12.グッドナイト機械工業
バラの言葉探偵社。
床の上で、猫のサリーが猫じゃらしにじゃれている。猫じゃらしを振っているのはアニアで、彼女はなんとなくそんな猫の姿を眺めているが特に心が入っている様子はない。ただ、ナイがそこに参加してじゃれ始めると薄っすらと微笑みを浮かべた。
……可愛い。
「何をボーっとしているのですか?」
そんな彼女に魔王が話しかける。
「失礼な」と彼女。
「考え事をしているのです。はっきり言って、どうしてサリーちゃんが狙われているのか見当もつかないので」
一応、サリーの飼い主であるブラウン家に事情を説明した際、何か狙われる心当たりがないか尋ねてみたのだが、特に新しい情報は得られなかった。高級な猫だから高く売れそうだというくらいだ。
アニアはシロアキの所で貰ったメモを取り出す。
「ここに書かれている単語も、サリーちゃんが狙われている理由に結びつくようには思えないのですよ。
そう言えば、東方のドラゴンを私は一度汽車から見ているのですが、このメモの“東方のドラゴン”ってあのドラゴンの事なのかもしれませんね……」
「ふむ」とそれに魔王。
「そもそも、私はその猫が狙われている事自体を疑っています。盗まれたペットはサリーだけではありません。何か別の目的があったのでは?」
「ん~ でも、ペットを盗む理由って一体なんです? しかも、サリーちゃん以外のペットは直ぐに返しているし。
……何か重要な宝石か何かをどこかのペットが食べてしまって探していたとか? それでそれがサリーちゃんだった」
「それならギニー・ヌーは、直ぐにサリーの腹を掻っ捌いてその宝石を回収していると思いますよ?」
「怖い事を言わないでください」
そう言うと、アニアはサリーを庇うように抱きしめた。サリーは「うにゃあ」と鳴き声を上げる。嫌がっているようだが、それほど激しく抵抗はしない。
「その猫の事よりも、私は殺されてしまったギニー・ヌーが、他にどんな仕事をしていたのかが気になります。
アカハル君に見えた単語は、むしろそっちに関係があるのでは?」
つまり、魔王はギニー・ヌーの死とサリーは関係がないと言っているのだ。アニアは納得がいかない。
「でも、それにしてはタイミングが良すぎませんか? どうしてあそこで彼は殺されてしまったのでしょう?」
「それは正直分かりませんが、どうであるにせよ少しずつ調べていくしかないでしょう。そのメモに書かれた単語の内、調べ易いものから調べていくというのはどうですか?」
「そうですねぇ」とそれに返すとアニアはメモを眺め、「なら、グッドナイト機械工業が良いかもしれません」と言った。
「グッドナイト機械工業? どうしてまた」
「代表取締役社長のゼン・グッドナイトとまだ軍に所属していた頃に、私は会談をした事があるのです。しかも、先方からのお願いで。どうやら何か利用価値があると考えていたようでした。
今でも連絡は取れるはずです。会ってくれるかどうかまでは分かりませんが」
「ほー」とそれを聞いて魔王は関心したような声を上げる。
「それは意外なコネクションを持っているのですね。どんな男なのです、そのゼン・グッドナイトとやらは」
やや険のある言い方に、アニアは“もしかしたら、また嫉妬しているのかしら?”などと少し思ってからこう応える。
「怖い人でしたね」
「怖い?」
「はい。人当たりはとても柔らかいのですが、人の心の底を見抜いて鷲掴みにするような、妙な威圧感のある人でした。一緒にいると疲れそうです……」
初めての会談の時、ゼン・グッドナイトはアニアに「あなたは本当に魔族を殺したいと思っているのですか?」と笑顔で訊いて来た。瞳の奥に何か底知れない冷たいものを潜ませながら。
彼女はその質問に、「“殺したい”とは思っていませんが、皆を護る為なら戦う覚悟は持っています」と返した。
彼の見た目は“ナイス・ミドル”という言葉がよく似合う紳士なのだが、恐らくは、それはペルソナに過ぎない。裏には別の顔が潜んでいる。
「そうですか」と彼は応えたが、彼女の発言に納得をしたようには見えなかった。きっと、あれは、自分に“戦争兵器”としての覚悟がない事を見抜いていたのだ。彼女はそう思っていた。
「……それと享楽主義者的な一面もありそうでした。勇者である私と会いたがったのも、“面白そう”というのが一番の理由だったのじゃないかと私は考えています」
アニアがそう言い終えると、
「――そうですか。何にせよ、とにかく、グットナイト機械工業に一度連絡を取ってみましょうか」
少し考え、魔王はそう提案して来た。
「構いませんが、会ってくれるとは限りませんよ?」
「会ってくれてもくれなくても、どちらにしろ一つの情報です。多分、関わりがあるのなら“会う”と答えると思いますが」
「どうしてですか?」
「その男には享楽主義的な一面があるのでしょう? なら、“魔王”には会ってみたいと思うのじゃないですか?」
「つまり、あなたが魔王である事が彼には伝わっていると言うのですか?」
「事件と関わりがあるのならほぼ間違いなく。あの場で私が使った“魔界”が報告されているでしょうからね」
アニアは半信半疑だったのだが、それでも言われた通りにグッドナイト機械工業に連絡を取ってみた。すると、魔王の予想通り、呆気なくグッドナイト機械工業の所有するビルに彼女達は招かれてしまったのだった。
ゼン・グッドナイトの仕事場である、グッドナイト機械工業が所有するビルは魔王の所有するビルよりも高く七階建てだった。ただ、魔王のビルとは違って余計な装飾が省かれ合理性が追及されたスッキリとしたデザインで、何かしら冷たさを感じる。
科学技術と魔法の対比…… とするのはいささか考えすぎかもしれないが、そう言われても納得できるくらいに意匠に根本的な差異があった。
「お久しぶりです。勇者アニア・ゴールドさん。軍を辞めてから、どうしているのかと気になっていたのです。再び、お会いできて嬉しい」
通された客室で、ゼン・グッドナイトはにこにこと笑いながらアニア達に向ってそう言った。
とても綺麗で清潔な部屋だったが、調度の類が少ない。無駄な物はいらないとばかりに削ぎ落としてしまっている。まるでゼン・グッドナイトの性質そのものを物語っているかのようだった。
客室には高級ソファが置いてあって、彼らはそこに座っていた。アニアの傍らには荷物とサリーを入れた猫用キャリーバッグが置いてある。狙われている可能性の高いサリーを探偵社に置いていく訳にはいかなかったので許可を得た上で連れて来たのだ。
グットナイトの高級ソファに座る姿にはまるで違和感がなかった。“高級”という言葉が似合っている。クセのない大物感。身長もそれなりに高く整った顔立ちをしている。女性への接し方もそつがない。きっとモテるのだろう。
……ただ、アニアにはその良さは分からなかったのだが。
ゼン・グッドナイトはアニアに向って話しているが、その実、一緒に来ている…… 今は変身してリースラン・ノイミスの姿になっている魔王フルムス・クルブスにばかり意識を集中しているように思えた。
「軍を辞めたと言いますか、クビになったのですけどね。今はなんとか“バラの言葉探偵社”に拾っていただき、そこで仕事をしています」
そう言ってから、彼女は魔王に目をやると、「彼がそこの所長のリースラン・ノイミスです」と紹介した。「初めまして」と魔王は挨拶をする。穿った見方なのかもしれないが、威嚇しているように思えなくもなかった。
「こちらこそ初めまして。確か、ビルのオーナーもやっておられるのですよね?」と、それにグッドナイト。「よくご存知で」と魔王は返す。
アニアには、まるで牽制し合っているに思えた。
ハハハと快活に笑ってからグットナイトは言う。
「あれだけ立派なビルですからね。嫌でも気になります」
「お褒めに与かり光栄です」
そう魔王が言うのを聞くと、口元を歪ませてからグットナイトは訊いた。
「それで、今日はどういったご用件でしょうか? 実はこれでも忙しい身でして、手早くお願いしたい」
それを聞くと、アニアが口を開いた。
「では、手短に。
実は調査に協力をしていただきたいのです。先日、南地区の物流集積地にある倉庫内で殺人事件が発生しました。殺されていたのは、ギニー・ヌーという名の人間と魔族のハーフの男性で、個人で裏稼業を営んでいたようです。
今はまだどのような関わり合いかは分からないのですが、その男性から“グッドナイト機械工業”という単語が出て来まして」
グットナイトはそのアニアの説明を聞くと軽く頷いた。
「なるほど。その事件は知りませんでしたが、凶悪事件の解決に力を貸すのは市民の義務です。部下達に協力をするように言っておきましょう。勇者様ならば信頼できますし」
アニアはそれに「ありがとうございます」とお礼を言った。
彼女達の用件はこれでお終いだ。グットナイトもそれを分かっているだろう。
が、“忙しい”と言ったにもかかわらず、彼は話を切り上げようとはしなかった。魔王はそんな彼の態度にニヤリと笑った。
「ところで、石炭エネルギー会社“ノッカー”をご存知ですか?」
ゆっくりと間を選ぶようにそう問いかける。グットナイトは魔王の発言を待っていたかのようにこう答えた。
「はい。我が社と取引のあるエネルギー会社ですね。それが何か?」
「いえ、実はその会社の名前も殺されていた男の周辺から出て来ましてね。そう言えば、この会社は空気汚染の件で揉めているようですね。石炭が空気を汚染すると訴えている市民がいて敵視されている。あなたの会社も無関係ではないはずですが」
「そのようですね。それが殺人事件と何か結びつくのですか?」
「いえ、今はまだ分かりません。
ところで、この街に魔族の組織が潜伏しているのをご存知ですか? 何を目的としているかは分かりませんが、そんな連中がいるようなのです」
「ほー それは知りませんでした。それが何か?」
「なに、もし知っていたら面白いと思っただけです。それと、東方のドラゴンを見た事はありますか? 最近、この辺りで目撃例があるようなのですが」
何故か、それを聞くとグットナイトは楽しそうに笑った。
「いえ、知りません。東方のドラゴンとは珍しいですね。ドラゴンは汚い空気を嫌うというのに」
「まぁ、街からは少し離れた場所だったみたいですがね」
「そうですか。もしまた見つけたら是非教えてください。僕も見てみたいので」
「分かりました。伝えましょう」
魔王がそう言い終えると、グットナイトはようやく話を切り上げた。
「もうご用件はないですかね? それでは僕はこれで。名残惜しいですが、そろそろ仕事に戻らなくては」
そう言った彼はなんだかとても楽しそうにしていた。
「……なんだったのですか? あれは」
客室の外に出ると、アニアは多少困惑した表情で魔王にそう小さな声で話しかけた。魔王は指を鳴らして音を遮断する結界を張った上でそれに返す。
「なに、シロアキ君の所で貰ったあのメモの単語を幾つか言ってみただけですよ。あの男の反応が見てみたかったのです。楽しそうにしていましたね」
「そうですね。ただ、それがとても不気味に思えましたが」
「多分、どの程度かは分かりませんが、この会社と関わりがある単語だったのでしょう。これで面白がって何か動いてくれれば、そこから切り崩せるのですが」
それを聞いてアニアは少し呆れた。
「なかなか狡猾な手段を使いますね」
魔王は「なにしろ“魔王”ですから」と言ってにっこりと笑う。
それからアニア達はビルから出ようとしたのだが、その間際で「すいません。ちょっとお花摘みに」とアニアが言った。魔王は少し悩んだようだったが、「ああ、トイレですか」と返す。「デリカシー!」と彼女は怒ってからトイレへと向かった。
そのアニアの動きに反応して動く気配があった気がしたが、彼女はそれほど気にしなかった。ビルの中にはたくさんの人達がいる。偶然だろうと考えたのだ。
トイレで用を済ませると、彼女は洗面所にサリーを入れたキャリーバッグを置いた。水道の蛇口をひねって水を出す。そこで彼女はトイレの出入り口から誰かが入って来るのに気が付いた。
帽子を目深に被った二人組の男。一人は背が高くて一人は低い。
――ここは女性トイレだ。男が入って来るはずがない。
その瞬間、彼女の頭の中でモードが切り替わった。
“クイック”
小さく心の中で呪文を唱える。それを合図に彼女の知覚の全てがスローモーションになった。
あらゆる身体速度が上がる魔法。
背の高い男が懐から拳銃を取り出して自分に向けるのが見えた。自分も懐から銃を抜いて応戦しようと考えたが直ぐに間に合わないと判断すると、男の銃撃を躱すのに集中した。発砲された銃弾は正確に自分の眉間を狙っている。だが、正確な銃撃は“読め”さえすればむしろ躱すのが容易だ。
彼女は身をひるがえして小さく屈み、銃弾を躱す。それから直ぐに低姿勢のまま懐から銃を取り出して反撃をした。素早くトリッキーなその動きに戸惑ったのか、背の高い男はそれを躱せず、二の腕に命中した。
「馬鹿野郎! 油断しすぎだ! 女とはいえ相手は勇者だぞ!」
背の小さい男がそう叫ぶと、洗面所の上に置いてあるサリーが入ったキャリーバッグに向って突進して来た。
“サリーちゃんを狙っている?”
そう思いながら、彼女は背の低い男に向けて銃弾を放った。が、プロテクトの魔法で護ってあったらしく弾かれてしまう。
“サリーちゃんが奪われてしまう!”
彼女は恐怖を覚えたが、その時に声が響いた。
「そこまでです」
見ると、魔王クルブスがいつの間にかその場に現れていて、背の低い男を片手で捕まえている。背の高い男が叫ぶ。
「魔王様!」
続けて背の低い男が叫んだ。
「まずい! 逃げるぞ!」
その瞬間、物凄い勢いで男の服の中から白い煙が噴出した。更に、まるで脱皮するように男の着ていた服が脱げる。
煙で視界を奪われても魔王は慌ててはいなかったが、アニアの保護を優先させたようで二人を捕らえようとはしない。煙の先に二人組の姿が消えていく。
「ここは女性トイレですよ?」
視界が開けると、アニアを護るようにして立っている魔王に向って彼女はそう言った。
「冗談を言っている場合ではありません」
珍しく魔王はそんな彼女にツッコミを入れた。




