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第2章 夢

 どこまでも暗い闇の中を、ただ一人歩く。足を前に出す度に、ちゃぷんと波がぶつかる音がした。


「ここは、どこ……?」


 呟いた言葉も誰かに拾われることなく暗闇に溶けていく。冷たい空気、光ひとつない空間にどくんと心臓が嫌な音を立てた。前がどこなのかも分からない、だけどどこかに光があると信じ足を前に出す。立ち止まったら飲み込まれてしまいそうだ。

 歩いて、歩いて。歩いたその先に、小さな光が浮かんでいた。


「どうし……い、やだ……めて、くれよ」

「っ、え?」


 今にでも壊れてしまいそうな程に、か細い声。

 光の奥で誰かが苦しんでいる。私以外の誰かも、この空間に閉じ込められているのかもしれない。助けてあげないとと光に駆け寄り手を伸ばせば、光の粒子が私に向かって勢いよく飛んできた。


「どうしてお前は、いつも……いつも聖騎士になるんだよ!!」

「っ!」

「頼むよ、もうやめてくれよ……。お前は俺の大切な、大切な……」


 粒子が広がり宙に丸い水面の鏡が浮かぶ。その先で、お月様のような薄い金髪の青年が膝をついていた。向こうに広がる景色は、霧がかかっているようにぼやけている。上手く顔が見えないけれど、頭を抱え声を荒らげる彼を私は知っている気がした。

 私には友達がいない。しいて言うなら弟みたいに可愛いリウスくらいだ。でもあの子の髪色は銀髪、獣耳を持たない向こうの彼は恐らく別人。なのに、どうしてこんなにも胸がざわつくのだろうか。疑問に背中を押され、水面の鏡に手を伸ばす。



 ——バチッ!!

 

「……いっ!」


 指先が触れた途端激しい電流が起こり、弾き返されてしまった。


(普通に痛みを感じるということは……これは夢じゃない? それとも明晰夢の類?)


 そもそも私は養成所の入学式を終えたばかり。初めての寮に興奮しつつも、明日の為にと早めに布団に入ったはずだ。それで寝て……意識が浮上した時にはここにいた。これが夢なら納得がいくけれど、痛みで覚めない夢なんて存在するのだろうか。

 耐えない疑問。早く起きたいと息をつけば、ぐるりと振り返った金髪の青年がこちらに向かって歩いてきた。思わず後ずさる私を見て、彼は美しい緑色の眼を見開く。そして鏡という境界線を砕くように拳を当てながら、ポロポロと涙を零し口を開いた。


「逃げてくれ……! アイツから、寮から!」

「ど、どうして? 貴方は何を知ってるの、ここはどこなの!」

「あの世界にお前の味方はいないんだ! あのままじゃまた、お前は……お前が!」


 こちらの声が聞こえてるのか、聞こえていないのか分からない。彼はただ、なにかに追い詰められてるように声を荒らげるだけだった。

 ただならぬ雰囲気に足が竦む。闇の中で彼の声だけが反響し、逃げろと叫ぶ。鏡越しに触れる手に温もりはなかった。だけど彼の声だけは耳にずっと残り、焦燥と畏怖を与えてくる。

 私は彼の訴えに頷くことは出来なかった。聖騎士になることは私の夢で、生きる理由だったから。そう簡単に手放せるものじゃない。小さく「ごめんね」と呟いた刹那、闇を照らす月のように、ふわふわと光のシャボン玉が現れ私の両手に触れた途端、ぱんっと粒子を弾かせて割れる。

 

「わ、綺麗……」

 

 手のひらには、虹色の光を放つクリスタルの花飾りが乗っていた。お日様のようにキラキラと光を放つ花飾りは宝石よりも美しく。思わず白百合のような花を咲かせる装飾に触れた時、パリンっと世界にひびが入った。ようやく、起きれるのだろうか。目の前の彼は私を止めようとしているのか、何かを叫んでいるけれど…もう聞こえない。視界が真っ白になっていく。

 次第に鏡の向こうにいた彼も消え、闇は去り光に包まれる。思わず閉じた瞼を開ければ、新しい部屋の少しボロついた天井が広がっていた。


***


「——というわけだ。だからお前は今日から俺の後輩な」

「えっ」


 レクリエーションを終えた私の目の前には、夢で会った人とそっくりな人がいた。美しい金髪は太陽の光を吸収しているみたいに淡く輝いて、ふわりと風に揺れている。誰もが目を奪われる程に美麗な容姿だ。

 

「あ、えっ……えっと」

「名乗ってなかったか。俺はソレイユ、聖騎士候補の一人だ。よろしく、期待の新人さん」

「……よ、よろしくお願いします。そ、ソレイユさん」

「呼び捨てでいいよ。今日から俺たちバディだし、敬語もナシナシ」


 交わした手をブンブンと振ってから、ソレイユはそのまま「手合わせしようぜ!」と私を鍛錬場へ連れていく。くじ引きにより決まったとはいえ、こんな太陽みたいな眩しい人が私のペアでいいのだろうか。否、良くない。現時点で周りからの視線が痛すぎる。身体中を針でチクチクされている気分だ。


「あ、あの! このくじ引きのペアって期間とかってあるんです……あるの?」

「何事もなければ一年後。双方が継続を望めば卒業までずっと一緒だ」


 豪快に鍛錬場の扉を開けたソレイユは、私を中へ案内し懐から小さな剣を取り出した。木製で作られている剣は、殺傷力こそないが重さもないため手に馴染む。これがきょうから私の相棒なのか。得意な短刀で良かったと握れば、突如大きな影が伸びた。そう、それはソレイユの武器。

  ソレイユは自身の身長よりも長い木製の両槍をくるくると器用に回しながら「まずは手合わせをしようか」と挑発的な笑みを浮かべていた。


「俺の後輩になったからには、ちゃんと強くなってもらわないとな」

「……。……で、でも貴方たしか夢で」

「おーっと、新手の口説きかー? 流石に手合わせで口説くのは良くないんじゃないか。隙を作らせるという面では有効かもしれないが……」

「ちが、口説いてなんて! ……ええい、ままよ!」

 

 恐らくソレイユはモテ男だ。ペアになった時の女性陣の反応でよく分かる。そして本人のこの反応、絶対モテ男だ。私の平穏な聖騎士ライフに不必要な台風の目となる存在。ここは手合わせに勝って、口説いてる訳じゃない本気さを伝えなければ。

 槍は大振りで隙が生まれやすいが、威力と攻撃範囲が広い。ならば相手が動く前に仕留めたいところ。機動の速さで考えれば私の方が有利。全速力で走り、よそ見をしているソレイユが急いで槍を振るった今! 足払いをし短剣を突きつければ私の勝ちだ。


「ふふ、この勝負もらっ——え?」

「……あぁ、ごめん。俺体幹強いんだよ。はい、俺の勝ち」


 トンっとソレイユの両槍が首に当たる。足払いする予定だったせいで、木製両槍の刃が私の首と仲良しだ。まだ立っている状態であれば、持ち手の部分だからと巻き返せたかもしれないけれど、これはさすがに完敗。参りましたと顔を上げれば、私を見下ろす緑色の双眼と視線が絡む。その眼は夢とは違い、木漏れ日を切り取ったように鮮やかだった。


「俺の勝ちだけど、作戦は良かった。さすがだぞ〜。それで、夢がなんだって?」

「え、あっ……聞いてくれるんだ」

「初の後輩だからな。話なんていくらでも聞くさ」


 ぐしゃぐしゃに頭を撫でられたのは少し癪だけど、話を聞いてくれるのはありがたい。私達は誰もいない鍛錬場に座って、交流も含めて色々と話した。好きな食べ物やここに入った理由など、たわいのない話をしたあと昨日の話を切り出す。

 ソレイユとそっくりな人が夢に出てきて、聖騎士にならないようにと訴えられたこと。そして『アイツ』から逃げてくれと言われたことを。心当たりはあるかと問えば、ソレイユは綺麗な顔に縦皺を寄せて目を瞑った。


「変な夢だな」

「でしょ。ソレイユってここの七不思議の何かだったりする?」

「まさか。ただ俺のそっくりさんがいうアイツには、心当たりがあるような気がする。けどなぁ、該当者が多いというか」

「警戒するに越したことはない! 教えて!」


 夢の中の亜種ソレイユを安心させる為にも、知っておきたいと付け足せばソレイユは気まずそうに口を開いた。


「既にお前の事をよく思ってない奴らがな、多くてさ。そんな奴らを実力で黙らせるためにもお前には強くなって欲しいなと俺は、思ってるんだけど……」

「えっ、私まだここ来て二日目なのに!? もっもう、人に嫌われてるの……」


 まともに話したことのない相手ばかりなのに、どうして嫌われなければならないのだろう。たくさん友達も作って聖騎士目指すぞと意気込んでいたのに。もうその夢が遠ざかってしまったような気がした。俯く私にソレイユは困ったように頬をかく。

 

「あーいや、うーん。ここって、良くも悪くも閉鎖的でさ頭が固くなってくんだよな。そんな中、お前が入学する少し前……誰かが噂してたんだよ。獣人に好かれてる奴が入学してくるって」


 聞けばこうだ。

 どうやら私が入学する前に噂をした者がいて、真意関係なく尾びれがついて広がった。聖騎士になる者はひと握り。その為、切磋琢磨と言えど結局は蹴落とし合いの世界だ。噂を疑う者は少なく、殆どが信じてしまったそうな。故に、ここの人達は私のことを良く思っていないらしい。運良く何も気にしていないソレイユとバディになれたけれど、これがソレイユじゃなかったら大変なことになっていたと本人から言われてしまった。つまりそれだけ、既に私は嫌悪を抱かれている。


「だけど、俺的にはその獣人も怪しいと思ってんだよな」

「な、なんで?」

「わざわざお前が入学する所にきて、家族でもないのに挨拶するのも変だ。それによく考えてみれば、お前の名前をここで伝える意味なんてあるか?」

「……リウス、私に懐いてくれてたからなぁ。ないとは言いきれないけど」


 言われてみれば確かにとも思う。

 よく引っ付いてくる甘えん坊さんで、私も可愛い可愛いと甘やかしていた。過去の出来事に囚われず、色んな人達と仲良くできたらいいなと思い、私なりに人里に慣れるようよく連れ出していたけれど……まさかこんなことになるとは。

 私の短剣をクルクルと投げるソレイユは、回転速度と同じくらいの速さで思考を回しているように目を瞑っている。出会って初日でこんな話をしてくれるなんて、親しみやすいし人気な理由も何だかわかる気がしてきた。


「お前からこんな話されるまでは、そんな気にしてなかったけど。妙だな……」

「獣人、リウスとは数年前に別れてそれきり会ってないんだけどね。わざわざ入学前に言いに来るのも想像できないけど、とはいえ噂した人たちが獣人特有の耳を見たと言うなら」

「そのリウスさん以外がお前を陥れるために言いに来た、にはならないよな。……入学早々大変だな、お前も。とりあえず、聖騎士だけ目指して一緒に頑張ろうぜ」

 

 ポンっと短剣が手のひらに置かれる。鍛錬場の窓から差し込む陽の光。外から鳥のさえずりが聞こえ、微睡んだ空気に強ばった身体が少しだけ解れる。これから先の未来、何だか不穏な気がするけどソレイユがペアなら何とかなりそうな気がしてきた。

 それから月日は巡り、養成所を囲う木々が夕焼け色に染まる季節になった頃。友だちゼロ人な私の元に、ソレイユがやってきた。廊下で彼とすれ違う女性騎士候補生達は皆んな彼を目で追っている。さすがソレイユ、これがイケメンパワーか。

 窓から差し込む日差しが端正な顔を縁取るように照らし、緑色の眼はエメラルドのようだ。 全く、相変わらずのモテモテっぷりに感心してしまう。実は王子様でしたと言われても、違和感がない。振られた手に振り返すと、ソレイユはジャケットの内ポケットからゴソゴソと何かを取り出した。

 

「いたいた。はいこれ防犯ブザー」

「え?」

「いいか、絶対今日は部屋出るなよ。分かったな。フリじゃないからな」

「なになに、私なんか死ぬ予言でもされてるの? あっ、あと周りの視線痛いから少し離れて……」


 ただでさえ友だちゼロなのに、嫉妬まで買ったら友達チャンスが生まれなくなってしまう。よく分からないまま握らされた防犯ブザーに疑問符を浮かべつつも半歩下がれば、ソレイユは首を横に振ってから私の手を掴んだ。


「今から詳しく話す。いつもの鍛錬場に行こう」

「え、なら訓練場がいい。明日実技試験あるからさ」

「……ダメだ。それにお前、俺と同じくらい強いんだから余裕でA判定だろ。ほら、早く行こう」


 一体何にそんな焦っているのだろうか。鍛錬場につくなり首を傾げる私の肩に、ソレイユの両手が乗っかった。


「お前の言う獣人が、恐らくお前を狙ってる」

「……?」

「わざとお前を孤立させようとしてるんだ。俺たちの同僚の女子生徒達から聞いた話だが、今夜が決行日で……」

「な、なになに。どういう事? 落ち着いて順を追って話して、ソレイユ」


 眉間に皺を寄せながら、ソレイユは苦しげに息を吐いた。そしてぽつりぽつりと、言葉を選びながら話し始める。


「何が目的かは、俺も彼女達も分からない。ただお前を傷つけて孤立させないと家族を食い殺すと脅された子がいたそうだ」

「リウスはそんな事しないよ。ソレイユの力になりたい子が嘘の情報を言ったという可能性はないの?」

「そ、れは……ないとは言いきれない。だけど彼女達の青ざめた顔は嘘をついているようにも見えなかったんだ。真相はどうせ、今夜に分かる」


 どうやらその子たちは、今夜訓練場に私を呼び寄せる様にリウスに指示されているとの事。正直私からすれば、嫉妬や忌まわしい者としての暴言罵倒の数々をソレイユに問われて、我が身可愛さで適当な事を言っているように感じるけれど……。

 何だかんだソレイユにはお世話になっているし、これ以上疑うのも悪い気がしてきた。どちらにしろ、今夜何事もなければ彼女達が嘘をついたことになる。しかしこれはあくまで噂話のひとつに過ぎない。確固たる証拠がない限り教師は動かないため、ソレイユはもしもの時の為ということで防犯ブザーを渡してくれた。音が鳴ると同時にソレイユに居場所を伝えてくれる便利な物。


「彼女達も家族を人質にされている。だからお前を呼び出しに来ると思う。ただ、それに素直に従う必要はない。居留守を使うんだ。わかったな?」

「は、はーい」

「あと木刀じゃダメだ。刃がきちんとある訓練用の剣を渡す。俺も見回りはするから、とにかく今日を無事に過ごしてくれ。いいな、絶対だぞ?」

 

 ただならぬ空気に押され、私は小さく頷いた。


 ——日は沈み、満月が浮かび上がる。窓から吹き込む風は冷たく。ほんの一瞬だけ聞こえた遠吠えは、揺れる葉の音でかき消された。

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