Lood..012 言葉の亀裂(2)
場所は移り、現実世界――…
数多の人々が行き交う、午後の東京の街。建ち並ぶショッピングセンタービルに設置された巨大モニターには、NOAHの回線遮断を報じる緊急ニュースが映し出されていた。
道行く人々は足を止め、呆然とした表情でモニターを見上げている。仲間内などでもザワつき合い、「アイツは大丈夫だよな?」などと電話をかけ出す者もチラホラと。もちろん興味無き者は歩みを止めず……様々な反応に、現実世界は揺らいでいた。
そのモニター中では『緊急速報』のテロップを映し、1人の女性アナウンサーが次々に原稿を読み上げていた。
「…――っと、現在までにわかっている事は、ゲーム回線の遮断により、約18万人のユーザーが仮想現実世界に閉じ込められてしまったという事です。そして今、『Network of Adventure Hall』の発売と開発元である、トイズ・クランピアの幹部らによる会見が始まるようです。それでは、その会見の様子を今から中継させて頂きます」
どよめく人々の中、無感情を思わせる沈んだ表情で1人歩く大次郎。赤信号機に足は止まり、気力無き目がモニターを見上げた。すると、日頃警備で見慣れたトイズ・クランピア社内。10階大会議場に、簡易的にセッティングされた会見の様子がその目に映った。
映像には無いが、多数の記者達がいるのだろう。パシャパシャ!っと無数のフラッシュがたかれる中、社長に続き、1人の黒スーツの男が入室してきた。黒髪をビシっと七三分けに決めた、40代半ばくらいの細身の男。社長と共に木目の長テーブルに並び、深々と頭を下げる。そして頭が上がり、七三分けの男がマイクを手にした。キツネ目とも言える細く鋭い目付きに、少しこけた頬。どこか意地の悪そうな顔つきで会場を見渡し、ゴホンと咳払いを1つ。
「トイズ・クランピア社、ゲーム開発部部長の【氷堂】です。この度は多大なご迷惑をおかけしています事、深くお詫びを申し上げます。込み入った謝罪の前に、まず我々からのお願い事がございます。『Network of Adventure Hall』――『NOAH』の回線は現在遮断されています。ログイン中のユーザーの皆様は、現状としては仮死状態に近いもの。命を繋ぐものはハード機器のみ。ですから、強制的にNOAHのハードを頭から取り外すような事は決して行わないで下さい」
そして氷堂と名乗る男性は、再び咳払い。
「詳細は後程お伝え致しますが、現在NOAH開発チームで、ユーザー18万人の救出作業を行っております。ゲームのログインに脳が耐えられるのは、最大72時間。その時間を超えてしまえば、脳の神経細胞は限界を迎え、全ての機能を停止させます」
すると氷堂は片手でNOAHのハードを持ち上げる。
「このハードの額の部分に液晶画面がございます。この液晶には、ゲームユーザー情報や状態。ゲーム内の時間軸。そしてログイン時間の表示もございます。ログイン中のユーザーがいらっしゃるご家族やご友人。周囲の皆様にご確認を頂きたい。既にログイン時間が24時間を経過しているユーザーがいた場合、早急に医療施設への搬送をお願い致します。全国の医療施設への了承は得ており、費用に関してはトイズ・クランピア社が全額負担致します。少しでも長く、時間をかせぐ為――…」
ザワめく街中……その一角で、続く会見をボーっとした表情で見つめる大次郎。もう何度信号機が変わっただろう……ただ流れる会見を見つめている。
すると突然、上着の胸ポケットに入れていた携帯電話が鳴った。ベルのように鳴る呼び出し音に、ようやく世界を戻された大次郎。慌てたように電話を取ると――…
「はい、もしもし…――お、おぉ…雪菜か…」
電話をかけてきたのは、大次郎の奥さん――雪菜という女性だった。
「…どうした…?」
モニターを見上げながら、覇気の無い声で問う大次郎。
「…――そっか、お前もニュース見たのか…あぁ、そうだ。NOAHがとんでもない事になっちまった。…――ん?俺か?俺は大丈夫。俺は…な…」
通話のまま信号を渡り切り、大きなビルの柱に寄りかかる。そして今までの経緯を雪菜に話し始めた。
夏輝と愛莉。そして飛依斗がログインした所まで話しが進むと、大次郎の表情が徐々に険しく、何かを堪えるように歯を食いしばるものとなっていく。
「雪菜…俺……俺…」
携帯電話を持つ手を震わせ、食いしばる歯をギリギリ鳴らす。熱くなっていく目頭を押さえ、その場に座り込む。
「βテスターの3人と、新規ユーザーでゲームをクリアすればいい。でも俺らは1度ログインしたら帰れない。ゲームで死ねば、現実世界でも死ぬ。救出が間に合わなくても、限界時間になって死ぬ…そう言われて、口では『覚悟はある』みたいな事言ったのに…俺本当はビビってた……だから夏輝から『残れ』って言われて、正直ホっとしたんだ…」
目元を押さえた手に、ジワっと感じられる冷たいもの…
「歳下の2人が覚悟を決めてる中、俺…自分の命を守れた安堵感に笑っちまったんだ……最低だ…!…アイツら2人に兄貴面してたくせに、俺は2人を見捨てた…!『自分には家族がいるから』、『自分は開発チームじゃない』…2人の言葉を鵜呑みにして、『俺には関係が無いからいいんだ』って正当化させてた…コンピュータはいじれねぇし、いい案が思い浮かぶようなデキる頭でもねぇ。そんな俺が、アイツらにしてやれる事は1つしかなかったはず……なのに俺は逃げた…怖くなって、その場から逃げてきちまった…!」
座り込み俯く顔から、ポタっ…ポタっ…っとこぼれ落ちる涙が地面を濡らす。
「雪菜もわかるだろ?夏輝と愛莉って、ちょっとした事でケンカばっかすんだよ…」
目元を拭い、座り寄りかかる柱に己の後頭部をゴン!っとぶつけ、その顔を上げた大次郎。
「愛莉は夏輝に惚れてる。口では言わねぇけどバレバレだ…だからいっつも『親にかまってほしい子供』みたいに、要らんちょっかいばっかり出すんだ…真面目な夏輝には逆効果なのによぉ……だから夏輝は愛莉に『人間的にNG』って言っちまう…」
っと言うと、大次郎はフっと鼻で笑うように息をはく。
「でもそう言いながら、心のどっかじゃ愛莉の存在が引っかかってる。だってそうだろ…本当にNGだったら、昼飯食い行ったり買い物行ったり…休みの日以外は毎日一緒に出歩いたりしねぇだろ…仲間になって10年間、毎日。ケンカしてても一緒に行くんだぜ?お互い口利かねぇのに…笑えるよな…」
再び鼻で笑うように息をはき、視線を下に向ける大次郎。
「でもあの2人、仲直りが苦手でな…俺が間に入って、俺が言わねぇと絶対相手に謝らねぇんだ。どっちかが『ごめん』って言えばすぐ許すくせに、変なプライドがハネ合って、心にも無い事言って、お互いを傷つけ合っちまう。どっち共必要とし合ってるくせ、どっちも頑固で、どっちも子供なんだよ……だから俺が…俺がアイツらのバランスとってやんねぇといけねぇのに…俺は――…」
再び声を震わせる大次郎……その姿に、道行く人々は気にも留めていない。皆、異例の事故ともなった事態を報じるモニターに釘付けだ。
◆◆◆――…
しばらくして、その会見はいつしか質疑応答へと移っていた。記者団からの質問に答えているのは氷堂。すると1人の記者が挙手をし、マイクを手にした。
「エブリスポーツ社です。おそらくはNOAHの回線が切れた時でしょう、当社に差出人不明のあるメールが届きました。これは各社に出されたものかもしれません。このメールについてはご存知ですか?」
この質問に、氷堂の表情が少し強張った。
「…はい。存じております」
「内容からすると、回線の遮断を予期していた。もしくは、自らが回線を遮断させた――…そのような内容ともとれるのですが。これについては、何かあきらかとなっている事はあるのでしょうか?」
実際にこのメールはメディア各所に送られており、差出人のアドレスは存在し得ないものであった。もちろんトイズ・クランピアにもメールの件は伝えられ、すぐさま世に報じられた。世間では「外国からのサイバーテロだ」や、「世界発売にかけての売名イベント」などと言われ、真相究明に注目を集めている。
しかし現状としては、トイズ・クランピアの社員らも真相はわからない。メールの送り主が誰なのか……飛依斗の素行の悪さが引き起こした事故だと思っていたものに、突如不可解なメールが現れ、社員らも半ば混乱事態だ。
質問を受け、しばらく黙り込む氷堂。何ともいえぬ不思議な間に、記者団。そして社長の視線が氷堂に集まる。社長が小さく氷堂の名を呼ぶと、小さく息をはき、咳払いを1つする氷堂。そして応答の為に、再びマイクを口元に運んだ。
「…現在、メールの件に関しては、警察の皆様と共に調査している所であります。ですので、今皆様に言える事は…『Network of Adventure Hall』は、"ノアの方舟"にはなれなかった――…っという事でしょうか…」
そう言ってマイクを置く氷堂。これには記者団もポカン。そしてすぐさまザワつき出す会場。
「氷堂君…君は何を言って――…」
「社長。彼らを切るなら、早めの方がよろしいかと思いますがね」
「何…だと…」
記者団側の1点を見つめたままに告げる氷堂を、ただただ無言で見つめる社長。
◆◆◆――…
この会見を見守るのは、街の人々だけではない。NOAH開発チームのラボにも、巨大な日本の3Dマップに被さるようにニュースが映し出されていた。
その管理室内は、氷堂の不可解な発言にザワついていた。その中、ニュースを見る訳でもなく、ひたすらパソコンのキーボードをカタカタと鳴らす宙。だが氷堂の声は耳には入っていた。
「よっぽど先輩方を恨んでるみたいっスね、部長…トイズ・クランピアの中枢の座を奪われた事で…」
室内の隅の方では、立ちながら壁に寄りかかりタブレット端末を操作している実織も、横目にモニターをチラっと見た。そしてクスっと口元を笑みに変える。
「今のNOAHは『つぎはぎの方舟』…か。平静を装っても、妬みが表に出てるわね、"元"天才の部長さん」
笑みを浮かべた顔を廻し、視線を離れた位置にいる、NOAHにログイン中の3人。そして夏輝の横に並んだ乃愛に向けた。それぞれを見、愛莉の姿に視線を止めた。
「でも部長には、ある意味賛成かしら……そして貴女に贈れる言葉は2つだけ。『美人薄命』に『四面楚歌』…だからせいぜい死なずに帰って来なさい。誰が敵かわからないわよ?ふふっ…」
含むような笑みを浮かべ、タブレット端末の画面を軽くタッチ。そのまま脇に抱え、近くで作業をする女性社員の肩を叩くと、「外に出てくる」と告げてその場を去っていく実織。
すると――…
「ん?…メール…?」
突然、宙の操作するパソコンに『新着メール1件』っとの表記が現れる。首を傾げながらも、アイコンにマウスを合わせクリック。操作と共に表示されたメールの文章。
「…あれ?このアドレス――…ッ!!」
どこか見覚えのあるアドレス。読み上げていく本文に、宙の表情が瞬間的に強張った。机をバン!っと叩き立ち上がると、誰かを探すように体ごとに視線を廻す。しかし目当てのモノは無く、突然立ち上がる宙に驚く周囲だけ。
「まさか、あの人が『NOAH』を――…」
◆◆◆――…
場面は再び仮想現実の世界へ移り――…
ポロンを倒し、任務を達成したナツキやアイリ。ヒートにタケシ、トモキ、セキカワの6人。表示された60秒が経過すると、それぞれの体が白い光りに包まれ、一瞬足が地面からフワっと浮かび上がる感覚にとらわれる。だがそれも本当に一瞬。すぐさま硬い大地に足がついた。
「…――っと…うおっ!何だここ!?」
降り立つ大地に、開けた視界。その目に映る景色に驚きの声を上げるヒート。
広がる景色。それは白い靄…いや、雲なのか?白いモクモクとしたものが一面に広がり、青々とした空も広がる景色。足場はセメントを固めた、これぞまさにコンクリートと言ったものになっており、長方形の足場。長い所で全長100メートル程で、なにやらその100メートル。黄色い線が端の方に伸びている。
「何だ?この線――…うおっ!」
「はいはーい、電車が参りま~す。黄色い線までお下がり下さぁ~い」
線に近づこうとしたヒートの襟首を、後ろからグイっと引っ張るのはアイリ。「何すんだ!」っと騒ぐヒートをそのままに、アイリはナツキに向いて敬礼。
「安全確認OKでありまぁ~す、しゃしょー(車掌)さん」
「………」
わざとらしい真面目顔を作るアイリだが、ナツキはため息を1つ。そして合わせた視線を冷たく外した。無言のナツキに一瞬表情を曇らせるアイリだったが、ため息にも似た息をはいてヒートの襟首から手を離す。
「いきなり何すんだよ、いってぇな」
「今からここに電車が来るの。だから『黄色い線の内側に下がれ』って、駅でよく言われるでしょ?」
「は?…駅?」
疑問の眼差しを廻すヒートの視界に、コンクリートの足場中央。小さな駅などでよく見る、駅名を示す立て札が映った。
「あ?何だ?…『特別クエスト・半月五重塔』…?」
「ここは各県にある、クエスト地と拠点地を繋ぐ駅――【クエストホーム】。書いてあるのはクエスト地とクエスト名よ」
「クエストホーム?…え、何なんですか?それ」
っと、質問をしながらアイリに近づいて来たのはトモキだった。後に続くようにタケシとセキカワも歩み寄る。振り返るアイリは、3人の顔を見ると「およ?」っと口元を丸く作る。その表情に、自らを名乗っていない事に気づくトモキは、少し照れたように頭を掻く。
「あ、あ~すみません。挨拶してなかったですよね…おれはトモキっていいます。んで、後ろにいるのが先輩のタケシさんと、同級生のセキカワです」
紹介を受け、タケシはペコっと一礼。セキカワは「ども」っと軽く手を上げた。
「先輩に同級生…学生なの?3人共」
「え?あ、はい。おれら、大学の同じサークルの先輩後輩でして。おれとセキカワは同じ学年で、タケシさんは1つ上の先輩なんです」
「ふ~ん。ログインは3人で?」
「そうです。サークルのメンバーから『ギルドを一緒に作ろう』って誘われてて、3人でバイト代貯めてNOAH買ったんです。んで、タケシさんの家で一緒にログインしたら、チュートリアルの途中であの戦闘になってた――…って感じですよ」
「そっか…ごめんね、危ない目に遭わせちゃって」
「え?」
突然謝るアイリに、向き合う3人はキョトン。
「あたしらNOAH開発やってるトイズ・クランピアの社員なの」
「えっ!?ガチっスか!?」
「えー、すげー」
過剰なまでのリアクションのトモキに対し、間の抜けたような反応のセキカワ。落差のある2人をチラっとだけ見るタケシ。
「あたしはアイリ。んで、このウサギがヒート」
そう言いながら、ヒートのウサギ耳をクイクイ引っ張るアイリ。ヒートは「触るな」っと言わんばかりに、耳を引っ張るアイリの手を弾く。そしてアイリは背を向けて立つナツキを見る。
「んで…あの尖り耳がナツキ。この『Network of Adventure Hall』を生み出した開発者よ」
「えっ!?ガチっスか!?」
「えー、すげー」
再びの過剰リアクションのトモキに、抜けた反応のセキカワ。そして再び2人をチラっと見るだけのタケシ。
ナツキは誰を見る訳でもなく、横顔だけをこちらに見せ、俯きかげんに会釈を1つ。そして再び背を向けた形となる。
何かを拒絶しているような…壁を感じるようなナツキの背中。これには過剰リアクション男のトモキも「あれ?」っと押し黙る。その光景に、アイリは腰に手を置いてため息。
「…ごめんね。あいつは人見知りなだけよ」
「えっ!?ガチっスか!?」
「えー、すげー」
「いやいろいろ反応間違ってるから」
ワザとか?天然か?の後輩2人の反応に、思わずツッコみを入れてしまうタケシ。アイリはクスっと笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「それでね…今から話す事、とにかく冷静になって聞いてほしいの。質問は後で答えるから、今は黙って聞いてね…今ね、この仮想現実世界と現実世界の回線が切れた状態なの」
「えっ!?ガチっ――…」
「黙れっつったろゴラァ!!」
過剰リアクションに入ったトモキの股間を、怒声と共にアイリの足が蹴り上げた。もはや声すら上げられぬトモキは、打撃を受けたモノを押さえ、『"名画"ムンクの叫び』の表情を浮かべて地に崩れ落ちる。
「戦闘以外の〔つっこみ〕コマンドもあるから、気をつけなさいよ~…アンタ達もね…」
睨みつけるようにタケシとセキカワを見るアイリ。すると2人は唇をグっと締め、ビシっときおつけの姿勢で首を縦にブンブンと振ってみせた。その姿に、「よ~し」っといったように頷くアイリ。
「…――んで、さっき言った通り、この仮想現実世界…NOAHの世界に、君達を含めた18万人のユーザーが今閉じ込められてるわ。仮想現実からのログアウト行為は出来ない。ゲームデータ更新はストップ。ゲーム内でLGが0となれば、現実世界での死。そしてログイン可能な限界時間、現実時間の72時間がくれば、脳回路が爆発…再起不能となるわ」
「…う、嘘…ですよね…?」
「本当よ。この全てを今理解する事は無理だと思う。けどそれが事実なの…ごめんね…」
俯く視線を、呆然とするタケシら3人――…1人は悶絶中だが…その彼らに向けるアイリ。すると背を向けたままのナツキが口を開く。
「僕らは18万のユーザーを救う為に来ました。『救う』と言えど、"正義の味方"を名乗るつもりはありません。むしろ咎人と呼ばれる存在だ…全ては僕の責任…」
そう言うナツキの背を見るアイリは、再びのため息。
「…あたしだって責任がある。もちろん、このヒートにも」
「は、はぁ!?何言ってんだって、オレは何もしてねぇ。だからオレには何の責任もねぇよ」
「アンタねぇ…ここまできてまだ言ってんの?アンタがこの事態の引き金引いたんでしょ!?」
「さぁ~?何がどんな引き金でしたでしょーかねぇ?ぼくウサギさんだからわからなぁ~い」
「っ!!…アンタねぇ…バカにしてんのかァ!!」
おちょくるように両手をヒラつかせるヒートに、アイリが掴みかかろうした瞬間――…
「いい加減にしないか!!」
全ての動きを止めるナツキの怒声が辺りに響く。体をビクつかせ、ゆっくりとナツキに振り返るアイリ。
「いい加減にしてくれ…今は誰が悪いかなどを決めている時じゃない」
「でも…でもこのバカ、自分のした事の重大さを――…」
「君だって、調子に乗って犠牲者を増やした」
「えっ…」
「ヒートさんを責める立場でも無いだろ」
「っ…!!」
ナツキの言葉に、ハっとしたように目を見開き、ゆっくりと顔を俯かせていくアイリ。俯こうとも、アイリよりも頭の位置の低いヒートからは、今にも泣き出しそうなアイリの表情が見えた。その表情に、
「お、おい室長、何もそこまで言わなくても――…」
っと、思わず口を開くヒートだったが……
「咎人同士、傷の舐め合いはするつもりはありませんよ。ヒートさん、あなたとも」
「っ……」
言葉を切り、冷たく鋭い視線を向けるナツキ。妙に威圧感のある視線に、生唾を呑むように黙り込むヒート。すると拳を握り締め、その肩を震わせたアイリの口が開く。
「ちょっと待ってよ…こんな状況だからイライラするのはわかるけど…八つ当たりしないでよ…子供じゃないんだから」
「そう言う君が子供じゃないなら、売り言葉に買い言葉にならないよう、子供の言葉なんて流せばいいだろ…自分が犯した業も流すつもりならね」
「っ…何よそれ……何でもかんでも蒸し返しばっか…アンタのそういう所が嫌いなの」
「ならよかった。僕も君が嫌いだ」
「っ――!!あたしだって…!あたしだって大嫌いよ!!」
「…じゃあこれ以上の論争は無意味だ。それに彼らの前で話す内容でも無い。終わりにしよう」
「あ~はいはい!そぉーですね!!」
顔を伏せたままに張り上げる声。そして足音をドスドスと発て、アイリは皆から離れ距離をとる。
突然の言い争いからの険悪なムード。ヒートにタケシ、セキカワは呆然するしかない。すると1人立ち上がるのはトモキ。未だに痛むのか?股間を押さえたまま、足を引きずるトモキがアイリに歩み寄り――…
「あ、あの…電車が来るなら黄色い線から離れた方が――…」
「うっさい!!キン○マ押さえながら近寄るなボケぇ!!」
黄色い線を跨ぐように立っていたアイリは、心配してくれたトモキの顔面を跳び上がり蹴り飛ばす。
鈍い音と共に、トモキの体は美しい放物線を描き、クエストホームと呼ばれる足場の下に広がる雲の中へと消えていく。
「うわっ!!トモキぃー!!」
「おー、すげーキック」
驚き走り出すタケシに対し、変わらぬ間の抜けたリアクションのセキカワ。タケシに遅れ、小走りに後を追う。
あきらかに泣いているように、目元をグイグイと腕で拭うアイリの背中。その姿を見ず、無言のまま背を向けるナツキ。この2人の背を交互に見るヒートは、怪訝な表情を浮かべながらボリボリと頭を掻いた。
「何なんだよこの空気…マジのケンカすんなってよ、やりずれぇ……はぁ~…」
頼みの綱ともなる2人の険悪ムードに、ため息しか出ないヒートの肩は落ちるばかりだった……




