14.セニア魔法技術応用研究所からの臨時収入とクリンちゃん
セニア魔法技術応用研究所。
アニア・ゴールドは蒸気機関に魔力を注ぐ実験に協力をしていた。それによって石炭が燃焼し、横にある機械が蒸気の力で無意味にしか思えない運動を続けている。そして、熱エネルギーを無駄にしたくないからか、傍らでは、蒸気機関で生じた熱で湯を沸かしていた。
彼女の肩にはぬいぐるみのナイがいて、実験室の出入り口では、ウールリ・リールラがそんな彼女の実験風景を何が面白いのか飽きもせずにじっと見続けている……
……今朝方、久しぶりに、研究所から実験協力をして欲しいとアニアに伝達があったので、彼女は研究所に向かう旨を魔王クルブスに告げた。真面目な彼女は雇主の許可を取りたかったのだ。ところが、その時に彼が、
「そう言えば、ウールリが研究所の見学をしたいと言っていました。連れて行ってくれませんかね?」
と頼んで来たので、彼女はマジックメールでブラウニーを連れて行って良いかと研究所に許可を願ったのだった。すると、直ぐに返信があり、あっさりと許可が下りてしまった。
それで、彼女はウールリを研究所に連れて行く事になったのだ。
良い意味でも悪い意味でも、いい加減な研究所なのである。
スケジュールもおよそデタラメで、今回も突然の協力依頼だった。ただ、何故か魔王は研究所のそのいい加減さを気に入ったようで、
「まぁ、そこはむしろ良い点なのじゃないかと思います。スケジュールがちゃんと決まっている所になんかあなたを仕事に行かせられません」
などとなんだか意図がよく分からない無茶苦茶な事を言った。
とにかく、雇主の許可も得られたので、アニアは研究所に出かける事にしたのだった。
「それでは行ってきます。サリーをよろしくお願いしますよ」
と、魔王に告げる。
その時魔王はまだパジャマ姿だった。
午前の早い時間帯とはいえ、色々とやる気がないように思える。
先日、半日ばかり、石炭エネルギー会社“ノッカー”のデモ隊の中に魔族がいないか探したが、結局は見つからず、徒労に終わったばかりで、「次の案を考えている」との事だったが、アニアは単なる自堕落ではないかと疑っていた。
「……サリーを食べないでくださいよ」
そんな魔王にちょっとだけ不安になったのだが、何を言えば良いのか分からなかった彼女は、なんでかそんな事を言ってしまった。
「私を何だと思っているのです?」
と、魔王は少し怒っていた。
ウールリ・リールラは普段、家の中で家事ばかりやっている所為か、汽車に乗るのも研究所を見学するのも楽しそうにしていた。それを見て彼女は連れて来て良かったと思う。魔王も偶には良い提案をする。
……一通り実験が終わって、事務室で休んでいると、ムラカミがコーヒーを入れて持って来てくれた。アニアが実験で沸かしたお湯を使ったようなので“まさか、この為だったのか”と彼女は思ったのだが、どうもそれも列記とした実験であるらしい。熱エネルギーを無駄にしない試みの一端なのだそうだ。
コーヒーを飲みながら、彼女は「驚きました。前来た時にはあんな設備はなかったですよね?」とヨシダ・セイイチとムラカミ・アキに感想を言った。
以前までは、蒸気機関はなく、ただただ彼女が魔法で湯を沸かしていただけだったのだ。もしかしたら、何か研究の成果が出て、次の段階へと進んだのかもしれない。
「ええ、ちょっと資金面の問題が解決しまして」
とムラカミが返す。
「資金面の問題が解決? つまり、魔法技術応用研究の価値を認める人が現れたという事ですか?」
その彼女の疑問には、ヨシダが返した。
「“東龍自然の理の会”という団体が、協力してくれたのです」
「ひがしりゅー?」
「東の龍…… つまり、東方のドラゴンの事ですね。どうも、ドラゴンを特別視する団体のようで」
「はぁ…… なんで、そんな団体が資金を出してくれたのですか?」
そう返しながら、彼女はシロアキの所で貰ったメモを思い出していた。“東方のドラゴン”と、確かに書かれてあった。
何か関係があるのかもしれない。
「その団体“自然崇拝”に近い思想を持っているようなのですね。ここの研究が成功すれば、大気汚染を抑制できるでしょう? だから援助してくれたのですよ」
それを聞いて彼女は感心した。殊勝な団体もあったものだと。ただ、それと同時にどうしてその団体にそんなにお金があるのか不思議に思いもした。
「その団体の資金源って何なのでしょうね?」
それで、思わずそう言ってしまった。
「流石にそこまでは知りませんが、中津国出身の団体のようなので、そこの富裕層か何かではないですかね?」
などとヨシダが説明する。
中津国というのは、和の国の近くにある巨大な国で、貧窮に苦しむ民がいる一方で富裕層も多いらしい。東方にある国だ。
「もしかしたら、東方の国の団体だから、この研究所とも縁があったのですかね?」
この研究所には何故か東方の出身者が多いのである。
「そうかもしれません。実は僕も詳しい経緯を知らないのですがね。
まぁ、“援助”と言っても、恐らく“何もなし”はないのじゃないかと思いますから、意図的にここみたいな研究所を探していた可能性もありますが。研究成果が出たら、それなりの見返りを要求してくるでしょう」
そうヨシダが言い終えると、ふとアニアはウールリがこんな彼にとって退屈そうな話ばかりで暇をしていないかと気になった。
が、彼は意外にも熱心に耳を傾けている。妖精だから実年齢は不明なのだが、意外に歳を取っているのかもしれない。ただ、コーヒーは苦手らしく、苦さを我慢して飲んでいるように思えたが。
それからしばらくが経って、アニアは探偵社に戻る事にしたのだが、帰り際、渡された給料を見て彼女は驚いてしまった。普段貰っている分の三倍は入っていたからだ。
「これはどうしたのですか?」
彼女が尋ねると、「言ったでしょう? 資金面の問題が改善したのですよ」とムラカミが説明する。
「これまで少なすぎた分も合わせて、それくらいが妥当だと思いまして」
彼女はそれに慌てた。遠慮しようとしたのだが、「貰ってくれなくてはこっちが困ります」と言われて、結局は受け取った。
帰り道、アニアはその臨時収入を使って、少々高い食材を買った。暴漢から守ってもらったりと、なんだかんだで魔王クルブスにはお世話になっているのでお礼のつもりだ。食べ物じゃなくても良かったが、彼が何を買えば喜ぶのか分からなかったし、意味深に捉えられても困ると考え食材にしたのだった。
「ふーん、ふふーん」
鼻歌を歌いながら、アニアは道を歩いていた。あと少しで探偵社のあるビルに到着する。
「機嫌良さそうですね」
と、ウールリが言う。
「そりゃ、臨時収入はやっぱり嬉しいわよ」
「臨時収入が嬉しいのですか?」
「他に何があるの?」
「いえ、魔王様はきっと喜ぶと思って」
意味ありげなその彼の言葉に、アニアは「何を言っているのかな?」と文句を言おうとしたのだが、そんな彼女を彼は手で止める。目が真剣だった。只事ではない雰囲気だ。
「誰かが、ビルの前で見張っています」
目をやる。人々の往来があり、何か怪しい人物がいるようには彼女には思えなかった。しかし、一人だけ、荷馬車の横で立ったまま動かない人物がいる。
……あれって、もしかして、
婦警のクリン・クーは今日非番だった。
カジュアルな服装。一見、ゆったりとしているように見えて、確りと身体のラインが出る暖色系の上着に、タイトめでやや短い黒のスカート。それはかけている眼鏡に合うように特別にコーディネートしたもので、それはつまりは彼女がその姿を見られたいと思う人物が、今日この場所にいるからだった。もしかしたら、偶然(?)、魔王に出逢えるかもしれない。
そう。
彼女は今、魔王の住むビルの目の前にまで来ていたのだ。
彼女がかけていたのは、結界や魔法などを見抜ける“照魔の眼鏡”なのだが、それは嘘の貸出申請を出して警察署から特別に借りているものだった。彼女はその眼鏡の力によって魔王の住むビルを観察していた。こっそりと、彼と勇者アニア・ゴールドが、どんな暮らしをしているのか調べたかったからだ。
が、眼鏡を通して見るビルの姿に彼女は愕然となっていた。
「なにこれ……? まるで魔法の要塞じゃない」
以前にも、実はこの眼鏡を使って魔王のビルを観察した事があったのだが、その時はまだ常識的の範疇だった。だから「魔王が住んでいるのだ。これくらいのセキュリティは当然」くらいの認識で彼女はいたのだ。
が、今は明らかに度を越している。魔法の結界が何重にも張ってあって、軍事レベルの強力な攻撃にも耐えられそうだ。しかも、直ぐには分からないように巧みにカモフラージュされている。
“……戦争をする気じゃないわよね?”
思わず、心の中でそう呟いてしまう。
ビルを観察し続けると、やがて、ビルの真ん中階辺りの空中に大きな目玉の形をした球体が浮かんだ。
“これ、サーチアイだわ”
探索用の魔法である。誰か術者がいるようには思えない。恐らく、ビルにかけられている自動発動型の魔法だ。
つまり、敵が周囲にいないかと常に監視しているという事だろう。大きさから判断するのなら、半径1000メートルはカバーできそうだった。明らかに厳重過ぎる警備である。
“彼、そんなに臆病だったかしら?”
魔王の太々しい態度を思い出しながら、彼女はそんな違和感を覚える。
そして、そこで不意に不安を覚えた。サーチアイが反応したのは、もしかしたら、自分ではないかと思ったのだ。
そして、そう思った途端、サーチアイの視線がジロリと自分を捉えた気がした。“まずい!”と彼女は思ったのだが、そこで声がかかった。
「クリンさんじゃありませんか? 何をしているのです?」
驚いて心臓が飛び出そうだったが、そう声をかけたのが勇者アニア・ゴールドだと分かって直ぐに彼女は安心をした。
“この女なら、誤魔化せる”
先日、この女勇者が暴漢に襲われた事件の際にも事情聴取したからか、どうも自分は顔馴染みだと思われている節がある。
「あら? 勇者さん、こんにちは。
いえ、今日は非番で、偶々近くに寄ったものですから」
笑顔でそう説明した。
女勇者に不審がる様子はない。
が、そう言った彼女を疑うような「ふーん。偶々ねぇ」と別の誰かの声がする。見ると、背が低くて視界に入っていなかったが、女勇者の隣には魔王の所で家事手伝いをやっているウールリ・リールラがいた。
「その眼鏡も偶然?」
鋭い。
「ええ、普段はかけないのですが、いわゆるファッショングラスです。サングラスではありませんが。変ですか?」
「ふーん」と、やっぱりウールリは疑問に思っている様子。
「ファッショングラスなら、私もかける事がありますよ。勇者である事を隠す為ですけど」
呑気に女勇者がそう言った。呑気な様子のまま女勇者は続ける。
「誰か怪しい者がいると思って警戒してしまいましたよ。あなたなら安心です。どうですか? 事務所でお茶でも飲んでいかれますか?」
それを聞いて、クリンはにやりと笑う。
“ラッキーだ。中を観察できる”
「それでは、お邪魔させてもらおうかしら?」
と、彼女は答える。
もしかしたら、魔王なら照魔の眼鏡に気が付いてしまうかもしれないが、捜査の一環で偶然かけているだけだとでも言えば誤魔化せるだろう。
案内されるままに彼女は勇者達と一緒にビルの階段を上がって探偵社の所にまで来た。だが、探偵社のドアを開けたところで彼女は止まってしまった。
バラが壁に飾ってある。三本。
「あの…… このバラは?」
クリンは勇者が来る前に仕事の用件で何度かこの探偵社を訪ねた事があるのだが、その時はバラなど飾ってはいなかった。
「私が初めてここに来た時から飾ってありましたね。その時は一本でした」
そう女勇者が応えると、乾いた声でクリンは「へー 一本」と返した。
女勇者はまだ続ける。
「しばらくしたら二本に増えていて」
「ほー」
「そして、ちょっと前、例の倉庫の殺人事件があった数日後辺りで三本に増えました」
「ふーん 三本」
そう言いながら、彼女は顔を真っ赤にして軽く震えだした。
「因みに、飾っているのは誰ですか?」
震えた声でそう尋ねる。
それに「私ではないです」と女勇者が応え、ウールリも「ぼくじゃない」と続ける。
「つまり、魔王ですか?」
「そうだと思います」と、それに女勇者。
「あの人は、普段はけっこーズボラなのですが、時々、マメになるのですよね。なんで、こんなのに凝っているのでしょう?」
それを聞いて、クリン・クーは更に顔を赤くした。そして涙目になったかと思うと、
「すいません。用事を思い出しました。行かなければなりません」
そう言って、駆け出し、階段を下っていってしまった。
突然、クリンが去ってしまったのでアニアはキョトンとなっていた。彼女が去っていった先を眺めながら、
「何だったのかしら?」
と呟くように言う。
「さーねー、何だったのですかね?」と、それにウールリ・リールラ。ちょっと呆れているようだった。




