11.子供の姿の情報屋
「――そう言えば、そもそも、どうして“魔界”を使ったあの時、猫の居場所を突き止めるだけしかしなかったのですか?」
暗黒街。
いかにもいかがわしい店々が立ち並ぶ街路を歩きながら、アニア・ゴールドは魔王フルムス・クルブスにそう問いかけた。
非常に強力な結界である“魔界”を使えば、その中で法則を自在に操作できる。つまり、やろうと思えば猫の居場所を突き止めるだけではなく、トレンチコートの男を捕まえる事だってできたのである。
「私の“魔界”は非常に強力ですが、その為、消費する魔力も尋常ではありません。それに非常に目立つのです。私が人間社会にいる事をサイレンを鳴らしてそこら中に報せているようなものです。だから急いで解除する必要があったのです。実を言うのなら、男がいる事も私は察知していませんでした。猫の霊気しか見ていなかったので。
まぁ、実は“猫の居場所を動かせない”という呪もかけておいたのですがね」
それを聞くと「なるほど」とアニアは頷いた。
「何事も万能とはいかないものですね」
「然り、です」
魔王は涼しい顔で頷きながら続ける。
「何でも自由にできるのであったなら、私はもっと幸せになっているか、或いは不幸のどん底に落ちているかのどちらかでしょう」
なんだか含蓄ありそうな事を言う。
「そして、それはこれから向かう先の“情報屋”も同じです。確かに凄まじい能力ですが、欠点もあるし限界もある。それほど期待しない方が良いでしょう」
アニアと魔王は、今、暗黒街の外れにある少々特異な情報屋を訪ねようとしていた。アニアは猫用キャリーバッグにサリーを入れていて、肩にはナイを乗せている。彼女がどことなく機嫌が良さそうなのは、この二匹のお陰かもしれない。
魔王はそんな彼女を眺め、安心したように少し笑った。実は少し前、彼女は涙をこぼしていたのだ。
「――警察から情報が入りましたよ。猫をさらって死んでしまったトレンチコートの男の素性が分かりました」
探偵事務所で魔王がそう言い終えるとアニアは疑わしそうな目で彼を見た。
「どうしてあなたに警察がそんな事を報せてくれるのですか?」
警察を脅しているのではないか?と暗に言っているのだ。
「なに、人徳のなせる業です。信頼があるのですよ、私は」
「そーいうバレバレな嘘は止めてください。
まぁ、深くは聞きません。どうも、警察署の方々もあなたを知っているようでしたし、顔馴染みなのでしょう。
――それで、死んでしまった男はどんな素性だったのですか?」
肌の色から人間と魔族のハーフなのだろうとは彼女は思っていた。問題はどんな仕事をしていてどんな組織に所属しているか、だ。
「男の名はギニー・ヌー。肌の色から分かる通り、魔族と人間のハーフです」
「仕事と所属組織は?」
「仕事は“何でも屋”のような事をしていたようです。まぁ、あまりよろしくない仕事を何でも請け負う裏稼業ですね。ペットをさらっていたのも、恐らくはどこからかの依頼を請けたのでしょう。所属組織はありません」
「は? 所属組織はない?」
「はい。
魔族と人間のハーフは、魔族からも人間からも嫌われています。その所為で、組織に所属はできなかったようですね。仕事を請けるのも恐らくは口頭ベースでしょう。契約書も何も残っていないので、残念ながらどこからサリーをさらう依頼を請けたのかも分かりません……」
そう言っている途中で魔王は言葉を止めた。何故かアニアが涙ぐみ、今にも涙をこぼしてしまいそうなのに気が付いたからだ。
「あの……、どうしたのですか?」
そう魔王が問いかけたタイミングで彼女の瞳から涙がこぼれた。綺麗な滴が真っ白い頬を伝っていく。慌てて彼女はそれを拭った。
彼女は「いえ、別に」と誤魔化したが、魔王は彼女の様子からなんとなく察したようだった。
恐らく、アニアはハーフの男を憐れんでいるのだ。もしも魔族や人間がハーフを嫌ったりしていなければ、彼は裏稼業に身を落とす事などなかったのかもしれない。しかも、挙句の果てには殺されてしまったのだ。
自然と、魔王は悲しそうに自分の涙を拭いているアニアを抱きしめていた。
そんな彼の行動に彼女は驚く。
「何をするのですか?」
「すいません。あまりにもあなたが尊く、愛おしくて……」
「“愛おしい”って…… よく分かりません。これはセクハラですよ?」
そう彼女は言ったが、態度では彼をそれほど拒絶しているようには見えなかった。
アニアの涙が止まると、それから魔王は情報屋を訪ねる事を提案した。
「そのサリーがいれば、もしかしたら、有用な情報が得られるかもしれません」
本来ならば、猫のサリーを取り返したのだから、依頼主のブラウン家に返すべきなのだが、サリーは盗まれていたばかりか、盗んだ男は殺されてしまっているのだ。はっきり言って危険である。また狙われてしまうかもしれない。だから謎が解決するまでは、探偵社で猫を預かる事にしたのである。
「どうしてサリーがいると情報が得られるのですか?」
と、アニアは不思議そうに訊いた。魔王は「行けば分かりますよ」と返して悪戯っぽくにっこりと笑う。
魔王が言った情報屋は、暗黒街の外れにあった。
裏稼業だからなのか看板も何も出していなかった。暗黒街の人間達からは“シロアキの所”という漠然とした呼び名でその情報屋は呼ばれているらしい。
その“シロアキの所”は一応は“情報屋”という事になってはいるが、他にも色々と商売をしているのだという。もちろん、あまりよろしくはない商売もその中にはあるのだろう。
小さなビルの地下へと続く階段を降りた場所に“シロアキの所”はあった。汚く狭く暗い階段で、少しだけすえた臭いがした。怪しい鉄のドアがあり、魔王は躊躇なくそのドアを開けた。
ギィィィ と悲鳴に似た金属音が響く。
アニアはその不気味な雰囲気に不安を抱いた。ドアが開き切る。飛び込んで来た光景にアニアは目を大きく見開いた。
そして、一呼吸の間の後、
「なに、この子達は!? 可愛い!」
と、彼女は声を上げていた。
……先程降りた階段とは違ってその部屋には落ち着いた雰囲気があり、茶色を基調とした部屋の装飾は“人形達のお部屋”をアニアに連想させた。
そして、その部屋の中には小さな子供が四人ほど寛いでいたのである。
床に寝転がっている黒い服を来た目つきの悪い、この中では一番背の高そうな子供が言う。
「あ? この“子”だ? どこに子供がいるって言うんだよ?」
目の前に四人ほどいるようにしかアニアには思えなかった。
「お兄ちゃん。無理もないって」とテーブルで本を読んでいた小さな女の子がそれを宥める。どうやら二人は兄妹のようだ。その後で、
「どうも、魔王さん。お久しぶりです。仕事の依頼ですか?」
と、ソファに座っている気の弱そうな子供が言い、その正面のソファに座っている真っ白い服を着た賢そうで冷たい印象の子供が何も言わずにアニアと魔王を見やった。
魔王は数歩前に進むと、
「少し“見て”もらいたい事がありまして。頼まれてくれますか?」
そう彼らに向って言う。
その発言で部屋の中の子供達は一斉に真っ白な服を着た子供に視線を集中させた。彼がここのリーダーらしい。
目つきの悪い子供が言う。
「どうするんだ? シロアキ」
シロアキと呼ばれた子供は、
「ま、金次第だな」
と言って立ち上がった。どうも魔王達の為に座るスペースを譲ったようだ。
「見るのは僕なんだけどねー」と、それを受けて気の弱そうな子供が言う。
「あの…… これはどういう事ですか? どうして子供が働ているのです?」
アニアが戸惑ってそう疑問の言葉を口にすると「彼らは子供ではありませんよ」と魔王は応えた。
「矮躯童人という亜人種で、子供の姿のまま大人になるのです。外見は子供でも立派に成人しています」
魔王が言い終えると、女の子の姿をした矮躯童人が近寄って来て、「ソファに座ってください。今、お茶を持ってきますから」と言って魔王達に座るように促した。
“やっぱり、可愛い”とアニアは思う。
「ありがとうございます。フユさん」
魔王はお礼を言うと、ソファまで進んで腰を下ろした。どうやら彼女はフユというらしい。
「――なるほど。つまり、その猫から辿って情報を見れば良いって事か?」
魔王達が説明を終えると、シロアキが淡々と言った。隣には気の弱そうな矮躯童人が座っている。彼はアカハルというらしい。
アニアは彼らの発言の意味が分からず、まだ戸惑った顔をしている。
「そこにいるアカハル君には、“カスケード・タッチ・リーディング”という特殊な能力がありましてね。触れた物から連鎖的に情報を辿っていけるのです。原理は不明ですが、恐らくは魔法の一種でしょう。
例えば、あなたと私はさっき抱き合いましたから、彼が私に触れればあなたの存在も見る事ができます。そして、あなたが触れた物も見る事ができ、更にその触れた物が触れた物も見る事ができ、更にその先も…… といった感じで次々と情報を得られるのですよ。もっとも断片的な情報ばかりで、しかもコントロールもできないそうなのですがね」
魔王の発言にアニアは抗議する。
「さらっと誤解を招く発言をするのは止めてもらえますか? 一方的にあなたが抱きついて来ただけじゃないですか」
魔王は構わず続けた。
「彼が私の正体を知っているのもその能力のお陰ですよ。その所為で私は彼らに口止め料を払わなくてはならなかった」
それを聞くとシロアキが「その節はどうも」と言ってニヤリと笑った。どうも口止め料の交渉をしたのは彼らしい。
「俄かには信じ難い凄まじい能力ですが、つまり、サリーちゃんをそこのアカハル君に触ってもらえば、何かヒントが得られるかもしれないって話ですね?
でも、それって私でも同じなのじゃないですか? サリーちゃんを触っていますから」
それを聞くと目つきの悪い矮躯童人が言った。彼はクロナツというらしい。床に寝転がったままで、およそ客を相手にする態度ではない。
「そいつの能力はそこまで便利じゃないんだよ、ねーちゃん。あんたに触れても、辿れる情報が多過ぎなんだそーだ。それがノイズになって分かり難い」
アカハルが続ける。
「その通りです。猫だって情報が多過ぎるくらいで。辿れて二段階か三段階目くらいまでかな? 本当はその人の持ち物の方が良いのだけど…… ないのですよね? だから得られる情報は大雑把です。
それでも良いって言うのならやりますよ?」
それから彼は手をワキワキとさせ、「ちょっと高いですけどね」と言い終える。
シロアキ達はそれでアニアがどんな反応を見せるのか注視していたようだったが、
「もちろん! ちょっとくらい高くたって構いません! こんなに小さな子達が健気にがんばって生きているのですもの!」
そう彼女が言ったので、一同は軽くこけた。
「だから、子供扱いはやめろ。ボクらは大人だって言っているだろう?」
と、それにシロアキ。
フユが笑いながら、お茶のおかわりを持って来た。アニアの肩に乗っているナイを見て、軽く撫でる。
猫用キャリーバッグからサリーを取り出すと、アニアは膝の上に乗せて餌を与えた。サリーは何故かアニアにとてもよく懐いているのだ。因みに魔王にはまったく懐いていない。餌を食べて大人しくしている間で、アカハルはサリーの身体に触れて目を閉じた。
すると、途端に彼は震え始めた。苦悶の表情を浮かべている。心配そうな表情を見せるアニアに魔王は「心配なさらず。いつも“辿る”時は彼はこうなるそうです」と言って安心させた。
アカハルの顔から血管がいくつも浮き出て赤くなる。その様にアニアは更に不安を覚えたが、やがて彼は「フーッ」と大きく息を吐き出して目を開けた。
「見えましたよ。色々と」
そして、そう言うと、彼は紙に様々な文字を書き出していった。
魔族の組織、蒸気機関、石炭エネルギー会社“ノッカー”、セニア魔法技術応用研究所、東方の研究員、金持ちの家、裕福そうな子供達、グッドナイト機械工業、東方のドラゴン、東方の人間、エニグアス警察署、女性警察官、ブラウニー……
まるでデタラメな単語の羅列に思える。が、書き終えると、
「取り敢えず、見えた物の中で意味がありそうなやつを全部書いてみました。その猫を盗んだって男に関わりがありそうなものばかりです。
何段階先まで見えたのかはちょっと分からないけど」
アニアはそれにざっと目を通す。
「セニア魔法技術応用研究所はきっと関係ないですね。私のアルバイト先だから、私から情報を拾ってしまったのでしょう。私はサリーちゃんに触りまくってますし」
動物好きの彼女は、頻繁にサリーを愛撫していたりする。
それを聞くとシロアキが言った。
「悪いが、画像化は無理だから提供できる情報はこの程度だ。絵を描かせても良いが、こいつは絵が下手だし、きっともう鮮明には思い出せない。負担もかかる。だから、これで終いだ。
が、金は貰うぜ。約束だからな」
アニアはその彼の発言にこう返す。
「もちろんです。これだけでも随分と助かります! こんなに小さな子が、あんなにがんばったんだものね!」
シロアキはそれにツッコミを入れる。
「だから、思い出したように子ども扱いするのはやめろ! ボクらは大人だ!」




