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第一章資料 地名・学校・古歌記録

※本資料は、第十話までの取材、証言および確認記録をもとに作成した。記憶の欠落、証言の食い違い、資料の消失があるため、一部には推測を含む。


【地名・地域】


「遠守市」(とおもりし)


物語の主な舞台となる地方都市。


市街地の外縁には山間部が広がり、旧真木野村をはじめとする複数の旧村地域を含んでいる。


佐伯直人が所属する新聞社の遠守支局、市役所、資料室などが置かれている。


二〇二六年、旧真木野村に残されていた真木野中学校の解体が決定した。佐伯は当初、その解体に伴う地域取材を担当していたが、調査を進めるうち、昭和六十三年の文化祭、五集落に伝わる古歌、三田園晴子の失踪、久那原と呼ばれた土地へたどり着いた。


現在の遠守市では、旧真木野村に伝わる役や儀式は、公的には確認されていない。


過去の犠牲も、水難事故、遭難、家出、失踪など、互いに関連のない出来事として処理されてきた。


---


「旧真木野村」(きゅう・まきのむら)


現在は遠守市へ編入されている旧自治体。


真木野、水上、影平、鳥越、日向の五集落から成り、それぞれが中央の広い土地を取り囲むように位置している。


五集落には、それぞれ異なる役と古歌の節が伝えられていた。


役はおおむね三十年から四十年に一度置かれ、選ばれた者が歌を受け継ぐ。その者が失われた後、集落の異変は次の周期まで静まったとみられる。


昭和六十三年、五集落の節は真木野中学校へ集められ、一つの発表として全校生徒によって歌われた。


しかし、五つの節が元来一つの歌だったのか、別々の怪異を後から一つへまとめたものなのかは分かっていない。


五集落の中央には、明治期の地籍図でのみ「久那原」と記された土地がある。


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【五つの集落】


「真木野」(まきの)


旧真木野村の北側、高台に位置する集落。


真木野中学校が置かれていた地域であり、五集落から延びる道が集まる場所でもある。


真木野中学校は、久那原の北端に接する高台に建てられている。


真木野にも古歌の一節と、一定の周期で人を選ぶ役が存在したと考えられるが、その名称、仕組み、犠牲の形は第十話時点では判明していない。


昭和六十三年の文化祭では、真木野の節を含む五つの節が、一つの歌として発表されたとされる。


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「水上」(みずかみ)


旧真木野村の低地側に位置する集落。


水路、井戸、用水、川など、水と強く結びついて生活してきた。


水上には「水の役」が伝えられていた。


水の役には、主に少女や若い女性が選ばれた。選ばれた家には、水利負担の免除、農地の貸与、共同作業の軽減、病人への援助などが与えられた。


本人には、水を鎮める大切な役だと説明されたが、最後には水へ消え、袖や帯など、身につけていた物の一部だけが残された。


役が置かれる前には、井戸、用水路、桶、浴槽などで、水深や水量では説明できない異変が続いた。


一人が水の役を引き受けると、異変は次の周期まで静まったとみられる。


現在は、役を担う子どもも、選定を行う共同体の力も失われている。二〇二六年には、空の浴槽で人が溺れ、浅い側溝で測量士が意識を失うなど、水の異変が再び現れている。


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「影平」(かげひら)


旧真木野村の西側、山腹に位置する集落。


山林、炭焼き、入会林、薪や屋根材など、山の資源によって生活を支えてきた。


影平には「夕番」が伝えられていた。


夕番の表向きの役目は、盗伐の監視、炭焼き小屋の火災防止、山火事への警戒、入会林の境界確認、遭難者の捜索など、時代によって変化している。


実際には、夕暮れから夜に現れる影の異変を、一人へ集中させる役だったと考えられる。


選ばれた者には、影が本人より遅れる、別の方向を見る、夜中に壁を歩く、日暮れになると身体を残して家の外へ出ようとするなどの兆候が現れる。


最後には本人だけが消え、壁や地面へ影が残される。


二〇二六年には、空き家の壁や古い写真に、身体を持たない影が再び現れている。昭和三十一年に失踪した工藤初枝の写真には、三田園晴子らしき女性の影も加わった。


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「鳥越」(とりごえ)


旧真木野村の南側、外部へ通じる峠に位置する集落。


荷運び、峠越え、遭難者への呼び掛け、災害時の連絡など、声を用いる役割と結びついてきた。


鳥越には「呼び番」が伝えられていた。


呼び番は、峠の向こうから届く声へ返事をする役だった。


選ばれた者は、親しい人間の声で名前を呼ばれる。一度返事をすると、声は次第に近づき、やがて本人がまだ発していない言葉を、本人の声が別の場所から話すようになる。


最後には声が身体を離れ、本人は自分の声に呼ばれて峠を越える。本人が消えた後も、声だけが電話、放送設備、録音機、峠道などに残る。


二〇二六年には、解約された電話や使われなくなった呼び筒から、住民の名前を呼ぶ声が聞こえている。


佐伯が鳥越を訪れる前から、彼自身の声も小田島和江の家へ届いていた。


---


「日向」(ひなた)


旧真木野村の東側、日当たりのよい斜面に位置する集落。


五集落の一つであり、古歌の一節と、人を選ぶ役が伝えられていたと考えられる。


しかし、佐伯たちはまだ本格的な取材を行っていない。


役の名称、選ばれる者、怪異の前兆、最後に何が残されるのかは、第十話時点では不明。


三つの節を集めた後、佐伯の影は日向の方角を示した。


それが佐伯自身の意思を表しているのか、怪異が次の節へ導こうとしているのかは分かっていない。


---


「久那原」(くなはら)


真木野、水上、影平、鳥越、日向の五集落に囲まれた広い平地。


周囲を低い山と丘陵に囲まれ、中央には細い川が流れている。


傾斜が緩く、水も得られるため、地形だけを見れば農地や住宅地に適している。しかし、長い歴史の中で水田、畑、住宅、工場、墓地、処分場などに利用された記録がない。


所有関係も曖昧で、五集落の共有地として扱われた形跡や、旧真木野村の村有地として処理された形跡がある一方、売買、相続、境界争いなどの記録はほとんど残っていない。


地名「久那原」は、明治期の地籍図にのみ記載されている。


それ以降の地図では、別の名前へ変更されたのではなく、同じ土地から地名だけが不自然に消えている。


昭和以降の地形図には、久那原内部の等高線や川筋が描かれている。少なくとも最初期に一度は、現地測量が行われたと考えられる。


しかし、最初の測量時に作成されたはずの野帳、区域内の測量標、基準点番号などは残されていない。


後年の改訂では、周囲の道路、河川、建物、林道、送電線などが更新されている一方、久那原内部の等高線と川筋だけは、最初期の図面と線の癖まで一致している。


現地を再測したのではなく、古い測量成果をそのまま転記し続けたように見える。


最初の測量で何があったのかは分かっていない。


事故、負傷、行方不明などの公的記録も確認されていない。


ただ、その調査以降、測量関係者が久那原内部へ立ち入った痕跡はなく、後世の道路もすべて中央を避けるように造られている。


久那原は、忘れられた土地ではない。


公的な記録の上で、忘れたことにされた土地のように見える。


鳥越からの帰路、佐伯のカーナビには、現在の地図から消えているはずの【久那原】という地名が表示された。


---


「旧真木野中学校」(きゅう・まきのちゅうがっこう)


旧真木野村の五集落から生徒が通っていた中学校。


真木野集落の南端、久那原の北端に接する高台へ建てられている。


五集落から延びる道が合流し、久那原の平地へ下る古い道の始点に当たる。


昭和六十三年の文化祭では、全校生徒五十八人が、五集落に伝わる節を一つの歌として発表した。


五つの節を集め、生徒たちへ歌わせることを計画したのは、当時の教師だった三田園晴子とされる。


生徒たちの歌声は途中で途切れ、その後も三田園だけが舞台に残り、一人で歌い続けていたという断片的な証言がある。


三田園がなぜ五つの節を集めたのか、なぜ一人で歌ったのかは分かっていない。


生徒たちを救おうとしたのか。


五集落に分かれていた何かを、自分へ集めようとしたのか。


あるいは、三田園自身が歌に選ばれたのか。


文化祭の後、三田園に関する記録は薄れ、当時を知る者たちの記憶からも、彼女の存在と文化祭の核心部分が欠落した。


学校が久那原を抑えていたのか、三田園に起きた何かをその場所へ留めていたのか、あるいは五つを結ぶための場所として使われただけなのかは不明。


二〇二六年八月四日から、校舎の解体工事が始まる予定。


すでに備品の搬出、資料の整理、電気や水道設備の確認、校舎内部の調査、工事車両経路の測量などが進められている。


解体準備が始まった時期と、水上、影平、鳥越で異変が目立ち始めた時期は重なっている。


ただし、学校の解体準備が怪異の直接的な原因であるかは、現時点では断定できない。


【旧真木野村 簡易位置図】

挿絵(By みてみん)


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【これまでに確認された古歌の節】


五集落には、それぞれ異なる節が伝えられている。


節の言葉は集落の人間によって受け継がれてきたが、旋律は人から人へ教えられるものではない。


役に選ばれた者が、時期が来ると、水、影、声など、怪異の側から旋律を受け取ると考えられている。


一つの集落に属する節として、言葉と順序が確認されたものを二重括弧で表す。


---


【水上の節】


「「ながるる袖を 水へ返せよ」」


水上の「水の役」に伝えられていた節。


歌い手は最後に水へ取られ、袖や帯など、身につけていた物の一部を残す。


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【影平の節】


「「夕影を 里にとどめて 山を越ゆ」」


影平の「夕番」に伝えられていた節。


歌い手は本人の姿を失い、影だけを里へ残す。


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【鳥越の節】


「「遠つ声 鳥越えゆけば 身を離る」」


鳥越の「呼び番」に伝えられていた節。


歌い手の声は身体を離れ、本人が消えた後も峠や機械の中へ残る。


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【日向の節】


未確認。


役の名称、節の言葉、旋律、歌い手に起こる異変はいずれも不明。


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【真木野の節】


未確認。


役の名称、節の言葉、旋律、歌い手に起こる異変はいずれも不明。


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古歌について判明していること


五集落には、それぞれ一つずつ節が存在する。


昭和六十三年の真木野中学校文化祭では、五つの節が一つの発表として並べられた。


五つを一つへ戻したとき、何が起きるのかは分かっていない。


怪異が静まるのか。


より大きな怪異が現れるのか。


失われた者が戻るのか。


久那原への何らかの接続が生じるのか。


いずれも推測の段階にある。


佐伯が現在確認しているのは、水上、影平、鳥越の三節。


その三つへ近づいた後、佐伯自身にも、水、影、声に関係する異変が順番に現れ始めている。

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