正反対の彼女
王立魔法学院は、身分の上下に関係なく門戸が開かれています。
ですが、志願者を受け入れるのは、春分と秋分のそれぞれ一日だけ。たとえ前もって入学を打診していても、その日に受け付けに来ることができなければ、学院の学生になることはできません。
これは、学院が創設されてからずっと変わらない規則で、学院を卒業した魔法使いに関わったことのある人間ならば、たいていは知っていることです。
そういう事ですから、文字の読み書きにも苦労するような者たちも学院には大勢、とは言えませんがある程度いて。選択科目にも初歩の読み書き、のようなものがあるそうですの。履修案内には載らないのであまり知られていないそうですが。
……話が逸れてしまいましたわね。いえ、まったく無関係という訳ではないのですが。
わたくしと同じ時期に入学した学生の中にセアラという女性がおりました。歳は当時十九。新入生の中では一番年上でした。
家名はありません。
その意味を解っていて素性を詮索などしたくはありませんが、事実はどうあれ、噂を耳に入れたがる人は多いのです。
曰く、『いかがわしい場所で働いていたところを、さる高貴な方に見いだされ、身請けされてここにいる』のだとか。
まあ、蜂蜜色の髪で象牙色の肌の、整った容貌の方ではあったし、妙に人慣れしないところのあった方なので、事実はどうであれ、妙に嗜虐性をそそられてしまったのだろう、と今なら思えるのですが。
「それがどうかして? 魔法使いになるには氏素性は関係なくてよ?」
わたくしの耳に、その噂を吹き込んだ方には、そう言い返して差し上げましたわ。
だって、全くの事実ですもの。
『魔法使い』として官職につくには学院を卒業する以外にいろいろと条件がありますけど、民間で『魔法使い』を名乗るのに必要なのはその技量だけ。学院を卒業する必要さえありません。でも、それだからこそ、重要なのは、魔法の技量、なのだというのは当時のわたくしにさえ解ることでしたのに。たしか下位貴族のご令嬢だったその方は卒業まで至らなくて三年ほどで学院を辞められたかと思います。今頃どうしてらっしゃるかしらねえ。
もっとも、その点に関して言えば、わたくしは学院の名汚しに外なりませんのですけれど。
彼女はその真逆でした。魔法に関して手解きも受けたことがなかったらしく、まったくの初心者からのスタートでした。ですが、素質は群を抜いていたらしく、教えられたことは乾いた砂に水がしみ込むように吸収していった、のだそうです。
ただ、読み書きに関しては苦労なさっていたようです。
初歩の読み書きの講座を取っていたうえに、毎日補習を受けていたようです。それでも最初の試験には間に合わず、口頭試問での追試を受けてらっしゃいました。
……なぜそんなことをわたくしが知っているのかって? わたくしも補習と追試を受けておりましたからですわ。わたくしの場合は、実技で、ですが。
ですから、寮の入り口や食堂でよく顔を合わせておりましたの。
すぐに仲良くなった、とはあまり申せませんわ。
近寄りがたく思っておりましたもの。
ですが、顔を合わせる機会が増えれば、声くらいは交わすようになります。
声の調子でその時の気分が察せられるようになれば、親しみも湧いてくるでしょう?
……そんなふうに、様子を伺いながら距離を縮めていくのは、初めてでしたわ。たいていの場合、わたくしが『ゲオルギア』の名を持つことは人を遠ざける原因にはなりませんでしたもの。「野良猫を懐かせるみたい」だとセアラは言っていましたが。……もしかしたら、セアラにとってはわたくしの方が『野良猫』だったのでしょうか。
わたくしがその方を認識したのは、そんなふうにセアラとの距離を縮めている頃でした。
彼はセアラの補習の担当者のひとり(セアラが言うには、補習は手の空いている講師や助手の方が見てくれたのだとか)で、偶然にも、小さい頃に別れたきりの幼なじみとのことでした。もしかしたら血縁関係があったのかもしれません。面差しにどこか似たところがありましたから。
……ええ、彼も纏う色彩は違いますが、整った容貌の持ち主でしたの。漆黒の髪に夜闇の瞳、肌は大理石のような白、おまけに薄い唇が紅をさしたように赤くて。その見目のせいで不愉快な経験をなさったとかで、あまりその事には触れてほしくなさそうでしたので、あまり口にしたことはありませんが。
でも、わたくしが彼に惹かれたのは、その整った容貌のせいではありませんのよ?




