第3章 2人だけの
「クラン、またスープ作りたいの?」
「キミがよく歌っていたから、美味しいものを食べさせてあげたいんだ」
雲の上に浮かぶ城の中、一人の少女と邪神クランは本を読んでいた。 頭二つほど背が高いクランの膝の間に腰を下ろした少女は、クスクスと可笑しそうに笑う。
「だから不思議な味だったんだ。あの歌は適当だから、ちゃんとレシピ見ないとだめだよ」
「それはやられたな。キミの為にと、どんなに本を見ても同じものがないわけだ」
「じゃあ、次は一緒に作ろっか。多分、料理くらいは記憶残ってると思うし」
なんてへにゃりと笑う少女を頭を撫で、クランはそっと抱き上げた。少女は怯えることもなく、恥ずかしそうに頬を赤らめ落ちないようにとその首に手を回す。
あの日、触れた唇から神気を注がれた事を知らない少女は、侵食されるように記憶を失った。助けられた子どもが大人を呼び、聖騎士の援護が来た頃にはもう少女はクランの腕の中。
「――そういうわけだ。この子さえ居てくれれば私は、この世界に関与しないと約束しよう」
「――ふざけるな! 殺す、殺してやる。お前のせいで、こいつは聖騎士になれなかった。人の夢を壊して、よくそんなことが」
「やめろ、ソレイユ。その言葉が本当ならば、授けましょう。その代わり、二度と我々の世界に来ないていただきたい」
誰よりも少女を想っていた青年は、剣を振るう事すら出来なかった。聖騎士に、なれたというのに。
人ひとりの犠牲で、多くの命を守ることができるならば騎士としてその選択をする。そのため正義に、私情を挟んではいけなかった。
「クラン、まずお湯を沸かしてみよっか」
「先に沸かすのかい?」
「うん。沸かしてから味付ける元を溶かしたいもん。大丈夫、きっと美味しく作れるよ」
下界の状況を知らない少女は、今日も楽しそうに笑っている。夢も思い出も無くし、ただ二人きりの世界で暮らす日々。城そして庭園、クランが描けば生まれる箱庭の中で、これからも悠久の時が過ぎていくのだろう。
「わっ、ダメだよ血をスープに入れちゃ」
「いや、これだけはしないといけないんだ。キミの体内に私の物を入れておかないと、いつかキミが消えてしまう」
「私ってそんな脆いんだ……。ま、まぁ神様の血なら栄養素高いのかな。でも痛くない?」
「まったく痛くない。キミと一緒にいられるなら、この程度大したことないさ」
そうして少しづつ肉体を人から神の眷属に近づけられていることにも気づけないまま、少女はクランと食卓を囲み手を合わせた。
まるでごく普通な家庭の、何気ない幸せの時間のように。




