5話 双子②
「さあ、選べ……ドッチを生かし、ドッチを殺す? お前が、選ぶンだ」
双子が、母親に迫る。
ドス黒く、愉悦の感情に溢れた男の声が低く響く。
彼の片腕には、最愛の我が子が二人、苦しそうにもがいている。
次の瞬間、母親は崩れ落ちそうになりながら叫んだ。
「やめて……!お願い、助けて……子どもたちを返して……!子どもだけは……許して……!!」
恐怖と絶望に歪んだ母親の顔を見て、双子はニタリと下卑た笑みを浮かべる。
(ああ、あ……最高、だ。この、醜い顔ォ!子どもが二人とも、シ、死んだらどんな顔をしてくレるンだろぅか?ねェ、お兄ちゃん……!)
双子は興奮気味に頭を揺らすと、懐に忍ばせていた巨大な鉈を取り出した。
血と脂でぬらりと汚れた刀身は、母親に一瞬で最悪の未来を想起させる。
「あ……ぁ……」
母親はサッと血の気が引いて、青白い顔で双子の男を見上げた。
双子は、母親のその表情にブルブルッと体を震わすと、口の端を吊り上げてナタを振り上げ――。
ガオンッッ――!!
地響きのような排気音に、双子は思わず手を止めた。
濁った瞳は、鬼気迫る勢いでこちらに向かって来るバイクと――赫怒の視線を向ける男の姿を確かに捉えていた。
* * *
「じゃ、じゃ、ジャマをぉぉッ――するなァッ――!!!」
双子は吠えると、再びナタを振り上げる。
しかし、アグロとキャシーはまだ距離があった。
このままでは間に合わない――アグロはそう判断するよりも先に、次の手を打っていた。
「久々に――”コイツ”の出番だ」
アグロはキャシーの車体から身を乗り出し、掌を双子へ向ける。
次の瞬間――
ジャララララッ!!
掌から黒い鎖が溢れ出した。
蛇のようにうねりながら一直線に伸び、そのまま鉈を握る腕へと食らいつく。
ギャリリリッ――!!
鎖は双子が振り上げた腕へと正確に伸び、激しく巻きついた。
「グゥッ……!?」
金属が軋む音と共に、鉈を振り下ろそうとした腕が空中で止まった。
双子は子どもたちを放り投げると、右腕へ絡みついた鎖を掴み、全身の筋肉を膨れ上がらせる。
「グッ……ギィィィッ!!」
灰色の腕が盛り上がる。
しかし――鎖は微動だにしない。
「おっと。そう簡単にほどいてくれるなよ」
アグロは鎖を腕へ巻き付けながら、一歩、また一歩と歩み寄る。
「そいつは俺の能力――【繋ぎとめるもの】。 そこいらの鉄なんぞより、よっぽど頑丈なんでね」
その間にキャシーは、親子と双子の間へ車体を横向きに滑らせた。
『ほら、今のうちよ! ごめんだけど、お買い物はまた今度お願いね!』
母親は何度も頭を下げ、泣きながら子どもたちを抱えて走り去っていく。
それを見届けると、キャシーはゆっくりと車体を反転させた。
青い炎を纏ったヘッドライトが、双子だけを照らす。
戦場が切り分けられた。
守る者は去り、残ったのは――狩る者と狩られる者。
死神と異形だけだった。
「初めまして……だな、双子」
アグロはハットのつばをクイッと上げる。
「死神様が、わざわざゴミ掃除に来てやったぞ」
「グギギギッ……!! 邪魔を……したなァァァッ!!」
双子は鉈を左手へ持ち替え、怒号を轟かせた。
鎖で繋がれた二人の視線がぶつかる。
――死神の執行の始まりだ。
* * *
ギリリッ――。
黒い鎖が、アグロと双子の右腕を固く繋いでいた。
互いに数メートルの間合いを保ったまま、じり、と足を滑らせる。
先に動いたのは双子だった。
「ギィィィッ――!!」
左手の巨大な鉈が、横薙ぎに唸る。
ブォンッ――!!
人間なら胴体ごと両断される一撃。
だがアグロは半歩だけ身を引き、その斬撃を紙一重で躱した。
「……遅い」
コートの裾をかすめた刃が空を裂く。
同時に、アグロは背中へ手を回した。
ギラリ――。
腰の背面から引き抜かれたのは、鈍い銀色に輝く大振りのハンティングナイフだった。
「そっちが力任せなら――」
ガキィンッ!!
「俺は技でいく」
鉈とナイフが正面から噛み合い、激しい火花を散らした。
金属音が通り中へ弾け飛ぶ。
ギィンッ!
ガガッ!!
ジャラララッ!!
鎖が暴れ狂い、鉈が唸り、ナイフが火花を咲かせる。
双子は怪力任せに鉈を振り回し、アグロは最小限の動きでいなし続けた。
一撃ごとに鎖が張り詰め、二人の距離を強引に縮める。
アグロはその張力を待っていた。
「……そこだ」
ジャラッ!
左手で鎖を強く引く。
双子の体勢が、わずかに前へ崩れた。
その瞬間。
アグロは懐へ潜り込み、肩をぶつけるように踏み込む。
「ッ!」
ガキィィィンッ!!
ハンティングナイフが鉈の柄元を正確に叩き上げた。
さらに鎖を引き絞る。
グイッ――!!
双子の右肩が強引に引かれ、左腕の軌道が大きく乱れる。
「ガァッ!?」
ガランッ!!
巨大な鉈が高々と宙を舞い、石畳を転がった。
『やった!』
キャシーがヘッドライトを明るく瞬かせる。
だが。
「……ギ、ギぎギひィひィィ」
双子は笑っていた。
不気味な笑みを浮かべたまま、右腕に巻き付いた鎖をガシリと掴む。
「……?」
嫌な予感が走る。
「ラァァァァッ!!」
ブォンッ!!
次の瞬間、双子は鎖ごとアグロを豪快に振り回した。
「なっ――!」
アグロの視界が一回転する。
建物、空、道路、空。
景色が目まぐるしく入れ替わった。
そして――。
ブンッ!!
アグロの身体が砲弾のように投げ飛ばされた。
「チッ!」
空中で右手を握る。
ジャラッ――。
黒い鎖が霧のように崩れ、消え去った。
拘束が解けた勢いを利用し、アグロは体を捻る。
ドンッ!
両足から着地。
石畳が蜘蛛の巣状にひび割れた。
その直後だった。
ガオンッッ――!!
キャシーが爆音を轟かせ、双子の背後から一直線に突っ込む。
五百キロを超える鋼鉄の体当たり。
まともに食らえば、人間など跡形も残らない。
だが。
双子は異様な身のこなしで体を捻り、その突進を紙一重で躱した。
『えぇっ!?』
キャシーはそのまま数メートル先まで走り抜け、大きく旋回する。
そしてアグロの隣へ滑り込むように停車した。
『アイツ……見た目よりずっと速い……うぅん、なんだか私の動きが読まれてたみたい』
「……ふっ、だから言っただろう?お前は声がデカいってな」
『もう、こんな時まで!』
二人が視線を向ける先。
双子は転がった鉈を拾おうともせず、無言でバス停へ歩み寄った
そして。
ギシッ……。
金属製の案内看板へ手を掛ける。
嫌な音が響いた。
ミシッ――。
ググググッ……!!
コンクリートが砕け、地面が盛り上がる。
次の瞬間。
バキィィィンッ!!
根元から引き抜かれたバス停の看板が、巨大な金属棍棒となって双子の肩へ担がれた。
『うそでしょ……』
キャシーが思わず呟く。
アグロは静かにハンティングナイフを握り直した。
「キャシー」
『……うん?』
「少し下がってろ」
『でも――』
「アイツの一撃は、お前でも無傷じゃ済まない」
静かな声だった。
だが、有無を言わせない響きがあった。
キャシーは一瞬だけ黙り込み、小さくエンジンを鳴らす。
『……分かった。でも、無茶だけはしないで』
「ああ」
アグロは短く答えると、一歩踏み出した。
カツッ。
乾いた足音が響く。
巨大な金属看板を担ぐ異形へ向かって、死神はゆっくりと歩き始めた。
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