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死神Killerー錆色の処刑人と贖罪のタルタロスー  作者: スギセン


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7話 双頭の怪物

 ジャララララッ――。

 街灯へ巻き付いていた鎖が霧のように崩れ落ちる。

 拘束を解かれた双子トゥーマンは、肩を鳴らしながらゆっくりと立ち上がった。


「ギ、ギヒいッ……?な、なんダぁ? サッきト、ち、違う……」


 濁った瞳がアグロを見据える。


 全身へ蛇のように絡みつく無数の黒鎖。

 感情という感情を削ぎ落としたような冷たい瞳。


 先ほどまでとは、まるで別人だった。


「で、でも関係なイ。 お、お兄ちゃン……アレ、こワ――」


 最後まで言わせなかった。

 ザッ――!!

 アグロの姿が掻き消える。


「な――」


 気付いた時には、死神はもう目の前だった。

 ドグゥッ――!!

 鎖を巻き付けた右拳が、双子トゥーマンのみぞおちへ深々と突き刺さる。


「ガァッ……!?」


 空気が肺ごと押し潰される。

 双子トゥーマンは口から大量の血反吐を撒き散らし、くの字に折れ曲がった。


「ガッ……ガハッ……! こンのぉ――!!」

 苦し紛れに腕を振り回す。


 ブォンッ!!

 ブォォンッ!!


 怪力任せの拳が暴風を巻き起こす。


 しかし。


 ヒュッ。

 ヒュンッ。


 アグロは紙切れのように身を流し、その全てを最小限の動きで躱していく。


「ち、ちょこまか、とぉォォォッ!!」


 叫びと共に繰り出された大振りの拳。

 その瞬間だった。


 ジャラッ。


 黒い鎖が双子トゥーマンの首へ絡みつく。


「……あ、エ?」


 グイッ!!

 強烈な力で顔面が前へ引き寄せられる。

 双子トゥーマンは反射的に踏みとどまると、鎖の張力がフッと消えた。


 次の瞬間――ドゴォォォッ!!


「ガボォッ!!?」


 アグロの飛び膝蹴りが真正面から炸裂した。


 鼻骨が砕ける。

 歯が宙を舞う。

 血飛沫が噴水のように舞い上がった。


 双子トゥーマンは数メートルよろめきながら、大きく後退する。


「ガッ……ガァ……!」


 ズンッ。 

 ボタボタと血を垂れ流しながら膝をつく。

 顔面は完全に血で染まり、鼻も口も原形を失っていた。


「……む?()()()()()()()()んじゃないか?」

「ぐ、ぎ、ギィギアァァァッ――!!」


 狂ったような絶叫。

 双子トゥーマンは近くのベンチへ飛び付き、その脚を握る。


 メリメリメリッ――!!

 コンクリートごと引き抜き、そのまま振りかぶった。


「し、シネェェェッ!!」


 ブォォォンッ!!

 巨大なベンチが唸りを上げて飛来する。

 アグロは静かに半歩だけ横へ流れた。


 同時に。

 ジャラララッ!!

 幾重にも展開された鎖がベンチへ巻き付き、その勢いを殺すことなく受け流した。

 

 ぐるんっ。

 アグロはそのまま身体を一回転させる。


 遠心力。

 鎖の張力。

 それら全てを乗せて。


「ほぅら、()()()()


 ブンッ!!

 放たれたベンチが砲弾となる。


「ガッ――」


 ドゴォォォォンッ!!

 双子トゥーマンへ真正面から激突した。


 骨が軋む音。

 肉の潰れる音。

 異形の巨体は大きく吹き飛び、そのまま仰向けに倒れ込んだ。


「ガッ……ハッ……ハァ……」


 浅い呼吸だけが漏れる。

 もはや立ち上がる力も残っていない。


 ガジャッ……。


 ジャリッ……。


 静かな足音だけが近付く。

 双子トゥーマンの視界へ、錆色の鉄仮面が映った。


「――あ、アァ……し、シ、死神……」

 口をついて出た。

 双子トゥーマンの恐怖に踊る瞳が、アグロの冷たい瞳を捉える。


「あぁ、その通りだ」


 短筒散弾銃ソードオフ・ショットガンの銃口が、ゆっくりと向けられる。

 アグロは無表情のまま口を開いた。


「さあ、選べ…………」


 冷たい声が響く。


「前と後ろ――どっちの頭を潰す?」


 銃口が微動だにしない。


「お前が、選ぶんだ」


「ァ……あっ……!」


 初めて。

 初めて"死"を理解した。

 双子トゥーマンの顔に、媚びるような卑しい笑みが浮かぶ。


「あっ、う、う、後ろォ! 後ろでェ――」


 ドバァッ――!!


 言葉は最後まで続かなかった。

 至近距離から放たれた散弾が、双子トゥーマンの顔面を飲み込む。


 頭蓋が砕ける。

 前頭部が弾け飛ぶ。


 そして勢いそのままに、後頭部へ縫い付けられていた異形の胎児ごと完全に吹き飛ばした。

  

 ビタビタビタッ――。

 血肉と骨片が霧となって街へ降り注ぐ。


 身体だけが、バタンバタンッと揺れ――やがて静寂が訪れた。


 アグロは硝煙の立ち上る銃口を見つめる。

 そして。


「……正解は」


 フゥッ――。

 煙を一息で吹き払った。


()()()


 これが死神アグロ。

 地獄を呼ぶ者(ヘイル・キャリアー)と呼ばれる、錆色の処刑人だ。


 * * *


 ポタリ――。

 石畳へ落ちた血が、小さく波紋を広げた。

 砕け散った頭部から零れ落ちた赤黒い血液は、静かに街路を染めていく。


 その血溜まりの中で――。

 双子トゥーマンは、夢を見る。


 ――今から十年ほど前。


 一組の双子が、この世へ産声を上げた。

 ――だが、その誕生を誰も祝福することはできなかった。


 一人は、異様に小さな身体。

 その代わり、頭だけが不自然なほど大きかった。


 もう一人は、身体だけは健康そのものだった。

 しかし頭蓋は歪み、脳の形成も著しく未熟だった。


 病室には、重苦しい沈黙だけが流れていた。

 医師は苦しそうに目を伏せ、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「……お母さん」


「このままでは、お二人とも助かりません」


 母親は震えながら、赤ん坊たちを抱き寄せた。


「そんな……」

「方法は、一つだけあります」


 医師は深く息を吐く。


「どちらか一人の身体を使い、もう一人だけを生かすしかありません」


「つまり……」


()()()()()()()()()()()()必要があります」


 その言葉が。

 母親の何かを、壊した。


「違う……」

 震える声が漏れる。


「違う……違う違う違うッ!!」


 涙を流しながら首を振る。


「この子たちは……!」


 母親は赤ん坊を強く抱き締めた。


「そうか――この子たちは、元々二人で一人だったのよ!!」


「そう、どっちかじゃなくて――()()()()()()()()()()()()のよ!!!」


 誰の制止も聞かなかった。

 病院を飛び出す。

 赤ん坊を抱えたまま。

 

 彼女が向かった先は――闇医者だった。


 その日。

 人として決して踏み越えてはならない一線が、静かに踏み越えられた。


 丈夫な身体を持つ子。

 未熟な身体だが、正常に発達した脳を持つ子。


 二つを。

 無理矢理、一つへ。


 針が皮膚を縫う。

 骨を削る。

 肉を繋ぐ。

 神ですら目を背けるような狂気の手術は、何十時間にも及んだ。


 そして。

 生まれた。


 一つの身体に。

 二つの命を縫い付けた怪物。


 後に――双子トゥーマンと呼ばれる異形が。

  

 * * *


 母親は、その怪物を育てた。

 数年間だけ。


 泣けば抱き。

 笑えば笑い返し。


 母親の愛情を、惜しみなく注いだ。

 怪物であっても、自分の子であることだけは変わらなかった。


 ――だが、ある日。


 彼女は、別の男との間に新しい命を授かる。


 元気な産声。

 健康な身体。

 何一つ欠けることのない、普通の赤ん坊。


 その日。

 母親は決断した。


 夜の路地裏。

 眠る双子トゥーマンをそっと置く。


「……ごめんね」


 その一言だけを残して。

 二度と振り返らなかった。


 * * *


 誰にも愛されず。

 誰にも教えられず。

 誰にも止められず。


 怪物は育った。


 そして。


 母親へ憎しみを抱いた怪物は。

 同じ苦しみを。

 同じ絶望を。

 同じ選択を。


 世界中の母親へ与え始める。


 子どもを三十五人。

 そして、自ら命を絶った母親が八人。

 被害者、四十三名。


 誰も止められなかった怪物は。

 最後には。

 死神の手によって処刑された。


 享年――十六歳。


 * * *


 風が吹いた。

 石畳に残された血だけが、静かに乾き始めていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

少しでも面白い!と思っていただけたなら、ブクマ、評価、感想等いただけたら励みになりますm(__)m

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