14話 みゃあのきおく
*** 登場人物 ***
・ハチ
未来から来た小さな猫。賢いが、小さな体が行動に追いつかない。わりとドジ。
・七彩七海→ナナ
護衛をしているピンク髪のギャル。
弓月の内縁の妻。籍は入れていない。
・ベル→ベル(本名は明かせない)
唯一の現代人。
"書き手"というレア能力から命を狙われやすい。
長い金髪。恭介の婚約者。
・来栖恭介→キョウ
医者。茶髪。ベルの婚約者。
たまにぽんこつになるが冴えている。
・百目鬼弓月→ユヅ
リーダー兼護衛。少し長めの黒髪を結んでいる。
七海の内縁の旦那。妖艶で顔が良い。
・服部半蔵→ハンゾー
過去人。護衛をしているが、畑の世話とかもするらしい。
顔が良すぎるため、両目をみたら誰もがめろめろになる。
灰色の髪で、前髪を片方伸ばして片目を隠している。
・若王子王子→おうじ
七海の兄でこの中の年長者。猫耳のニット帽を常にかぶっている。
努力型の天才で、パソコンやスマホでハッキングなどできる。
・黒羽フリル→ふりる
上品なお姉様で美人。ゴスロリの服を着ている。
紫の髪をくるくる巻いている。
元々、沖田と同じ組織に属してベル達と敵対していたらしい。
・沖田総司→そーちゃん
過去人。とある事情で沖田蒼と名乗っている。メンバーの中で一番若い。背が高く麗しい。
水色の髪をサイドテールに結んでいる。
「よう、ベル……ってハチなのか?」
後からキョウも来て、ちっちゃなハチを見てびっくりしていた。きっと、傷や痩せ細った体に悲しくなったんだよね……びっくりして後ずさってる。
「そうみゃっ! ベル、キョウ、まってたみゃ!」
鈴で金平糖を作ったようなかわいい声でハチは――ぴょんっと跳ねて、話した!
「ハチがしゃべったあ!」
私は抱いたままびっくりすると、「ゆめのなかは、なんでもありみぃ」と言って「はやく、はやくみゃ」と手をぷいぷい動かして急かした。しっぽもぷいぷいしてる〜!
「きおくのみゃあは、いまよりもっと、こねこ、みゃあ。そうみゃ、キョウのパーカーのフードに、はいりたいみゃ! これから、おぺ、み。みゃあ、みちあんないするみゃっ」
キョウは「随分記憶の案内が上手いな。慣れてるのか?」と訊きながら、パーカーのフードを私に向けて、ハチが入りやすいようにしゃがんでくれた。
「一人称の『みゃあ』ってやつ、かわいいな。な? ベル」
「うん! ハチ、自分のこと『みゃあ』って呼ぶんだね。みゃあちゃん、だね」
ハチは一瞬切なそうにしてから、「みゃふふ、かわいいみゃあ?」と誤魔化すように耳をぴこぴこして、首をかしげてみせた。でも、しっぽはたらん、とさせてた。
『みゃあちゃん』に何か苦しい思い出があるのかな? ハチって呼ぼう……。ごめんね、ハチ。
そう思ってると、ハチは何かを思い出したかのように、おててをぴっ! としてから話した。
「そうみゃ、これ、いっておくみぃ。みゃあはじっけんのあと、どうかんじたか、なにをみたか、かくにん、されるみゃ。だから、きおくのなかにひとがくる、なれてるみゃう。――みゃみゃ。フードのなか、あったかいみゃう……」
ちっちゃなハチは丸まってから、ハッとして、「リラックスしちゃったみぃぃ!」と反省して、おててで顔を覆った。お顔がくちゃくちゃになってるよ!
ふふっ。ハチの見た目は変わっても、シェルターにいる時と仕草が一緒だあっ! お茶目さんというか、どこか抜けているような性格がそのままで安心する。
ハチ――こうやって私たちにお話しかけてくれてたんだね。愛おしいなぁ。
ハチはぶんぶん、と首を振ってから、ぱぱっと毛繕いをした。気合いを入れてるみたい。ペロリ、としてから、ハチは真剣な顔でちいちゃなおててでビシッとドアを指した。か、かわいい!
「まず、ドアをでて、ずっとみぎみゃ! ままをみにいってる、ちっちゃいちっちゃいみゃあがいるはずなのみゃ」
その気合いの入り具合に、キョウは首を後ろに倒して、フードの中のハチにこん、と頭を触れる。
「ハチ、こんだけ説明してもらったら十分だ。説明してたら脳が消耗するだろ。寝ても良いんだぞ? 俺たち"読み手"は記憶域に来るのは一度や二度じゃないから任せろよ」
ハチは、キョウの髪を手を伸ばしてわしゃわしゃした。
「おいっこらっ! いたずらハチ!」
ハチはキョウの抗議を無視して説明する。
「きおくのなか、ふあんてい、みゃあは、しってるみゃ! ききかん、たりないみ! ふたりはおてて、しっかりつかむみゃ! みゃあは、キョウのフードのなか、いるみゃあっ! このなかのきおく、『かなしい』のくうかんになってる、み。きっと、『ゆがみ』ある、みゃ」
ハチの体がすっぽりすぎるくらい入りきって顔を出せないから、パーカーのフードにハンカチを入れて底上げをしようっと。二人が話してるうちに、私はハチをいったんお膝に乗せてから、調節したフードの中に入れてあげると、ちょうど良く顔を出せるようになったみたい。
「みえやすい、みゃ! ベル、ありがとみゃうみゃう!」
わっ……いつもこうして「ありがとう」って言ってくれてるのかな。ハチ〜〜〜〜〜! えらい天才賢いかわいい世界一!
「こちらこそ色々教えてくれてありがとう。じゃあ、ドアを開けて進もっか!」
「きをつけて、みゃ!」
キョウと、せーので開けると、強い風が吹いていて、吸い込まれた!
手を握ったままだから大丈夫だけど――ハチが飛ばされちゃう!
「みゃあは、ゆめのなかのまぼろし、みゃ! きにしない、みゃーっ!」
「馬鹿! お前も仲間なんだよ! 爪でも良い、俺の手に何してもいいから捕まれ!」
ハチは、ハッとして目を見開いてから、「みゃあああっ!」とぶつかった壁を思い切り蹴って、爪を立てたままキョウの手に捕まった。
「ごめんなさいみゃ、こうしていないと、みゃあはとばされちゃうみゃあ!」
爪先が食い込んで、キョウの手から血が出る。けれど、「気にするな! お前と逸れる方がやべえんだ!」と言ってハチを抱え込むようにした。
すると、風は止まった。
ハチは、キョウの手から抜け出して、くるりんと体を器用にひっくり返すと、足を手にひっかけて、頭を下にした。
「こらっ動くなって、わ、ハチ!」
ハチは、悲しくてくしゅくしゅのお顔で血をちろちろと舐めてる。
――なんか、この案内役のハチの心と、この記憶域の状態って連動してない?
ハチの前で言うわけにいかないから、内緒にしとこ。キョウも気がつくだろうし。
「あっお前! 傷が開いてるぞ!」
キョウが舐めてるハチにそっと手を出すけど、ハチは「へっちゃらみゃあ! みゃあは、キョウのきず、なおすみゃああ! ゆめのなかだから、へいき、みぃ!」っておててをたんたん叩いて必死で訴えてる。しっぽもたんたんしてる!
「いや、平気じゃないだろ。――そういや夢のなかって『なんでもあり』なんだろ?」
「みゃ?」
「ハチ! いいから俺の手に乗れ!」
ハチは気圧されたみたいで耳をぺちゃんこにして、「わかったみゃう……ごめんなさい、みゃ……」
切なそうにふにゃふにゃキョウの手に乗っかっていく。
(おおきいこえ、こわいみゃ)
「ん? ハチ、やっぱり大きい声苦手だったんだ。キョウがごめんね」
私がキョウの頭に軽く拳をとん、とすると、ハチは「みゃあ、しゃべってたみゃ⁈」ってびっくりされちゃった。
あれ、そういえば喋ってないような……。
「喋ってなかったぞ? なんだよベル。ハチの心の声がわかるのか?」
ハチは耳をぴーんっ! として、おててをぽん、とわかったぞという風に動かした。器用だねえ。ふふっ人間みたい。
「そうかもしれないみゃあ! みゃあのおもってること、ベルはいつも、りかい、してくれるみゃ」
「わっそうなのかな? じゃあ、伝えたいことがあったら、伝えるぞーって思いながら伝えてね!」
「わかったみゃ!」
おててをぴっ! とするけど、キョウの手の中でハチはふらついた。「場所を考えてくれ……」とハチを撫でると「みゃい……」と返してた。
「じゃ、そろそろ傷を治させてくれ。俺が見ていて苦しい」
「ごめんなさいみゃあ……」
「ハチは悪くないだろ。謝んな」
「そうだよ、ごめんなさいは悪いことした時だけ、ね?」
キョウはぎゅっと目を閉じた。ふっと目の前にゼリー状の絆創膏が指に乗ってる。それを丁寧にハチの傷に塗りこんでいった。
「お、本当にできた。お前の記憶の中はすげぇな」
傷口は塞がって、みるみるうちにふわふわのピンクの毛が元に戻った。
「みゃ、ありがとう、みぃ! キョウ、だいすきみゃ!」
ぴょーんと跳ねて肩に乗ると、キョウの頬に、ハチのお顔全体ですりすりしてる。
「ヒゲがくすぐってぇって!」
ハチは逃げるようにパーカーのフードの中に戻って行った。
そう言いつつ、キョウは嬉しそう。ハチも。ぴょいんびょいんしてるしっぽが見えてるぞ!
すると、パッと廊下が一段階明るくなった。
そして、廊下の向こう側には、てっ! てち、てっ! てちっ! と本人は急いでいるけどとっても遅い『小さなハチ』が居た!
「ハチ! 見て、ハチ! あそこにちっちゃいハチがいるっ!」
「おっ落ち着けベル! 『ハチ』ばかり言うなよ混乱するだろ!」
「みゃみゃ? だいじょうぶみぃ! ベルがいいたいこと、なんとなくわかる、みゃあ」
今のハチも小さいけど、もっと小さい! 赤ちゃんまでいかないけど! か、かわいい! 走ってるみたいで、おしりとかしっぽがぷりぷりしてて、とにかくかわいい! こんな可愛いコほっといてどーなってるの!!!!!
「みゃあは、こねこよりこねこで、あんよ、おそいのわかってて、はやめにしゅっぱつ、したみゃ!」
ハチは、わたわたって焦って、フードから身を乗り出すと、キョウの肩から滑ってしまった。「おいおい、落ち着けって」と言ってキョウが肘で受け止めた。
「こらハチ! ちゃーんとパーカーのフードに入ってろ。ベル、入れてあげてくれるか?」
「うん! ハチ、おいで〜」
ハチは素直に私の手に乗ってくれて、そのままぴょいっとフードの中に入って、「みゃ〜〜」とあくびした。眠いのかな?
「みゃあはキョウのパーカーすき、み。でもねんねしちゃうみゃ……たまに、こえをかけてほしい、みゃあ。みゃ? ベル、キョウ、しっかりおててつないでほしい、みゃ!」
必死に伝えようと手をぱふぱふさせてるハチに、私は「わかったよ、心配してくれてありがとね」と言って背中を撫でる。気持ち良さそうにしてから、ハチはひょこっと顔を出して、小さい記憶の中のハチにぴっとおててを向けた。
「あのみゃあは、ままのこと、しんぱいしてる、みゃ。ふあんのとき、きおくのなか、ぐるぐるになるみゃあ!」
キョウは、離してた私の手をガッチリ掴んだ。
「あのころのみゃあは、こころ、ふあんてい、みぃ。おいこして、おぺしつ、いこうみゃ!」
ひょこっと顔を出したまま話すハチがかわいくて、私はにこにこしちゃう。ふふっ。
「ベル、わらってるばあい、ちがうみゃ!」
「わっごめん。ハチかわいいんだもん」
「みゃ……!」
ハチはフードの中でくるりんと丸まって顔を隠した。
「へぇ。照れ屋なんだな。お、おい、そんな動くなって! くすぐったいんだよ!」
「みゃ? じゃあこうするみゃ! みゃみゃみゃあっ!」
フードがもごもご動いて、ハチがぴょこっと顔を出して猫パンチをキョウの首にしてる。ふふっハチったら結構イタズラ好きなんだね! キョウが首とか背中をを動かしてくすぐったさに耐えてる。
***
夢の案内人のハチはどうやら眠ってしまったみたい。ハチはお熱あったもんね。
私はキョウのもこもこしたパーカーのフードをじっと羨ましく見た。
「私もパーカー着ようっと」
「羨ましいだろ? ここんとこ、あったけえの」
あっドヤ顔した! ずるいずるいずるい!
「うー。キョウ、ハチが背中にいるなんていいなぁ」
私たちはそんな話をしながら廊下を走って、記憶の中のハチを追い越したけど、戻されてしまった。
これはハチの記憶域だ。ハチにとって、廊下は長いもの、歩いてもなかなか辿り着かないものと認識してるんじゃないか? というキョウの推測が当たっていて、走っても走ってもオペ室に辿り着けなかった。
そもそも、ハチの記憶なんだし、ハチが「見たもの」しか見れないよね――と腑に落ちて、小さい当時のハチと一緒に歩いてる。
しっぽをだらり、としながら、ティッシュを丸めたようなくちゅくしゅのお耳で、不安そうなくちゃくちゃのお顔で、小さなハチは足を前に前に必死に走ってた。
たまに、立ち止まって、耳をぴっとさせる。今より幼い声で「ぴゃあ、がんばる、みゃ! みゃぁま! みゃぁまーっ!」って奮い立たせてる。
幼さも疲れもあって『みゃあ』も『まま』も言えてないよう。
その度に私たちは「頑張れ。俺たちがついてるからな」と言って励ましてた。聞こえなくてもいいの。届くといいな……。
すると、廊下から研究員らしき人物がやってきた。普通のおじさんだ!
「八号? なんでここにいるんだ」
責めるようにハチに顔を近づける。ハチ目線だと怖すぎじゃん!
「やばいみゃ! みつかったぴゃあ!」
相手には「みゃーみゃー」としか聞こえていないんだよね……。
研究員は、面倒くさそうにハチの首根っこを摘んだ。なんて扱いするのっ! ばかあ!
「ったく……鍵を変えたのに脱走しやがって。ほら、行くぞ」
ハチは、「ぴっ! み"ぃぃ!」と唸ると――体を捻って床に着地した。刹那。走って後ろに下がると助走をつけて弾丸のように研究員の胸に飛んでぶつかった。
「かはっ……! くそ、ばけね……こ……」
研究員は派手に倒れて頭を打ったみたい。部屋から「何事だ!」「どうしたの!」と人がぞろぞろ出てきた。
ハチは混乱に乗じて、だっ! と走った。
戦闘モードになったのかな。毛が逆立って、目が鋭くなっている。
「みゃま……まぁみゃ……ままっ! いま、いく、みゃああっ!」
「ハチすっごく早い……! これって、戦闘モードのハチだよね?」
キョウも息を切らして走っている。
「そうだな。さっき俺らが見た時と同じだ。実は――ナナや沖田さんが動揺すると思って黙ってたんだが、ハチの戦闘力は『100』だったんだ」
私はびっくりしすぎて、口がぽかんってなってるのがわかった。
「えっ! ハチの? うそうそっ。でも、あんな早く動けるなら納得できるかも」
「だろ? フォーク持って首元直行だったしな。止めてなかったらあの六人はあの世行きだっただっただろ。あと、『化け猫』って言ってなかったか? 研究所でのハチの扱いが酷いな」
「うん……今、フードの中にいるハチは怪我してたし、すごく痩せてる。そういえば、桜さんも心配してたよね」
私は、八号と必死に呼ぶ桜さん――ハチのお母さんを思い出した。
「ああ。ナナがたまたま未来に行って良かったな。ハチと出会えて良かった。俺らで守っていこうぜ」
「うん! ハチをいっぱい幸せにしようね」
キョウは手をぎゅっとさらに握る。私も握り返して頷いた。
***
ハチは器用に飛ぶと、人間みたいにドアを開けて、隙間から声をひそめてオペ室を覗き込んでた。
しゅん……としたしっぽが、心配を物語っていて私は胸が苦しくなる。
「雑な手術しやがって……! あ。ここから蓋外せるのか」
「キョウ、集中して見てて。私は周囲を警戒する」
キョウは無言で頷いてオペを見てた。
ハチがゆっくりオペ室に入って、近づく。私たちも部屋に入ろうとしたら――体がハチと同じくらいになってた。
「えっ?」
「はあ?」
眠ってたハチがフードから出て、こてん、こてんこてんこてんと転がっちゃって、ぺちゃん、と壁にぶつかって、どろりと溶けるように消えた。
「夢の案内人が消えたってことはまずいな……消え方もおかしい。ベル、戻ろう――やべっ床が歪んできた!」
私は一度大きく息を吐いて、吸った。
「わ、わ、万年筆っ! ステッキになってー!」
ステッキに秘められた能力は計り知れない。けど、記憶域でステッキを使って悪いことが起きたことは――今までなかった!
「えーーーいっ!」
キョウも握ってくれてる。ステッキを床に打ちつけると、記憶の中の小さいハチが振り返って、おててをぴっ! とした――ような気がした。
「ハチ、未来で会おうね」
私の声が届いたかわからない。過去のハチに見えるはずがない。でも、伝えたかったの。
***
「ハチ、ハチ! どうした、起きたのか!」
「ハチ殿! ――む? 沖田殿! 二人も起きたでござる!」
あれっ沖田さんと服部さんがいる! キョウはがばっと起き上がると、すぐに確認した。
「ナナが戦ってるのか⁈」
「キョウ殿! ユヅ殿からは手術に専念・及びハチ殿の介護を命令されてるでござる。何があったか問われても内緒にするよう言われているでござるよ。拙者も沖田殿も話せないでござる」
服部さんがうるうるしながら話してる! 何かあったんだ! でも……キョウがオペに集中するために内緒にしてくれてるんだ。
ここは、信じるしかない!
キョウはハチの耳を触った。
「わかった。追求はしない。だが苦しくなったら話してくれな。――で、ハチに何があった? あちっ……」
キョウがこめかみをとんとんとん、と叩いてハチの体内を能力で見ると、「体全体が熱を帯びてるな……心拍数もキツい数値だ」と言った。
キョウと私は、布団でぐったりしてるハチを見た。体温を逃がそうと耳を広げて、仰向けになって手をだらり、としている。鳴くこともできないくらい苦しそうに息をして、力が抜けきってた。
「さっきより呼吸が良くなったでござるが……まだ苦しそうにしてるでござるよ」
「ベル、ハチを頼む! この熱だ……生死に関わる。服部さん、手術室についてきてくれるか?」
「わかったでござる!」
ガウンテクニックができて、オペの簡単なお手伝いなら服部さんが適任! キョウの指示は的確だった。
「すぐにオペを終わらせてくる! 沖田さん、落ち着いてベルの言うことを聞いてくれ」
沖田さんは涙目になりながら、こくこくと頷いてた。
私は、ぐったりして仰向けに寝てるハチに声をかけた。
「ハチ、私のお布団においで。だっこ、するね。沖田さん、大丈夫だよ。不安にならないで、ね?」
ハチは熱くなっていた。猫ちゃんって汗、かかないんだよね? えっと、うろ覚えなんだけど……タオルの棚を見ると、濡らして体を拭いたっぽいのが伝わってきた。スマホで猫ちゃんの看護を検索したのかな? 全部使い切っちゃったみたい。
私の布団の、熱くないところに乗せてあげて、桜さんの抜け毛が入った枕も近づけてあげてみる。
熱を帯びたおててを握って、肉球をぷにぷにする。私は冷え性で冷たいから、ちょっとでも気持ちいいといいな。あ、目のぎゅってしてた力が少し抜けたっぽい。効いた、かなあ。
「みぃ……み」
(てんてき、してみゃ。なおる、みゃ)
ハチの心の声が伝わってきた! 点滴ね。わかったよ、ハチ!
私がハチの気持ちをわかるって、ハチは信じて語りかけてくれたんだ――。
「みゃ、みゃああ……」
(べる、そーちゃん、はげましてみゃあ)
そうだね、沖田さんの心のケアも大切だね。
私に任せて。ハチ。
沖田さんはひたすらハチの頭をそっと撫でて、鳴く度に「ハチ」と切なそうに名前を呼んでいた。
私が「沖田さん」と呼んでハチを撫でている手に私の手を重ねると、瞳に溜まっていた涙がぶわっと溢れて、ぽとぽと、ハチに落ちていった。ハチの頬に落ちて、ハチが泣いているみたいに見える。
「ベル姉さん……うっ……うっ……自分……どうしたら……半蔵兄さんが調べてくれて、とにかくハチが楽になれたらいいと思って、タオルでそっと拭いてたんです……でも、ハチは苦しそうで、外も――フリル姉さんも大変なことになってて……」
私は沖田さんのサイドテールに触れて、わしゃわしゃっとした。こうすると沖田さんは笑うの。でも、笑うどころか、今よりもっと泣かせちゃった。
わ、わ、沖田さんがこんなに泣いちゃうなんて!
私の方がお姉ちゃんだもん! えっと、えっと、大人っぽいこと言おう! えーっと……。
私は余裕そうに笑みを浮かべて言ってみる。
「私たちが寝てる間に頑張ってくれてありがとう。沖田さん……大丈夫だから、ね? まず、みんなの時間を止めるから!」
きっと、外でも大変なことになってるんだ。
時間を止めたらその『大変なこと』も止められるし、キョウもオペに専念できる!
「万年筆っ! ステッキになって!」
ピンクの光を放ち、ぽわんっとステッキに変身した。先端にあるハート型の時計は、チクタクと時を刻んでいる。
「時よ止まれっ! 対象は、日本全体! 除外対象は、私と沖田さんとハチ! キョウと服部さん! えっと、それから、ナナとユヅさんと、フリルさんと王子くん!」
ステッキの時計からピンクの光がぶわっと出てきて、桜が舞うみたいに空間を包んだ。外にも光が出ていく。時計は、チク・タクとなっていて、力を使っている実感が体に流れ込む。
私は、能力の反動でがくっと力が抜けて、倒れそうになるけど、沖田さんが肩を支えてくれた。
「ベル姉さん……! 能力には副作用がつきものって言ってたじゃないですか」
沖田さんは真っ青になって、まだ涙を瞳にいっぱい貯めてた。
「今、頑張らないと……無理しなきゃ、でしょ?」
沖田さんは涙を拭って強く頷いた。
「はい! 自分が支えますっ。ごめんなさい……ベル姉さん。無理をして下さい!」拳を握って、私が一番嬉しいことを言ってくれた。
無理をしたい。沖田さんは、私のワガママを認めてくれた。
二人でハチの頭を撫でて、覚悟を決める。
ハチ――夢の中で案内して疲れちゃったのかもしれない……。夢の中でも寝てた、もんね。
――絶対助けるからね!
番外編『みゃあちゃん』
ままは、みゃあをぎゅうってだっこして、くれるみぃ。
みゃあも、ままをぎゅう、しようとしたら、けんきゅういん、きた、みゃ。このあしおとは、やさしい、さとうさん、みゃあ!
「八号。おはよう。あれれ? まだお母さんから離れないの?」
みゃあは、きっすいの、まざこん、みゃ!
ままは、きのうのじっけんで、ぐったりしてるから、みゃあがまもってる、み。
「みゃみゃ!」
「生粋のマザコンって……大好きなのはわかったよ」
さとうさん、のうりょくで、ねこのいうこと、わかる、みゃあ。たすかる、みゃう。みゃあを、「みゃあちゃん」ってよぶこと、あるみゃ。
「あのね、八号、今日は黒の書き手様がいらっしゃるの。九時にはいらっしゃるみたいだから、早めに入ってお迎えしててくれる? ご褒美にAのケースの三十五番のお菓子を食べていいからね」
「みゃ!」
やったみゃ! みゃあのすきなおやつみゃあ!
「先に食べに行っていいよ」
「みゃあ!」
みゃあは、おてて、ぴっ! したみぃ。
さとうさんは、やさしいみゃっ
「みゃみゃ、みゃあ〜」
「おてて、ぴっ! かわいいよ。八号も優しいね。送ってあげられなくてごめんね」
「みゃん」
きにしないで、ほしい、みゃあ。
「みゃあちゃんお散歩好きだもんね、いってらっしゃい」
「みゃ!」
また、おてて、ぴっ! しようとして、ころんじゃった、みぃ。
「大変! 大丈夫? おててをぴっ! するのは少しだけにしようね。まだあんよが安定してないの」
「みゃむむ……」
いやみゃあ!
「大きくなったらいっぱいできるからね。ほら、お菓子はいいの?」
「みゃ! みゃーっ!」
はやく、たべたい、みゃ! ままにも、あげる、みゃあっ!
***
おかしのおへや、えきしょうぱねるに、にゅうりょくで、はこ、あく、みゃ!
えきしょうぱねる、ぴっぴ、するみゃ。
おしにくい、……みゃう。
みゃ? さとうさん、なんで、みゃあにおかし、くれた、みゃ?
みゃあは、おもいだした、みぃ。
おかしで、こねこ、だますこと、おおい、みゃ!
みゃあがはしっていっても、ろうか、ずっとある、みゃ。
やっと、ままのいっしょのけんきゅうしつ、ついた、みゃ。
しらない、ひと、ままをだっこ、してるみゃ⁈
「あっ八号!」
「みゃ! みゃああっ!」
さとうさん、うそつき、みゃ! なにかくしてる、みゃ!
せんとうもーど、なって、さとうさんのかた、びょーん! のった、みゃ。
「みゃみゃみゃうみゃ! みゃあっ! みゃーーーっ!」
さとうさんじゃない、きらいなひと、きた、みゃ。みゃあに、おちゅうしゃ、した、み……。
うごけない、みゃ……。まま……だっこ、されてる、みぃ。たすけなきゃ、みゃうう。
「右山さん! この猫は殺傷能力の高い化け猫です! 過去へ早く行ってください!」
だめ、みゃあ、まま……。まま、ねむらされていて、おきない、みゃ?
「あら〜残念。その子もかわいいから触りたかったのに」
つれて、いかないで、みゃ……。
「早く!」
「はあ……わかったわ〜じゃあね」
まま、いっちゃった、みゃ……。
「ごめんね、八号。起きたら説明するから」
うるさい、みゃ。みゃ……みゃむん……。
***
みゃあ、おきた、みぃ。ままにだっこされないままのねんね、さびしい、みゃ。
いつも、みゃあは、ままにだっこしてもらったり、みゃあがぎゅうして、ねてたみぃ。
さむい、みゃあ。こころ、からだ、さむい、みゃああっ……。
「みゃ……みゃあ……っ! みゃあっ!」
こころ、ばらばらになりそう、みゃ……。
あしおと、きこえるみぃ……。さとうさん、みゃう。
「八号! 起きた? お話するからね」
「みゃっ! みゃあっ! みゃ!!!!」
うるさいみゃ! さとうさん、うそつき、きらい、みゃーっ!
「ごめんね……八号……一緒に居させてあげれなくてごめんね」
さとうさんは、みゃあのゲージをあけると、あばれるみゃあをだっこして、いつものないしょのおへや、いった、み。
けんきゅういん、すくない、そうこ、みゃ。
さとうさんは、なきながら、はなみずだしながら、はなをかみながら、みゃあをなでて、はなした、みゃう。
ままは、このままでは、しんでしまうびょうきだったこと。
かこのきれいなくうきをすって、かこのいいごはんをたべたら、よくなるかもしれないこと。
それにかけて、けんきゅうしゃみんなでなやんでかこのひとに、ままをたくしたこと。
よくなったら、かえってくること。
ままと、みゃあをはなしたくなかったこと。
さとうさんは、とってもなやんだ、いってたみゃ。
「みゃ……」
みゃあ、おこって、ごめんなさい、みゃ……。
みゃあは、がんばって、ないてるさとうさんのうで、のぼった、み。なみだ、ながさないで、みゃって、なみだ、ぺろぺろ、なめるみゃ。
でも、なきやんでくれなかった、みぃ。
「みゃあちゃん、ごめんね」
だれもいないときによぶ、みゃあのあだな、みゃ。みゃあが、じぶんのこと、『みゃあ』よぶの、さとうさんは、ねこのことばがわかるから、しってる、み。
「みゃうん」
じじょう、あったのなら、しかたないかもしれないみゃ。
さとうさん、ひどいことしない、にんげん、みゃう。
みゃあは、また、ままにあえる、み。
そうおもう、みゃ。
「みゃっ! みゃっ!」
「そうだね。私達も会わせられるように、頑張るから!」
「みゃあー!」
ありがとう、みゃっ!
つぎのひ、みゃあは、【化け猫】として、すてられた、みぃ。
さとうさんは、くび、になったみゃ。
ままにあえないまま、みゃあは、しんじゃう、みゃ……?
でも、みっか、さむいおそとで、いっしょうけんめい、ごはんたべたいのと、さむいのをがまんしていたら、ななにあえた、みゃ!
「ハチっち連れてきたっス!」
「あっナナ! ハチ起きたの?」
「おー、ハチおはよ。朝の検診するか!」
「キョウ兄さん待ってください、ハチを撫でさせてください!」
「ワタクシも朝のご挨拶をしたいですの」
「こら! 七海! ハチを頭の上に載せるな! ちゃんと抱き抱えるんだ!」
「ハチちゃーん☆ 今日もかわいいねん! 肉球さわらせてちょ!」
「ハチ殿、おはようでござる」
まだ、みゃあはこのおうちのにんげん、なれてないみゃ。
ままと、さいかい、してない、みゃう。
みんなと、もんだい、かいけつして、こんなふうに、あさをむかえたいみゃあっ!
さとうさんにも、もっかい、『みゃあちゃん』ってよばれたいみゃ。




