5話 みゃあのこと
みゃあがねんねしてるあいだに、おはなしをすすめてくれるみたい、みゃ。みんな、たのんだみゃ!
ナナを守るため、と聞いてユヅ先輩は嬉しくないはずがないないよな。
だが、事実は残酷だ。
すやすや寝ているが、こいつが万が一聞いたら傷つく。
「ユヅ先輩。俺、こいつを部屋で寝かせて来ます。ベッドで休んだほうがいいですし、起こしたら休めなくなっちまいますから」
ユヅ先輩じゃなくてナナが返事をした。
「そっスね! うちのベッドを使ってっス」
「俺、先輩に言ったのになんでお前が……まあ、ナナの匂いに慣れてるだろうからそうするか。って声でけえよ。静かにしろ」
談笑してたみんなも黙ってしまった。
「ご、ごめん。小さい声なら起きないだろ……? じゃ、先輩、進行頼みます」
「僕達も無意識に疲れてるかもしれないから、ティータイムにするよ。恭介を待ってる」
「わかりました。じゃ」
白衣がちょいちょいと引っ張られる。ベルか?
「キョウー? ついてっていい?」
頭を撫でてやれないから、俺はベルのおでこにおでこをぶつけてやった。ひゃっという可愛い声を上げる。
「おう。手伝って欲しいこともあるし助かる」
「う、ん」
いちゃついた俺たちを小声でからかう。うるせえ、こちとらみんなに揶揄われるのはわかってシェアハウスでやってんだ!
「恭介め。こんな時にいちゃつきやがって」
「あら、来栖様ったらやるじゃないですの」
「キョウくんったら大胆☆」
「ちゃんとハチっちをねんねさせるっスよ!」
へーへー。やるべきことはやりますって。
ベルは俺より猫に夢中で聞いてなかったみたいだ。
聞けよ……? その天然なのが好きなんだけどな。
そっと寝室に向かって、ナナのベッドを遠慮なく借りる。
「キョウ〜ナナの毛布持って来た!」
「おっいいなそれ。水も置いたし、カメラも置いたから見守りも完璧だ」
俺は猫を寝かせて、ベルと立ち去ろうとした――が、苦しそうな鳴き声が聞こえて来た。
「キョウっ」
「ああ。どうしたんだろうな……」
そっと二人で駆け寄る。
猫は眠っていたが、寝言を言っているようだ。目をぎゅっと瞑って、体にも力が入っている。
「みぃ……み"っ! みゃむ、み、みぃ"ぃ"……」
唸り声が混ざっている、さっきの穏やかなアイツとは思えない鳴き声だった。
「苦しい夢でも見てるのかな? 大丈夫だよ……よしよし」
ベルがそっと触れると、寝たままベルの手を両手でぽふっと掴んだ。
「あれ、握られちゃった。ふふっ……ぷにぷにしてる。大丈夫、大丈夫。ね? 猫ちゃん」
「ベル――こいつ、多分一人になると怖いんだと思う。寝てても無意識に誰かを求めるんだろうな」
俺は、おそらくベルだけが知らないことを告げた。
「未来猫は、本来なら能力を使えない。こんなに賢くもない。恐らく、研究者の手による特別な個体なんだ。みんなは察してるだろうな。あ、沖田さんは知らないかもしれない……くそ、言いたくねえな」
ベルも沖田さんも純粋だ。ベルは大人だが、沖田さんはまだ繊細なところがある。
「う……そ……頭が良いだけじゃないの?」
「姉さんが獣医って言ってたろ? メールを送ったら、俺の憶測が当たってるって言ってた。みんなにも話そう。それから……万が一、猫が起きたら聞かせてしまうかもしれないが、ずっと抱いててやってくれ」
ベルは涙目になって、掴まれてる手とは逆の手を添えて、猫を抱き寄せた。すると、猫は手を離して、ころん、とベルの体に身を寄せるような体制になった。
表情もさっきと違って穏やかだ――。すうすうとかすかに寝息も聞こえる。
俺は下から毛布の形を整えて添えてやると、ベルがその毛布を「よいしょ」と言って優しく器用に包んだ。
「なんとしても守ろうな」
「うん……」
俺は、猫用の眠剤を調合して「ごめんな」と言い注射した。
コイツはもっと寝た方がいい。幸せな夢の中にいてほしい。
血液検査もする。「寝てる時に悪い」と声をかけると、抱きしめてるベルも「ごめんね、痛くないからね」と言ってくれた。猫はさっきとは違って安心して寝ている。
これなら多少ガヤガヤしても起きないだろ。
***
しなないで、みゃ! いきてみゃあ!
ママもかなしそうみゃ……。
みゃあのおにいちゃんとおねえちゃん、【てんごく】いっちゃったみぃ。
ママは、みゃあに、ずっとかんがえてたことを、そうだん、してくれた、みゃ。
せかいに、みゃあたちの『けんきゅうでーた』、こうかいすること、みゃあ。
これをすると、わるいけんきゅうじょ、そとのにんげんに、わかるみゃ!
でも、ママは、みゃあとそのさくせんするの、ばれちゃったみゃ……ママは、『かこ』のにんげんに、うられてしまった、みぃ……。
みゃあも、すてられた、みゃ。
かなしい、みゃ。
ひとり、いや、みゃ。
ひとり、もう、いや、みゃ。
でも、みゃあがいたら、めいわく、なのみゃう。
みゃうぅ……。
***
私はそっと猫を撫で続けた。
この子には、すごく悲しい事情があるのかも。
普通の捨て猫ですらつらいのに、さらに、私の想像すらできない、「何か」があるんだ。
キョウがみんなにメッセを送ったみたいで、リビングは静かになってた。
「キョウ兄、ベルっち、かわいくて連れて帰ってきたんスか?」
ナナがにこにこして私の腕の中の猫をのぞいた。
「そうだったら良かったんだがな……一人にして少し時間が経ったら、人間が悪夢を見ているように苦しそうにして、ベルの手を掴んだんだ。多分、一人になりたくないんだと思う」
「そういえば拙者も手を掴んで離さなかったでござるが――苦しそうにはしてなかったでござるよ?」
ユヅ先輩は、腕を組んでため息をついた。
「七海や服部さんと出会って、嬉しかっただろうが、『帰らないと行けない』とどこかで思ってたのだろう。だが、今日、みんなと接して……どこか期待させてしまったのだと思う。『帰らなくていい、ここが居場所だ』ってな」
「俺もそう思います。まだ確定していないのに……。でも冷たくするなんて、俺達、できませんでしたよ」
「そうですわね。悪夢を見て苦しげにしていたのはお辛かったと思いますの。でも、それ以上に安心できてよかったですのよ。だって、ワタクシたちは、もう、何をしてでも猫様と一緒にいたいのですもの」
フリルさんの言葉に、みんなが笑う。
「ああ。手は考えてあるんだろ? 今回はお前が頼りだ」
「ちなみにユヅ先輩のプランはどうなんです?」
俺は椅子をひいて、ベルを座らせる。ショックで悲しんでいるベルの頭をぽんぽんしてから、猫にも触れた。で、俺も座る。
「異常に力のある上に掛け合うか、猫の倫理委員会に問おうかと思っていた。だが、倫理委員会だと戦う材料が少ないと悩んでいた。改造されている動物は多いからな」
「この猫は……改造されているんですか……?」
沖田さんがベルと同様にショックを受けている。やっぱり知らなかったか。フリルさんがそっと沖田さんの手を握ってあげて、「ショックですけど……そのような現実もあるですの……」と悲しそうに言っていた。
「ああそうだ。だが、沖田さん、落ち着いてくれ……。ベルも驚かないで聞いて欲しい。この猫は研究所出身だと思う。自力でここまで進化する確率は少ない。で、俺の能力を使って体内を見ただけで、かなりの情報があった。コイツは手術の跡も多くて、何より驚いたのは忘却防止装置、学習装置、鍵穴があったことだ」
「鍵穴だと⁈ 猫に必要ないだろ」
「ウチが体をチェックした時は無かったっスよ」
ユヅ先輩とナナも驚いている。みんなは声にならないようだ。
「見えにくいところにあったんだよ。相当の腕がないとできないオペだ。それに、忘却防止装置があるのが気になるな。タイムリープを前提にしてるとしか思えない」
他にもまだ癒えていない点滴の跡や、機械を取り出した跡が幾つもあるが――言わない方が良いだろう。
俺がこっそりモールス信号を使ってとんとん、と音を出してみたら、すぐに気がついて俺の目を見てから、誰にも気づかれずに手を動かして答えたことも黙っておいたほうが良さそうだ。賢すぎるし、鍛えられている。
「そこまで酷いことをされていたのか……なら倫理委員会が動いてくれるんじゃないか?」
王子くんはコーヒーに砂糖を五個入れて一気に飲み干した。
「そうだねん。でも、研究所はかなりのやり手っぽいよ、ユヅくん。通報はするけど期待しない方がいいかも……。オレは一応猫の研究所っぽいところを探してハッキングを――」
その時、ユヅ先輩の電話が鳴った。
「もしもし、百目鬼です。――何だと⁈」
スピーカーモードにして、俺たちにも聞こえるようにしてくれた。
『七彩七海の旦那だな? 七彩は未来条例を破って猫を過去に持ち帰っただろう? 十億で良い。――犯した罪を黙っててやる。ついでに猫もくれてやる。悪い条件じゃないだろ? 今すぐ持ってこい。さもないと刺客を送る』
メールが来て、ユヅ先輩が確認すると、場所と時間が指定されていた。
未来では、動物たちに良い治療をする為に、動物の研究が盛んに行われています。しかし、動物達が傷つくような行きすぎた研究も多いので、『倫理委員会』というところが存在します。倫理委員会が守るのは、動物達だけではなく、理不尽に過去から連れて来られた沖田さんも含まれます。警察とは異なる組織だそうですよ。




