でアニア達が話題になったからか、それともサリーに会いたくなったからかは分からないが、ある日、サリーの飼い主のブラウン家が探偵社を訪ねて来た。
トニーは相変わらずアニアに抱きつこうとした。ただ、予め魔王はその対策を練っていたようで、ウールリが彼に「一緒に遊ぼう」と言ってそれを防いだ。子供用のオモチャまで彼は用意していた。
アニアはそれに呆れた。
やっぱり、こういうところは大人げない。
ただ、トニーが楽しそうだったので、特に彼女はそれを気にしなかった。久しぶりに自分の猫をさわれて彼は嬉しそうにしていた。もっともサリーの方はあまり反応をしなかったが。
ブラウン家が帰る時に、玄関まで彼らを見送ってアニアは玄関に飾ってあったバラがいつの間にか4本に増えている事に気が付いた。3本になってからは変化がなかったので、もう魔王が飽きたのではないかと彼女は思っていたのだが、また凝る気になったのかもしれない。
魔王にそれを言ってみると、
「ええ、11本にしようか迷ったのですがね、4本にしました」
と、なんだかよく分からない事を言った。
その数日後、久しぶりにセニア魔法技術応用研究所から仕事の依頼がアニアに来た。また実験に協力して欲しいそうだ。研究員のヨシダ・セイイチの発案らしい。彼もグローの事件を知っているだろうに流石のマイペース振りだと彼女は思ったのだが、どうやらむしろその事件を知っているからこそ、彼は彼女に協力を求めたかったらしい。
どうしてなのかは分からないが。
魔王に言ってみると、またウールリを連れて行ってくれと頼まれた。彼はそれを彼女がセニア魔法技術応用研究所に出かける条件にしているのかもしれなかった。ウールリに尋ねてみようかと思ったのだが、はぐらかされそうなので止めておいた。
研究所に着くといつも通り、彼女は実験に協力をした。今回も前回と同じ様に蒸気機関に対して熱の魔法を使う実験だった。ただ、安全な場所からかなり強めの火力で魔法をかける点が異なっていて、いつもとは違ってなんだか少しだけ物騒だった。
「……事件の時の蒸気機関の様子をアニアさんに教えて欲しかったのですよ」
実験が終わるとヨシダは彼女にそう説明した。
「今回は蒸気機関自体に魔術を組み込んでありましてね。もし仮に、何らかの故障、或いは、悪意ある何者かが魔法などで蒸気機関が爆発をするように細工をしても、決して暴走して爆発したりないように作ってあります」
“なるほど”と、それを聞いてアニアは思った。
だから、実際に爆発寸前の蒸気機関を目にしたアニアに彼は来て欲しかったのだ。どんな風に爆発が起こったのかを知る為に。アニアは爆発の様子をつぶさにヨシダ達に説明した。ヨシダはその説明を聞き終えると、納得いかなそうな表情を浮かべる。
そしてそれから、超小型の蒸気機関を実際にアニアの前で暴走させて爆発させてみせた。超小型でもそれなりに迫力があったが、アニアが見た蒸気機関の爆発の様子とはまったく違っていた。
あの時は、蒸気機関全体が真っ赤に熱せられ、一つの爆弾になってしまったかのようだったが、今見た蒸気機関はボイラーだけが爆発をしたのだ。
だからそのようにヨシダに言ってみると、
「そうですか。なら、テロで使われた細工には魔法が使われていたのかもしれませんね」
と、彼は言った。
彼女に見せた爆発には、何らかの工学的な細工が用いられていたのだろう。
そう言われてみれば、新聞記事のどこにもどうやって蒸気機関を爆発させたのかは書かれていなかったと彼女は思い出した。
その日の研究所での仕事はそれで終わりだった。帰る時、汽車から見える夕陽がとても綺麗で、ウールリも感動していた。
……多少の不穏さはあったが、それでもグローの事件以降はアニアの日常は極めて平和に流れていた。
もしかしたら、このまま何事もなく日々が過ぎ去っていくのではないか?
彼女はそんな事すら思った。
が、その平和な日常の裏では、彼女が知る由もない陰謀が静かに蠢いていたのだった。




