第2章 お別れ
両親を殺され、残された家には私を極力避けたがる使用人たちしかいない。しかしこれは、仕方のないこと。
病気で亡くなった母を蘇らせようと、父が悪魔を召喚したのだから。悲しいことに悪魔は父を裏切り殺し、私は幼ながらに【悪魔を呼んだ者の娘】というレッテルを貼られた。仕方ない、どう考えても関わりたくはないだろう。そんな穢れた血筋の人間なんて。
「あーあ、早く聖騎士になりたいなぁ」
無駄に大きいベッドに寝転がり、独りごちる。
聖騎士になれば、母を病にかからせた邪神を倒す権利が。そして、私は父と違うという証明ができる。
有難いことに、聖騎士を目指す者たちが集まる騎士団養成所に合格したからこことはおさらばだけど。そうなると、私を嫌嫌相手してくれた天使さんともお別れだ。
「寂しいけど、天使さんは普通に喜びそうだなぁ」
夜風が吹きこみ、カーテンが怪しげに揺れる。差し込む月光は優しく、誘われるように身体を起こした刹那、カタンッと音が鳴った。
私の部屋に近づく使用人はいない。だけど音はすぐ近くからだ。
「なんだろ」
棚の上に飾っている花の冠が月に照らされ、淡い光を放つ。よく見ると下の引き出しに、光の粒子が集まっていた。
得体の知れないものは警戒しなければいけない。けれど背中を押されるように、いや、それを開けなければという使命感が駆り立てられる。
そうすることが、まるで運命のように。私は、引き出しを開けた。
「わっ、綺麗」
そこにはクリスタルのガラスのように、光を乱反射させ虹色の光を放つ花飾りが生まれていた。神聖な水で作られているみたいに透明で美しく、触れると不思議と心が軽くなる。
「あ、明日天使さんに見せてみようかな」
月にかざせば、一層美しく輝く花飾り。
そっと胸に抱きしめて、私は眠りについた。
***
「お前、いつシエルに会った」
「いっ……!」
次の日、私はいつも通り教会に行き意気揚々と花飾りを天使さんに見せびらかした。見せびらかして、叩き落とされた。
いくらなんでも横暴だよ! 酷いよ! と抗議すれば早く応えろと言うように思い切り掴まれた手首。思わず顔を歪めれば、天使さんはばつ悪そうに視線を逸らし手を離した。
「シエルって、誰のこと?」
「……この世界の神だ。そしてその聖花晶はそいつのお気に入りだ」
「聖花晶?」
疑問が止まらない私に、天使さんはため息ひとつついてから当たり前のように膝に乗せて説明してくれた。
神様と、聖花晶について。
私たち人間は、神様の名前を知らない。その名を知ることすら、不敬であるから。神様の名前を知れるのは、天界で仕えている天使と忠誠を誓う聖騎士のみ。
「何度も言うが、シエルは邪神よりも邪悪で小賢しく狂った神だ」
「大嫌いなんだね」
「そんな神に仕えようてしているお前も、大概狂ってるがな」
大嫌いは否定しないんだ。
えへへと笑って流せば「ちゃんと考えろ」と抓られた頬。苛立ってる割には、大きな片翼が私を隠すように覆ってるから心配してくれてるのだろう。そんな都合のいい解釈をしていると、天使さんは私の髪を弄りながら話続けてくれた。
聖花晶は幻の鉱石と言われているもので、シエル様のお気に入り。持ち主に聖なる加護が与えられ、災いから主を護る、希少鉱石。そしてそれを生み出したのも、管理しているのもシエル様との事。
「じゃあ、これなんで私持ってるんだろう……。こ、怖くなってきた」
「私はいらん。御守りにでも持っていろ」
「で、でも」
何かが起こって、私が盗んだと思われたら最悪だ。もしシエル様が無くなった聖花晶に気づいたら? 真っ先に私が疑われるだろう。
かと言って、捨てるのも違う気がするし。ここは天使さんに預かって欲しかったけど、断固拒否されてしまった。
「まぁ、悪いものではない。何かあれば、私も力を貸そう」
「やった」
そんなこんなで花飾りの謎は解け、天使さんの言葉を信じ抱きしめたまま眠りについた。
そして、恐ろしい悪夢を見た。いや、予知夢というのか。邪神の封印が解かれ、聖騎士になった私が囚われる夢。良くも悪くも、その世界は私が犠牲になったことで平和が訪れていたけれど。邪神に剣を向けた者は何人か亡くなっていた。
あまりの恐怖に、胃の中のものが上がってくる。夢にしては鉄の匂いも、切られた感触も、断末魔も生々しい。咄嗟に口を抑え、不快感を押し殺す。
「今日は、寝れそうにないなぁ」
私は拭いきれない恐怖心を紛らわすために、家を出て迷惑承知で天使さんがいる教会へ向かった。
天使さんは私を見るなり目を見開いて、何も言わず中に入れてくれた。出された温かいミルクを飲めば、やっと息ができた気がしてポロリと涙がこぼれ落ちる。本当は、聖騎士への道が一歩近づいた事を笑顔で報告したかったのに、今じゃ自分が囚われる未来に震えが止まらない。
「……話したくなったら話せ」
甘い香りが湯気と一緒に鼻腔をくすぐる。
ぎこちなく頭を撫でる手がなんだか愛おしくて、不器用な優しさが陽だまりのように心を温めてくれた。
「夢を、見たんだ。すごく怖い、夢」
瞼を閉じれば、まるで昨日の事のように鮮明に思い出せる。不気味な程に、生々しい光景を。
深呼吸を繰り返しながら内容を話す私を、天使さんは聞き終わるまで何も言わず待ってくれた。
「輪廻転生か、或いは……いや、可能性は低いか。そうなるとシエルの」
「な、なになに。どういうこと、なにか分かったの?」
「ミルクでも飲んでろ。今考えてるんだ」
ずいっと出されたマグカップに、渋々もう一度口をつける。遠回しに黙れと言われた気がするけど、あまりにも真剣な横顔を見たら何も言えない。
秒針の音すらも聞こえない、静寂の中。ステンドグラスなら注がれる月光に、舞い散る埃が淡く照らされる。なんだかここだけ時が止まってるみたい。そんなお互いの呼吸だけが聞こえる空間で、少しづつ瞼が重たくなってきたとき、頭を撫でる手が止まった。
「平行世界が存在するなら、繋がるのか」
「平行世界?」
「あぁ。あくまで憶測だが……。いや、それはまぁいい。とにかく寝ろ。作戦はそれからだ」
なんて言って、どこからともなく現れた毛布に私を包んで天使さんは教会を後にした。
そして後日。更に悪魔やら獣人やらの悪夢を見た事を伝えると、天使さんは【平行世界が存在する】という仮定で私に色々と話してくれた。
――一つ、私が聖騎士になり邪神の餌食となる世界が存在すること。
――二つ、花飾りはその平行世界のどこかでシエル様から頂いた可能性があること。
――三つ、この世界線ではないシエル様が世界を増やしている可能性があること。もしくは、やり直し。
そんな摩訶不思議な事ができるのかと目を見開けば、天使さんは「あいつなら可能だろう」と一言で片付けた。
つまるところ、起点となる世界線で【聖騎士】となった私が邪神に捉えられたあと、邪神を再度封印したならシエル様に必ず祝福を与えられ。その祝福が【聖花晶の花飾り】だったのではないか、とのこと。
「輪廻転生も考えたが、転生した時点でシエルが回収しているだろう。それに、時代も同じで起こることが分かるのも起点となった世界を聖花晶が記憶していた」
「でも、なんで私の元にいきなり現れたの?」
「さぁな。起点となった世界のシエルが遊び半分で送ってるんじゃないか?」
神はなんでもできるからな。楽しめるのなら、なんだってするさあいつは。と吐き捨ててから、「本題だ」と天使さんは足を組んだ。
「まずお前は、聖騎士になるな。邪神を倒す力なんぞいらん。私が殺す」
「え、せっかく受かったのに……」
「知るか。恐らく封印はもう解かれてる。その日を詳細に教えろ、稽古なら私が指導してやるから」
どうして急にそんなやる気を出したのか分からないけれど、私は使用人よりも面倒を見てくれた天使さんの言葉を信じ。ついでに我が身可愛さで、泣く泣く騎士団を辞退した。見学の時たまたま出会った金髪の青年「ソレイユ」さんには、マジかよと言わんばかりにガッカリされたけど「生きてたら来年入ります」と告げてお辞儀をしといた。
そんなこんなで悪夢を見る度、天使さんに報告。朝晩は鍛錬、打倒邪神大作戦を寝る前に練る日が続いた。
そうして時は流れ、遂にその日が訪れた。波は高く、風は強い。晴れているのに聞こえる雷鳴。条件は完全に揃っている。
「あぁ、これでやっとシエルを殺せる」
「倒すのは邪神だよ、天使さん」
「はっそうだな。後、私の名はルカだ。お前の名は?」
「えっ、唐突。えっとー」
本当は上位存在なる者に名を教えてはいけない。魂を取られ、操られてしまうから。でも、これも作戦の一部なのかも。それか、戦友としての友情か。
意図は分からない。だけど、背中を預ける意味ではいいのかもしれないとそっと自分の名前を打ち明けた。
そして、大きな稲妻が落ちる。大地を割る、耳を劈くような音。人々の悲鳴。邪神の、影。
「――やっと、君に会えた」
「っ、私は会いたくなかったけどね。相手になるよ」
邪神の動きは予想通りだった。聖騎士団は、人々を非難させ少数精鋭で邪神に向かってる。それでも、邪神は私しか見ていない。夢で見た短剣はないけれど、相手との間合いを取れる槍で最低限の技は切れる。あとは誘き寄せるだけだ。
森の奥にある湖で、ルカが魔法陣を用意待っている。そこまで私が持てば、勝てるはずだ。
もう湖は目の前、このまま行けば。
「大丈夫、大丈夫。きっと……っ!」
銀色の光が、見えた。
それは、ルカの心臓へ向かって弧を描いていく。魔法陣を展開している今のルカは、無防備だ。恐らくあれには気づいてない。
槍を投げるにも危険すぎる。でもこのままじゃルカが。ルカが致命傷を負ったらこの作戦は失敗になる。だったら。
――だったら、私が。
つま先が湖に触れる。刹那、水上に浮かぶ魔法陣は神々しく光り始めた。
「ルカ、後は頼んだよ」
大魔法を使うからには、相応の反動がくる。だから、私の知らないところで二度弓を射られては、たまったもんじゃない。
槍を空へ。
弓は胸へ。
飛び散る赤は、見れたものじゃないけれど。
崩れ落ちる天使と邪神はしっかりと焼き付けておかないと。
「――はっ、お……まえ」
あぁ、でも最期に見る景色はせめて笑ったルカの顔が良かったなぁ。




