4話 双子①
〖二十三番通り〗
ヒュンヒュンと街の景色が流れ去っていく。
事務所を出てから数分後、アグロは目的の二十三番通りへ到着した。
集合住宅が立ち並び、広い歩道が通り、公園もある。
さらに近くは巨大なショッピングモールまで揃っている。
そして、この場所ではまだ双子による痛ましい犯行は起きていない。
子を持つ親にとっては、唯一安全と思える……いや、そう思いたい区域。
しかし双子にとっては、格好の狩り場でもあった。
「……虫唾が走る」
アグロが小さく吐き捨てた。
『アグロ、何か言った?』
「いや、何でもねぇ。それより、そっちは頼むぞ」
『えぇ、任せてちょうだい!』
アグロとキャシーは二手に別れて周囲を警戒することにした。
アグロは大通りに面した廃ビルの屋上へ向かった。
道路を挟んで左右の歩道が見渡せ、ショッピングモールの入口まで視界に入る。
これ以上ない位置取りだった。
キャシーは通りの先の道路沿いに陣取った。
建物の死角や通りの往来を広く確認でき、なおかつ即座に動ける場所だ。
「さて、長丁場になりそうだな」
アグロはコートの内ポケットからシガーケースとジッポライターを取り出した。
軽い口触りと、深いスモーキーな香り――彼のお気に入りの銘柄〔マウントブラック〕だ。
無色の煙や、カフェインが多量に含まれるところが彼の仕事柄合っているのだろう。
カシャッと軽い音が鳴り、ライターが小さな火を吐いた。
ジジッ……とタバコに火が灯る。
アグロは、肺の奥まで煙を満たすように吸い込んだ。
「――ふぅ。 死神に目をつけられたことを後悔するんだな。お前の悪事も、ここまでだ」
アグロの静かな怒りが、煙を纏って街に溶けた。
二十三番通りには、穏やかな空気が流れていた。
子どもたちの笑い声、そして絶えず誰かの怒号が。
――このいつも通りの景色を、悲鳴で汚すことはアグロは決して赦さなかった。
* * *
張り込みを始めてから三日が経った。
依然として街は平穏そのもので、いつも通りの喧騒が流れていた。
「今の所、動きはなしだな。 キャシーの方はどうだ?」
『こっちもよ。 特に怪しい人影も見えなかったわ』
「……そうか。ダズによれば他の場所で犯行は起きていない。 この場所、狙いとしては間違ってないと思うがなぁ」
アグロとキャシーは、公園で遊ぶ親子を遠くから静かに見つめていた。
子どもたちの笑い声が、一定のリズムで風に溶けて流れていく――その穏やかさに、アグロの口元が柔らかく動いた。
「……さて、休憩はこれぐらいにしておこうか。 今日も張り切っていくぞ」
『うん、今日も頑張ろー!』
こうして、二人の一日が始まった。
アグロは通りを一望できる屋上へ位置取り、タバコに火をつけた。
そして、遠くから聞こえてくる無邪気な声に、時折口の端を緩めた。
何者にも脅かされることなく、当たり前の幸せが続けば良いのに――アグロ自身の叶わなかった願いが、ふと脳裏を横切った。
「……ふぅ。 まあ、被害が出てないのはいいことなんだが……こうも平和な日常を見てると昔を思い――」
瞬間、穏やかな光景に潜む毒蛇のような視線――妙な気配をアグロは感じ取った。
それは、空気の温度が一度だけ沈むような、そんな重い違和感だった。
アグロはタバコを指で弾き、周囲へと視線を走らせる。
(この気配、殺気や憎悪の類――それも、かなり強く歪なものだ)
街のざわめきは変わらないのに、その中心にだけ黒い染みが出来たような感覚が残る。
彼は屋上から、ふと路地へ目を向けた。
暗がりの奥で、何かがゆっくりと動いた。
背の高い影がフードを目深にかぶり、不自然に頭部を揺らしながら現れた。
汚れた裾が、地面を引きずるようにして擦れた。
アグロの指先がわずかに強張った。
見た目だけなら、どこにでもいる不審者だ。
だが、それだけでは説明のつかない妙な緊張感をアグロは感じ取った。
「……アイツ、何か妙だ」
謎の不審人物までの距離は、数十メートルも離れている。
今焦って動いては、逃げられる可能性がある。
アグロは、こちらの動きを悟られないように慎重に動き出した。
ちょうどその時、買い物袋を提げた親子が路地を横切った。
母親らしき女性が、二人の子どもに笑顔で声をかける。
それは、まさに何気ない幸せな日常の一コマだった。
その後ろ――親子の後を追うようにして、フードの人物はスルリと路地を抜けた。
「……まさか――」
アグロは、直感的に走り出した。
時を同じくして、フードの人物は音もなく親子へ距離を詰めた。
――そして、親が振り向くよりも早く、二人の子どもを両腕で抱え上げた。
「うわぁ!?」
「ママァっ!!」
子どもたちの声が通りに響く。
小さな靴が地面から浮き、買い物袋がひっくり返った。
母親は一瞬何が起きたか理解できず、その場で硬直したまま動けなかった。
(マズイ――!!)
アグロは考えるよりも先に、屋上の柵を超え飛び出した。
バサァッ――!
ダークオリーブのトレンチコートが風を走った。
ドンッ!
アグロは三階分の高さからの落下にもかかわらず、難なく着地すると同時に走り出した。
そして、アグロの動きを察したキャシーもまた、走り出していた。
「キャシーッ!!」
アグロは一声叫び、それに応えるようにキャシーは排気音を唸らせた。
あっという間にアグロの隣で並走するキャシーに、彼はそのまま飛び乗った。
グンッと車体が沈み、キャシーは強く大地を蹴りげる。
「あいつだ、双子だ!」
『えぇ!かっ飛ばすわよ……!!』
ガオンッッ――!!
エンジンが怒りをまとって爆ぜ、風を裂いた。
瞬く間に、通りの景色が後方へちぎれていった。
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