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第1章 契約

「最近の人間さんたち、欲望が薄っぺらすぎません?」

「それはネオ、お前が優秀なだけで俺たち下級悪魔からしたらやってやれるかよ案件が多いぞ」

「そうですかねー。なんか、対価に比べて案件がしょぼいと言うかさ」


 やりがいを感じないんだよなぁと、言葉を飲み込み酒を煽る。同僚の言う通り、たしかに俺は優秀な悪魔ではあるし器用な方だ。それ故に、大体のことがつまらない。

 あまり言い過ぎても自慢に聞こえる可能性があるので、これ以上は言わないけど。もう少し、苦戦というかスリルってやつを味わいたい。ハイリスクハイリターンを。


「はー、でも特はしてるからなぁ〜。こーんな美味しいお酒も飲めちゃうわけですし」

 

 空になったグラスを置き酒のつまみを口に放り込む。ダラダラと駄べりながら手持ちのダガーナイフで遊んでいると、目の前の同僚は顎に手を当ててから何か閃たように目を開いた。


「あーだったら、お前あれ向いてるかもな」

「なになに?」

「今誰もやりたがらない案件があるんだよ。紫色の願い星なんだけど」

「お、それはいいですね。案内してくださいよ」


 即座に食いつけば、同僚は少し嫌そうな顔をして席を立った。真っ暗闇を照らす苔を頼りに歩けば、大きな魚影が頭上を通り過ぎる。釣られるように顔を上げれば、それについて行く小魚達の姿が映った。


「元気ですね〜。美味しそ」

「食う前提で見るなよ。可哀想だろ」

「でもどうせ食われるじゃないですか」

 

 ここは海底。邪神が生まれたことにより、世界は神と天使が存在する天空と、その反転となる海底に悪魔に別れた。

 そして俺たち悪魔は人間たちから対価をもらい、欲望を叶える生き物。それは法に触れるものから、禁忌と言われるものまで幅広く叶えられる。そんな俺たち悪魔は、この穏やかな海底が住処。海底には、人々が悪魔に願い事をした時星の欠片が落とされる。白、赤、紫の三種類があり多くは白い星。

 

 白い星は、簡単な案件が多い。特定の相手を不幸にしたいや、奪いたいなどといった恨み辛みから来る呪いの類いを望まれる。対して赤い星は、白に比べて過激なもの。相手を消したいや魂の交換等といったもの多く、生命や魂の運命をねじ曲げるものが多数。そういう案件を叶えるには、こちらも相応のリスクを背負う。

 例えば――天使に感知され消される、とか。


「まじお前くらいだよ、そんな呑気な奴」

「紫の星なんてレア中のレアじゃないですか」

「しっかし、内容がなぁ。単純に見えて対価が見合ってないんだよ。それが不穏というか」


 なんて言われながら、歩けばもう例の場に到着。同僚は顔を顰めたまま、嫌そうにそれを指さした。このところ、本当にありがたい程の不釣り合いな案件が多い。

 恐らく、邪神様の力が封印から漏れているのが原因だろう。無意識のうちに上位存在である俺らに畏怖を抱き、大きめな対価を差し出し自分の身を保守。まぁ礼儀はなってるし、それ相応の内容であればこちらもやりがいを感じるってわけで。


「今回の対価はなーんだ」


 できれば今度こそ対価と釣り合うレベルの案件が良いんですけどね。なんて、紫の星を掬いあげれば浮かぶ文字。

【妻の病気を直してください。対価は幼い娘の魂、命。全てを悪魔様に捧げます】

「……へぇ」


 内容は悪くない。病気の内容によるけど、健康な臓器と交換してあげる……とかであれば難易度も高くなる。それに、幼い娘さん貰えちゃうわけだし。最高に面白い案件だ。これは、受けるしかないだろう。

 迷いなく紫の星を口の中に放り投げガリガリと噛み砕けば、同僚は顔を真っ青にさせながら俺に指さした。


「おまっ、仮契約早くないか!? 内容よく読んだのかよ!」

「読みましたよー。でもほら、所詮仮ですし? 悪魔が子育てとかめちゃくちゃ面白そうじゃないですか」


 そう、子育て。俺がまだやったことがない未知なるもの。幼いって言っても、何歳くらいなんだろうか。できれば自我がない年齢がいいな。自分好みに育てたいし。子育てはさすがの俺でも苦戦しちゃうかな〜。

 なんて考えながら口内で星を砕き、仮契約を終わらせた。お魚さんよろしく、口をぱくぱくせている同僚は肩を落とし。「健闘を祈る」と言ってその場を後に。

 そんなこんなで軽く酔いを冷ましてから、深夜お相手さんが描いた魔法陣の元へ向かえば、妻であろう死体がベッドの上でごろんと。生気も感じなければ、痩せこけたそれは既に皮膚から骨が浮き出て見える。これは随分と前に亡くなっているな。

 さすがに話が違うなと眉を顰めれば、依頼主であろう男は涙を浮かべながらペラペラと口を動かした。


「娘の魂も命も悪魔様に差し上げますので! 私の妻を、蘇らせてくれ!」

「……えぇー」

「娘はまだ子供ですが、命という対価には釣り合うはずです。お願いします、悪魔様」


 話が違いすぎるなぁ? 死者蘇生は悪魔にとっても禁忌。不可能では無いけれど、それはこちらの命を等価交換するものだ。悪魔側が「俺の代わりに生きてくれ」と永遠の命を授けて死ねば、相手は生き返ると言われている。つまりこればかりは、他人の命と交換こが出来ない。参ったな、娘さん欲しいんだけどどうしたものか。

 息を吐いても状況は変わらない。肩を竦めても男は頭を床につけるだけ。さすが、紫の星なだけある。死者蘇生は流石に禁忌なんてレベルじゃない。

 

「そーですねぇ。でも、奥さんが死んでるのは俺聞いてないんですよ。たしか、病気を治す代わりに若い人間をあげる……というお話でしたよね?」

「あぁ。だが、病気で妻はなくなったんだ! そんな凶悪な病気を治すのも死者蘇生も大して変わらないだろう」


 ダーメだ話にならない。いっそ殺すか、この人間さん。いくらなんでもこんな横暴なイカれ野郎のために、俺の命使いたくないですし。俺騙された側ですし? だいたい、悪魔にものを頼む前に対価を隣に用意してくださいって話だ。

 血を交える本契約後の決裂であれば、俺もペナルティを受けるけどこれは仮契約。調子乗って受けた依頼からノコノコ撤退するのも恥だしと、人差し指を振るう。悪魔にとって命を狩ることは息をするのと同じように容易い。今この瞬間も、指の動きに呼応するように細かい硝子で作られた糸は、男の首へ。


「それじゃ、嘘つきで生きてる価値のない貴方が死ぬのも大差ないですよね。あはは」

「はっ――」

「あ、俺優しいんで奥さんの隣に寝かせてあげますよ。天国で再会できるといいですね」

「ガハッ、はな……しがちが、うっ」


 まぁ、娘さんを売った時点で地獄でしょうけど。

 硝子の糸はその首へ食い込み、呆気なく男は床へと突っ伏した。万事解決。俺の名誉は保たれた。しかし残るは後処理問題。血だらけになった床から、仮契約者を運ぶのは正直面倒くさい。

 娘さんを貰えなかったのは痛いけれど、こればかりは天使さんに感知される前に逃げるかなと窓を開けた時だった。


「ぱ、ぱ?」


 暗闇に差し込む光。その先には小さな女の子。

 俺が、貰えるはずだった人の子がいた。

 父親以下のそれに向かって、その子は「ぱぱ」と何度も声をかける。なんて哀れなんだろうか。そいつは君を悪魔に売ったというのに。何も知らないで、起こそうとして。


「……かわいー」


 窓を閉じ、夜空に背を向ける。言葉では言い表せない、高揚感を押し殺し近づけば、女の子は大きな目に涙を溜めて顔を上げた。もちもちとした真っ白な手は赤く染まり、真珠のような涙がこぼれ落ちる。


「……仕方ない。ここでこの子を失うのも惜しいですし。ははっ、無理やり本契約にしちゃおっかな」

「おきて、ぱぱ……」

「アホの子ほど可愛いと言いますし。こんなクズがここまで愛されてるなら、まぁ悪魔の俺のこともきっと愛してくれるでしょう」


 そんな緩い考えから生まれた発想で、俺は弱っちい女の子を抱っこし寝かしつけた。そして、軽く血を頂き本契約完了。仮契約を無理やり上書きしたにすぎないけれど、あのクズ父親と血が繋がっているお陰で、契約の反発が起きずに済んだ。下手したら、血で描かれた召喚魔法陣の主が違うということでこの子が死んじゃうところだったけど、こればかりは天が俺の味方をしてくれたのだろう。


「俺の器用さに感謝してくださいねー、お嬢様」


 そう、そして今日から俺はこの子の召使い。

 両親を失った可哀想な少女に仕える召使いだ。今適当に考えた設定だけど、まぁ悪くないでしょう。とりあえず色々隠蔽するために、お嬢様の真名をそこら辺の書類から見つけ出し。記憶をちょこっと弄りながら、屋敷の使用人を排除。大量の血は魔力に変えて、屋敷の隠蔽を高めよう。


「よーし、今日から俺たちはずうっと一緒ですからねお嬢様♡」


 こうして俺のドキドキ、人の子と二人暮らし育成日記が始まるのであった。


***


 お嬢様を飼い始めて半年。ついにお嬢様は完璧な二足歩行になった。俺が喜べば、にぱっと笑って歩き出す。転けて泣いても、俺があやせば泣き止むし可愛い生命体だ。抱きついても嫌がらないし、一緒に寝てくれるし人の子最高。


「にしても、こんな小さいのに離乳食じゃなくていいんですかね。のど、詰まらせないかな」

「ねお、ねお」

「あー、ちょーっと待っててくださいね。……えぇ、もっと細かく人参とか刻んだ方が。こわ、こわ……」


 夢のような生活だけど、相手は赤ちゃん。悪魔とは違う弱い生き物の中さらに弱い生命体。俺がさじ加減間違えたら、一瞬であの世行きだろう。死んで欲しくないから一生離乳食だけ食べてて欲しい。


「た、食べれます? ……おぉ、一人で頑張って食べてる。これが、人の子の成長」

「ん、ぐ……おぇ」

「えっ」


 そんなこんなで、育成は面白いくらいに手こずるものだった。食べたと感動したら戻すんだから、何が死ぬきっかけになるか分かったもんじゃない。こんな毎秒ひやひやする生活、生きてて初めてな気がする。


「も〜、知らないところでぽっくり行かないでくださいね。お嬢様」

「ん!」

「素直〜。返事だけは良いんですから」


 本契約の内容はお嬢様が『大人になるまでお世話してあげる』というもの。つまりお嬢様が大人になった時点で契約関係は終了し、俺たちを繋ぐ縁は消える。とはいえ、その契約の対価はお嬢様自身。俺が所有する権利は変わらない。今は契約関係上で俺は仕える振りをしているけれど、終われば食べたっていいし、遊んだっていいんだ。


「お嬢様は、ずっと俺の事大好きでいてくださいね」

「しゅき、いる」

「約束ですよ。――ちゃん」


 真名も、魂も全て俺のもの。

 あぁ、俺の育成でどんな子に育つのだろう。出来れば、そうだなぁ。頭が弱いまま、強がりな甘えん坊になって自立できないくらい俺にぞっこんな人の子がいい。

 そんな理想を描きながら、小さなその身体をぎゅっと抱きしめた。

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