13.石炭エネルギー会社“ノッカー”
農夫が村の近くの山を歩いていた時、誰かのうめき声が俄かに聞こえて来た。見ると洞窟があり、うめき声はその中から聞こえて来るよう。
さては誰かが洞窟に落ちて怪我でもしたかと考え中に入ると、小さな男が足を抱えて動けないでいた。とてもやつれていて既にかなり弱っている。どうも、足を怪我して動けなくなってしまっているようだった。
そこで農夫は自分の家にまで運ぶと、その小さな男に水と食料を与え、怪我が治るまで看病をした。回復した小さな男は農夫にとても感謝をし、「自分は人間ではない。洞窟に棲む妖精“ノッカー”だ」と述べたという。
ノッカーとは「コンコン」という岩を叩く音で良質の鉱脈の位置を人間に報せてくれる妖精の名である。
それからそのノッカーは、助けてくれたお礼にと、農夫に石炭の場所を教えてくれるようになった。農夫はそれで大層儲け、やがて事業を始めた。それが、石炭エネルギー会社“ノッカー”の始まりである……
嘘か本当かは分からないが、石炭エネルギー会社“ノッカー”は、それが会社の設立譚だと謳っている。ただ、嘘でも本当でも、そんな設立譚を紹介するのは、会社のイメージ戦略の一つなのだろうと大方の世間の人間達は考えていた。
「はぁ……」
と、アニア・ゴールドは大きな溜息を漏らした。
探偵社の居間で、ぬるくなったコーヒーをかき混ぜながら。
「どうしたのですか?」
そんな彼女を心配して、魔王フルムス・クルブスがそう尋ねる。
「いえ、別に……」と彼女は誤魔化したが、明らかに彼女は気落ちしていた。
アニアを襲った二人組に逃げられてしまった。地面に残っていた血の痕を辿ったが、途中で消えていたのだ。魔法で癒したのかもしれないが、大した傷ではなかったので自然と血が止まった可能性もある。
ところが、彼女は途中で血の痕が途絶えているのを見て、残念に思うどころか安心をしたのだった。“良かった。それほど深く傷つけてはいなかったのだ”と。
つまり、彼女、アニア・ゴールドは暴漢を傷つけてしまったことで罪悪感を覚えていたのである。
軍に所属していた頃、彼女は戦闘に際しては機械のように冷静に対処できるようイメージトレーニングをしていた。襲われた時、冷静に反撃ができたのはそのお陰だろう。だが、正気に戻ると彼女は激しくそれを後悔をしたのだった。
反撃をするまでは仕方がない。だが、もう少し命中しても致命傷にならない辺りを狙うべきだったのだ。或いは、威嚇射撃とか。少しでも弾が逸れて首や頭に銃弾が命中していたなら、彼女の小さな拳銃でも相手を殺してしまっていたかもしれない。
「あのー…… アニアさん」
彼女が何で落ち込んでいるのかをなんとなく察した魔王は少しだけ呆れながら、それでもそんな彼女を慈しみながら話しかけた。
「もし、あなたが反撃をせず、その所為で怪我でもしていたら、私はあの二人組に何をしていたか分かりません。つまり、あなたは反撃をする事で、あの二人を救ったのです。落ち込む必要なんて何一つありませんよ」
その彼の発言に彼女は少しだけ驚いたようだった。「なんですか、その妙な慰め方は?」と言って、ちょっとだけ笑う。
「それに私は別に落ち込んでいません」
そのお陰なのか、そう言った彼女はやや元気を取り戻しているように思えた。
「そうですか。それならば良かった」と魔王は嬉しそうにする。そしてそれから直ぐに「それでは調査の話をしましょう」と言って、石炭エネルギー会社“ノッカー”と書かれたパンフレットを取り出した。
それは会社紹介用に同社が発行しているものらしく、企業理念や設立譚、資本金や従業員数、拠点などが記されている。
「あの二人組は、恐らく、ゼン・グッドナイトが差し向けた刺客ではないでしょう。自分のビルで勇者を襲うような馬鹿な真似をするとは思えませんし、何より計画が杜撰でまったくあの男らしくない。
単なる勘ですが、あの男なら、もっと面白い計画を立てるのじゃないかと思います」
その魔王の説明に「まるで彼をよく知っているかのような口調ですね」とアニアは言う。
「私にはまったく無関係とは思えないのですが」
「もちろん、無関係ではないでしょう。が、ゼン・グッドナイトが仕組んだ計画ではないと言っているのです」
「ふーん」と言うと、彼女は彼をねめつける。
「彼らの一人は“魔王様”とあなたを呼んでいましたね。お知り合いですか?」
「知り合いだったら今頃殺しています」
「でも、少なくとも魔族ではある」
「その可能性はありますね」
「つまり、グッドナイト機械工業は魔族と関わりがある事になりますが……」
そこでアニアは石炭エネルギー会社“ノッカー”と書かれたパンフレットを見やる。この会社は魔族とは関係がないはずだ。
彼女は彼が魔族から遠ざける為に調査対象を変えさせようとしているのではないかと疑っているようだった。
「そうですよ。だからこそ、グッドナイト機械工業と関わりのある企業が魔族と関わりがあるか調査していこうと言っているのです」
誤解だと言わんばかりの口調で、魔王はそう返した。アニアはまだ疑わしそうにしていたが、仕方ないといった口調で、「別に構いませんが」と、魔王の提案を承諾する。襲われた時、魔王に彼女は助けられている。“貸し”があるので、それほど強く出られなかったのかもしれない。
が、その後でこう続けた。
「むしろ“石炭ノッカー”は魔族とは相容れないと思うのですが。確か、魔族を敵視する集団と手を結んでいるという噂すらあったはずですが……」
――石炭エネルギー会社“ノッカー”の評判ははっきり言って非常に悪い。
炭鉱では炭鉱夫達を一日14時間以上も働かせているというし、万一怪我をしてもほとんど補償をしない。給料に関してはそれなりに払っているらしいが、歩合制なので人によっては厳しいはずだ。
更にノッカーは大気汚染問題で最も批判されている会社でもあった。彼らは石炭を掘っているだけで使っている訳ではない。本来ならば石炭を使い空気を汚染している企業や人々こそが最も批判されてしかるべきであるように思えるが、何故かノッカーが批判されているのだ。
原因は会長職で実質同社を支配しているグロー・ニナイカナという男が、新聞の紙面でわざわざ「大気汚染を問題にする連中はそろって愚か者だ。石炭の所為で健康を害したなどと訴える連中は、補償金目当ての詐欺師に違いない」などと世間に向けて訴えたからだった。
当然のように、彼は一般市民の反感を買ったのだが、それでも一切の謝罪をしなかった。結果として、現在も裁判が行われており、抗議運動なども治まらない。そのお陰で石炭を実際に使っている企業や個人はあまり目立たなくなってしまったのだ。
石炭関連で最も苛烈な争いをしているのはユーデル鉄道会社の鉄道工事を巡るものだが、そこでも何故か矢面に立っているのは別の会社のグローだった。鉄道が敷かれ、汽車が走るようになれば、彼の会社の売上げが増えるから味方をするのは理解できるが、まるで自社の事のように争っている。
彼のその行動は、石炭を消費してくれる顧客を護る為の策略だと言う者もいたが、それは穿った見方が過ぎるだろう。彼はそれほど深く物事を考えるタイプではない。強引な手段でその地位にまで昇りつめはしたが、権力闘争以外にはあまり興味がないのだ。
実際、その思考は非常にシンプルで、例えば彼は魔法と科学の併用による“蒸気機関”の効率化にも反対をしているらしかった。
蒸気機関が効率良く使えるようになれば、少ない石炭で多大なエネルギーを得る事が可能になる。どう考えても便利になるし、エネルギーの節約という意味でも重要だろう。炭鉱を長続きさせられるようになり、それで石炭の需要が爆発的に増えたなら、巧くやれば利益を増やせる可能性だってある。
ところが彼は「売上が減る」と短絡的に考え、それに反対をしているらしいのだ。魔族を差別し敵視する思想団体は、魔法の活用にも反対をしている場合が多いが、だから魔族差別団体を彼は支援しているらしかった。
――街中。
デモが行われていた。
怒れる群集が道を塞いでいる。灰色の空、それは曇っている事だけが原因ではない。大気汚染の所為で空気中の粒子が増え、全ての光の波長が散乱する事で、結果として空が白っぽく見えてしまっているのだ。いわゆるミー散乱である。
白い背景をシルエットにしたその光景はまるで影絵の中の物語を見ているかのようだった。やがてそこに本来は馬車用に舗装された道を通って蒸気機関で動く自動車が到着する。乗っているのは石炭エネルギー会社“ノッカー”会長のグロー・ニナイカナだ。
彼はデモの群集を気にもかけずに車を止めると車から出、騒ぐ群集を一瞥してから、ビルの中に入っていった。
太々しい。
その態度に、群集は怒号を発する。
「ふざけるなー!」
「健康被害の補償をしろー!」
下手したら暴動が起きそうな有様だ。
「……想像以上に嫌われていますね」
そんなデモの後方で、その光景に呆れながらそう魔王が言った。
「ここまでとは思っていませんでした。石炭を使う側のグッドナイト機械工業がどうしてそれほど嫌われていないのか不思議になるくらいです」
それにアニアが返す。
「グッドナイト機械工業は、健康被害を受けた被害者達への基金も設立させていますし、それに手広くビジネスを展開していて、子会社、関連会社などを通して彼らに“職”を提供してもいますからね。中々、批判がし難いのですよ」
「なるほど。グットナイトの方が、一枚…… いえ、二枚も三枚も上手ですね。厄介な相手です」
そう言って頷いてから、彼は目を瞑った。大きな目玉が頭上に現れる。もっとも、その目玉は彼とアニアにしか見えていないはずだが。これは“サーチアイ”という魔法だ。
「魔族と石炭会社ノッカーが関わっているかもしれないと言っても、何も仲間であるとは限りませんよ。敵対関係だって、充分に“関わっている”と言えます。
まずはこのデモの中に、魔族が混ざっているかどうかを調べる事にしましょう」
そう言って彼はそのサーチアイで、デモの群集を調べ始めた。魔王にしては随分と泥臭く地道な作業である。アニアは少々それに違和感を覚えていた。
……この人、なんか、やっぱり、誤魔化そうとしていないかしら?




