第3章 静寂
「いつになったら、お前は目を覚ますんだ。寝坊助め」
天界の玉座に座りながら、ルカは美しい白髪を揺らしながら膝の上に座る少女の頬を抓った。それでも少女の瞼は開かない。小さなその手に、花冠を置いても少女の顔は冷たいまま。静かに眠っている。
「……なぁ、早く起きてくれ。お前の声が、聞きたい。私一人では、ここはあまりにも静かすぎるんだ」
ルカは縋るように少女の手を握った。
胸元に耳を重ねた。
その唇に何度も息を吹き込んだ。
それでも、毎日が変わらない。景色も何もかもが。気が狂いそうな程に、変わらないのだ。
「あいつを殺せたというのに。もうお前を脅かす者など何処にもいないというのに」
あの日、少女は命を落とした。
邪神は滅び、そして対となる神も共に消失。片翼を奪われても尚、他の天使よりも魔力を持っていたルカは亡き少女の花飾りを手にし神へと成り上がった。
後に、少女はルカを恨んでいた部下に殺されたことが判明。部下はルカが居なくなったことにより、昇格したが重圧に耐えられず。ルカを逆恨みしていた。しかし殺すために放った呪詛を宿す矢は少女が身代わりとなり、少女が投げた槍に貫かれ死亡。
ルカは怒りをぶつける先も、復讐することも叶わなかった。ただ、世界に貢献した。それだけだった。
たったそれだけの為に、愛しい人の子を。己を憎む者に呆気なく奪われた。
「魂は残ってる。ここでは生きていられる。繋ぎ止めてはいる。なのに、なぜだ」
天界では、死者も魂のまま存命出来ると言われている。その権利は神しか使えない。しかし、シエル亡き今、それを行使できるのはルカだけ。
輪廻転生させず、大切に魂を傍に置いているのに何ヶ月何年経っても少女は目を覚まさなかった。何百年も待てると、そう思っていたはずなのにルカはもう耐えられなくなってしまった。少女がいない、日々に。
頬を撫でる冷たい風、秒針の音も風の音も聞こえない天界で、ルカは頭を抱えた。
「……あぁ、そうか。名を」
そして小さく呟いた。途端にプツリと何かの糸が切れたように、ルカは笑う。
最初から、堕ちてしまえば良かったのだと。
神なのだから、愛しい魂を我がものに書き換えてしまっても良いと。天界に魂が適応するまで目が覚めるのを待つくらいならば。自分の知らないところで、また命を落とすような身勝手なことをするくらいならば。
――奪ってしまえ、貰ってしまえ。その思考ごと、心ごと。全てを。
「……さぁ、起きてくれ。お前の声が聞きたいんだ。私の――」
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