19.軽率な外出 その3
投げ飛ばした男を拘束すると、アニア・ゴールドは残りのゴロツキ達がいるだろう機械裏の方を観察した。
諦めてくれて降参してくれたなら有難いが、そんな動きはなさそうだった。「ふー」とゆっくり息を吐き出すと、彼女は銃を握りしめる。あと一人か二人しか残っていないはずだし、大した連中でもなかったが、追い詰められている所為で凶暴になっているかもしれない。気は抜けない。
そう思っていると扉が開く音が聞こえた。光が見える。誰かが入って来たようだ。ゴロツキの仲間が加勢に来たとしたなら厄介だ。
アニアは扉の方を警戒した。目を向ける。すると、それを隙だと考えたのか、ゴロツキの一人が機械の影から飛び出して来て、彼女に向って銃を撃った。三発。
もっとも、彼女は油断をしていない。
“クイック”
呪文を心の中で唱えると、彼女の知覚が加速し、スローモーションに見える。自分に迫って来る三つの銃弾を彼女は捉えられていた。これなら躱せそうだ。そう判断する。
がしかし、彼女が躱すまでもなく、銃弾は粘性のあるぶ厚い空気の壁に阻まれてしまったかのように途中で力を失って落ちてしまう。金属音が三回連続ココンッと鳴る。それから直ぐに声が反響した。
「アニアさん。無事ですか?」
魔王フルムス・クルブスの声だ。扉から入って来たのはどうやら彼だったらしい。
アニアの味方だと判断したからか、ゴロツキの一人が彼に向って銃を撃った。遠くてアニアの位置からでは確認できなかったが、恐らく先ほどと同じ様に銃弾は力を吸収されてしまったのだろう。魔王は身じろぎもしない。ゴロツキ達は明らかに動揺している。それから面倒だと言わんばかりに魔王は空を薙ぎ払うように手を振るった。すると、風が起こってゴロツキ達は地面に叩きつけられる。行動不能にするには充分なダメージだったらしく、そのまま動かない。
他に敵の気配がないのを確認すると、魔王はアニアに向って近付いて来た。
彼女は「クル……」と彼の本名を言いかけて、「……リースランさん。どうして、ここが分かったのですか?」と偽名で言い直す。魔王はそれには応えず、
「どうして直ぐに帰って来なかったのですか?」
と、怒りを伴った声で質問して来た。少しだけ目を大きくする。彼が本気でアニアに対して怒るのは初めてだった。彼女は素直に反省をする。悪いのは自分だ。
「すいません。サリーが狙われているのは分かっていたのに、買い物がしたくて遠回りをしてしまいました。軽率な行動だったと思います。以後、気を付けます」
と、謝罪と反省の言葉を述べる。ただ、それから少しばかり言い訳をする。
「ですが、サリーの安全は確保していました。猫用キャリーバッグを囮に使いましたが、サリーは眠らせてから見つからないように棚の上に隠しておきましたから」
が、その言葉に魔王は更に怒りを覚えたようだった。
「猫ではありません!」
と、大きな声で怒鳴った。
“余計な言い訳は見苦しかったかしら?”と彼女は思う。
それでアニアは頬を叩かれるくらいの覚悟をしたのだが、魔王はどうやら彼女に暴力を振るう事はできなかったようで、
「……猫ではなく、あなたです」
と語気を弱めてから、叩く代わりに彼女を抱きしめた。怒りを伴ったその抱擁は少しばかり力が強すぎて苦しかったが、その苦しみは甘んじて受け入れるべきものであるような気がして、黙ったまま彼女は何の抵抗もしなかった。
「――そうですか。事情は分かりました」
他の警察官達と共に現場に駆けつけて来た制服姿のクリン・クーは、何故か機嫌が悪そうだった。睡眠の魔法が強すぎたのか、まだ眠ったままのサリーを抱きかかえながらアニアはお願いをする。
「取り調べをして、誰に雇われて私を襲ったのかを聞き出してもらえますか?」
かつては何らかの工房だったのだろう建物の前には、拘束されたゴロツキ達が並べられていた。
恐らくこのゴロツキ達はサリーを狙ったのだ。彼らの雇主が分かれば、サリーを狙っている理由も本当の犯人も分かるかもしれない。解決に向けて大きく前進するだろう。
ところが、クリンは「それは難しいですね」とアニアのお願いを拒否するのだった。
「どうしてですか?」
クリンは呆れた様子で言う。
「彼らは暴行を受けています。どうして加害者だと分かるのです?」
「ですから、それは正当防衛で……」
「そう言っているのはあなただけですよね? あなたの主張を正しいと認められるだけの根拠がこちらにはないのですよ。人数が多い方が正しいとは限りませんが、彼らはあなたを襲っただなんて言わないでしょうし。
つまり、取り調べをできるだけの正当性が警察にはないのですよ」
それを聞くと、アニアは明らかに不満そうな様子で抗議する。
「こんな場所に私は誘い出されたのですよ? 襲う以外に何をするって言うんです?」
「その証言だって信じられるかどうか分かりません。嘘かもしれない」
「私は勇者ですよ?」
「勇者だからって、何でも信頼されると思ったら大間違いです」
アニアにはそのクリンの言葉に納得がいかなかった。悔しくて身体を震わせる。が、そこで魔王が彼女の肩を叩いた。
「アニアさん。諦めましょう。警察にも立場ってものがあるのでしょうし。依怙贔屓はできないのですよ」
「ですがっ」とアニアは反論しようとしたが、魔王の表情を見て言葉を止める。何か考えがあると察したのだ。
「そうです。警察は公僕ですからね」
クリンが勝ち誇った様子でそう続けるのを無視して、魔王は「もう帰りましょう」と言ってアニアの手を引き歩き始めた。
警察から充分に距離が離れると、アニアは魔王に「何か分かったのですか?」と尋ねる。「いえ、何も分かりませんけどね」とそれに魔王。「それならば、何故……」と言いかけた彼女に魔王は何かの紙を見せる。
「これは…… 解呪の呪符?」
「はい。さっきのゴロツキ達のリーダーらしき男が握りしめていました」
「それ、証拠隠滅ですよ? いえ、窃盗ですかね? とにかく犯罪です」
「まぁ、そう堅い事は言わないようにしましょう。
それよりも、これであのゴロツキ達の裏にいる人物が分かるかもしれませんよ」
「どうしてそんなもので分かるのです?」
そう言い終えてからアニアは気が付いた。
「ああ! これをシロアキ君の所に持っていくのですね? そして、アカハル君の“カスケード・タッチ・リーディング”の能力で見てもらう」
「その通りです」と言って、魔王はにっこりと笑った。それから直ぐに二人はそのままシロアキ達のアジトに向かった。アカハルの能力は時間が経った物には効きが薄くなるので、できる限り早く見てもらいたかったのだ。
シロアキ達のアジト。
血管がいくつも浮き出て赤くなったアカハルの頭が元に戻る。まだ赤いが異常というほどではない。手には、“解呪の呪符”が握られている。
「今回は、前回とは違って“物”だからやり易かったです」
そう言うと、アカハルは目を開けてから、前回と同じ様にメモ用紙に様々な単語を書いていった。
石炭エネルギー会社“ノッカー”、蒸気機関、ユーデル鉄道、デモ隊だろう人間達、エニグアス警察署、女性警察官……
書き終えると彼は言う。
「この女性警察官は、前回見たのと同じ人でしたよ」
アニアは頷く。
「多分、クリンさんですね。私か魔王さんから辿って見えたのでしょう。知り合いですから関係ないと思います」
魔王はそのメモをざっと読んでから、「魔族、または魔族が関係ありそうな物は見えませんでしたかね?」と尋ねた。
「なかったですね」
「グッドナイト機械工業は?」
「ないです」
それに「ふむ」と返してから魔王は言う。
「“ノッカー”と、デモ隊という単語があるのは恐らくは、この二つのどちらかに彼らが加担していたからでしょう。
蒸気機関、ユーデル鉄道とあるから、“ノッカー”に雇われて、彼らは鉄道反対派を抑えつけているのですかね? デモの参加者がゴロツキを雇うとは思えませんし」
それを聞くとシロアキは「ハハハ」と笑った。
「それ、会長のグロー・ニナイカナとかいう馬鹿が、自ら敵役を買って出て争い合っている例のヤツだろう?
確かに鉄道が動くようになれば、石炭の消費量が増えて石炭会社は儲かるんだろうが、自ら矢面に立つとはな。自分の会社でもないのに。損の方が多いのじゃないか?」
それを聞いてアニアは思う。
確かに、石炭エネルギー会社“ノッカー”の会長、グローならば、ゴロツキを雇っても不思議ではない。そういうことをやりそうな人物なのだ。
「以前、サリーを狙ったのは魔族でした。とするのならば、同じ様に彼らも“ノッカー”から雇われていたのでしょうか?」
シロアキは疑問を口にする。
「それって、さっき言っていたゼン・グッドナイトのビルで襲われたってやつか?
どうかな? グットナイト工業は裏で何をやっているか分からないから、魔族と関わりがあっても不思議はないが、石炭エネルギー会社“ノッカー”は違うと思うぞ?」
「どうしてですか?」
「会長のグローは単純馬鹿で、魔法が蒸気機関に絡めば効率が良くなって石炭の売上げが減ると本気で信じ込んでいるんだよ。魔法と言えば、魔族だ。だから、魔族を人間社会から極力排除しようとしているんだ」
そこに魔王が口を挟む。
「“関わりがある”と言っても、何も味方とは限りません。敵として関わっているのかもしれませんし」
「ふーん」とそれにシロアキ。
「その可能性はあるが、グッドナイト機械工業の方が調べてみる価値はありそうだがな。ま、いいさ。あんたがそう言うなら」
それから彼は、何故なのか、アニアを面白そうに眺めた。彼女はその視線の意味が分からず、軽く首を傾げる。
魔王はまるでシロアキを黙らせようとするかのように口を開いた。
「とにかく、ユーデル鉄道は現在街中で鉄道を建設中で、それを巡ってデモ隊とやり合っていますから、そこが怪しいのじゃないかと思います。
それを中心に調べてみます」
その口調は、まるで何かを誤魔化しているかのようでもあった。




