第2章 嫉妬
また、夢を見た。それはとても不思議な夢で、邪神に両親を殺されたことをきっかけに私が聖騎士になるという物語。聖騎士になった私は、ソレイユという人と共に邪神へ立ち向かっていく。毎回立ち向かって、あと少しというところで毎回捕まり連れ攫われるんだ。
「……夢見、悪いなぁ」
不思議なのは、同じ夢が繰り返されること。
同じと言っても始まりが一緒なだけで、たまに違う結末がやってくる。例えば、狼の少年にあったり天使にあったりと邪神が出てこない夢だったり。兎に角、全てに共通していたものは両親がなくなり私が『聖騎士』を目指すこと。
「お嬢様〜、朝ごはんですよ」
「あっ、はーい!」
扉の向こうから弾んだ声が飛んでくる。私の召使いであるネオだ。
ぐるぐると考えても、夢は所詮夢。少なくとも今の私にはネオがいて、聖騎士を目指したいという想いもない。だから正夢にはならないと思うけど、一応邪神には気をつけよう。こくりと一人頷き、前に引き出しから見つけた花飾りを頭に着けて私はリビングへ向かった。
「お嬢様、最近その花飾りお気に入りなんですか?」
「うん。なんか落ち着つくんだよね。それに可愛い」
「ふーん。俺があげたものじゃないですよね」
「ネオがサプライズで引き出しに隠してたなら、話は変わるけど……。お母さんのものとかなんじゃないかな?」
よく分かんないけどと付け足せば、真っ赤な眼を細め、ネオは訝しげに花飾りを見てからサンドイッチを頬張った。確かにこれを着けてから、悪夢を見るようになった気もするけど悪い気配はしない。寧ろテストの成績は上がるし、ネオに抱いてた初恋も心做しか諦めがついてきたくらいだ。まぁ、ネオから昔貰ったチョーカーも気に入ってるけど見た目はこっちの方が可愛い。
屋敷の主として、召使いであるネオに邪な気持ちを抱いていたあの頃。私はまだネオの膝くらいの小さな子供で「将来はネオのお嫁さんになる〜」とか言っていたくらい大好きだった。昔の記憶は朧気だけど、ネオは私が小さい頃から傍でずっとお世話してくれてたし。この屋敷には私たちしか居ないから、恋してしまうのも当たり前。仕方ない事だとは思う。
しかし、ネオは私が大人になるまでお世話するという父との契約の元ここにいるだけ。私たちは期間限定の関係なのだ。
「あ、このツナサンド美味しい」
「……お嬢様、ツナ入れたものなら全部美味しいって言いますよね」
「えっと、ツナも美味しいけどネオが作ったものだから美味しいんだよ!」
残りのサンドイッチをひと口で頬張り親指を立てれば、「ふぅん」と片眉を上げるネオ。勢いで押し切れたかと思ったけれど、ネオのじっとりとした視線は消えない。ツナ相手に妬かないでよと思うけど、実は最近こういった反応が増えている。
私は来年で一応成人扱いになる年齢。つまり、ネオ離れをする最後のチャンス。少しずつ自立しようと頑張っている最中なのだ。だからか、いつも先回りするネオが何か察したのかこうして探りを入れてくる。探ってきては、今みたいに拗ねる真似をしてきたり。とにかく、脈アリなのかなという餌を垂らすのだ。
「そういえば今日は天気もいいですし、買い物にでも行きませんか?」
「えっ、突然だね。……ど、どうしよっかな〜」
でも私はその餌に食いつかない。いつもなら即座に二つ返事を返すけど、これも一度悩むふりを挟む。あくまで私の中の優先順位は変わってますよというアピールをする事で、ネオとの距離を離す作戦だ。そして、距離が離れている間にネオを次の雇い主を探す。
とりあえず五秒悩み「欲しいものあるから、行く」とあくまで、ネオと出かけたくて食いついたと思わせない返しをし朝食が終わった。
その後、私たちは一番栄えている街に行って服を見たり食材を買ったり。ネオに内緒で初めて一人でお店に入ったりした。一分経つ前にバレてしまったけれど、会計では自分でお金を払うという体験ができたので良し。
「ふふん、これでまた大人の階段を上ったね」
「あはっ、よく出来ました。よーしよしよし」
「な、撫でなくていいよ。その、恥ずかしいから」
「かわいー。顔真っ赤ですね、そんなに嬉しかったんです?」
束ねた黒い髪を揺らして、真っ赤な眼を長いまつ毛から覗かせる。中性的な見た目に対して、繋ぐその手は骨ばっていて私よりも一回り以上大きい。前まではネオのこの威力に耐えられずに、涙を浮かべることしか出来なかった。しかし、今の私は違う。心拍数は高速脈打ちをしてるけど、言葉を返す余裕があるのだ。
「そ、そそ、そうだよ。初めてお買い物一人で出来たからね」
「……。俺に撫でられたのは? 嬉しくない?」
「ぁう、嬉しいけど……。その、あのねネオ。付き合ってない男女が、こういう、距離感なのはあまり」
よくないんだよと、紡ごうとした口を閉じる。私を見下ろすその目が、見たことないくらいに冷たかった。けれど落とした視線を上げた時には、既にネオはいつもの笑顔を浮かべている。だから見間違えだったのだろうと、この時の違和感を私は流してしまった。
「ね、――ちゃん」
帰り道、ネオは砂糖のように甘い声で私の名前を呼んだ。繋いだ手は組むように繋ぎ直され、甘えるように指の腹が手の甲を撫でる。なんだか突然の甘い雰囲気に、頭がクラクラしてきた。ばくばくと煩くなる心臓を抑えるように唾を飲み、取り敢えず内容だけ聞こうと顔を上げる。その刹那――ズキンと鈍く痛む頭。
まるで何かと反発し合うように、ネオが何かを話す度激しく痛み出す頭に視界が霞んでいく。
「――やっぱり、ダメか」
意識が途切れかける際に聞こえた言葉。それは聞いたこともないくらいに、冷たい声だった。
***
夢を見た。それは、酷く恐ろしい夢だった。
私が、ネオに「彼氏がいる」と嘘をつきお泊まりだとか言って女友達の家に遊びに行こうとする夢。そして、約束の時間になっても来ない友達を心配して家に向かった時、むせ返るほどの血の匂いが私を待っていた。真っ暗闇の中、震える私の視線の先には悪魔の羽を生やしたネオの菅田。
「私の、お父さんを殺したのも……」
その夢は私の知らない、私を教えてくれた。ネオから昔貰って毎日つけていたこのチョーカーは、私の記憶を封じるもの。少なくとも夢の中の私はチョーカーを外していたことにより、全てを思い出していた。平穏な日々が崩れるように、目の前が真っ暗になっていく。
ネオは、父親が呼び出した悪魔。そして、私の召使いのフリをしてここにいる。私たち人間は、聖騎士でもない限り上位存在に対抗する力はない。それ以前に、真名を知られてしまえば操り人形状態だ。だけど、私はもうバレている。
「ど、どうしたら」
縋るようにあの花飾りに触れようとした時、手が空を撫でた。どくんと、心臓が嫌な音を立てる。花飾りが、ない。布団から飛び上がり枕元や机を見てもどこにもない。
ネオはあの花飾りをやけに気にしていた。恐らくあれは上位存在が嫌うもの。また、何も知らない私に危機を教え助けてくれていた。それが今、手元にない。ネオを疑いたくはなかった。でもこの夢は、恐らく真実を語っている。
「っ、逃げなきゃ」
ここは二階。窓から飛び降りても、軽症で済むはず。善は急げ。咄嗟に窓に手をかけ身を乗り出そうとした時、ガンっと力強く右手を窓枠に押さえつけられた。
「いっ……!」
「あーあ、手荒な真似なんてしたくなかったのに」
たらりと、冷や汗が頬を伝う。全く気配なんて感じなかったのに、どうして真後ろにいるの。怖い、痛い。
「大事に育てて愛してあげたのに。おかしいなぁ」
「は、なし……て」
「あぁでも、この状況で離してもらえると思ってるのは可愛いか。何処の馬の骨が貴女を誑かしたのか知りませんけど」
お腹にネオの手がまわる。抱き寄せられるように、後ろに傾く身体。遠くなる外の景色に、手を伸ばすことも許されず。
「俺を置いていくのはダメでしょう? ちゃんと躾直してあげますから。まずは全部、隠してること知ってること俺に話してください」
名前で命令すればいいことを、まるで言い聞かせるように耳元で囁き。判断を私に委ねた。
この選択は間違っていたのだと、分からせるように。ネオは記憶を消してくれなかった。




