3話 スラムの死神③
アグロたちがダズを仲間に引き入れてから、一週間が経った。
あれから事務所は見違えるように綺麗になり、どこからか拾ってきたのか、室内のインテリアもかなり充実していた。
ジージー音を立てて点滅していた白熱灯は、ファン付きのLEDライトへ。
歩くと、べこべこと音のなる床は、深みのあるダークウッドのフローリングへ。
そして何より一番目を引くのは――事務所の真ん中でドドンと構える大きなデスクと、レザーのリクライニングチェアだ。
「これは――すごいな……」
アグロは思わず感嘆の声を漏らした。
ダズはあれほどの惨状を、ものの一週間で改善してみせた。
いや、改善どころか、今までで一番良い状態にするとは思いもよらなかったからだ。
ダズは「素人仕事ですいやせんが……」などと言っていたが、仮にアグロ自身がやっていたらこうはならなかったに違いない。
この結果には、ダズを引き入れることを提案していたキャシーですら驚いていた。
もっとも、すぐに『やっぱり、私って見る目あるのね』と言っていたあたりが彼女らしかった。
さて――装いも新たに開店したアグロ死神事務所だったが――。
「……仕事、来ないな」
よく声が通るようになった事務所に、アグロのぼやきがカランと響いた。
* * *
「……おっ、これなんてどうだ?」
『え~どれどれ……うわーコイツ最悪だね。報酬も良いし、ヤッちゃう?』
働かざる者、食うべからず――。
アグロとキャシーは近くの酒場に備え付けの依頼掲示板と睨めっこしていた。
よくよく考えれば、ロクに客寄せもしていない事務所だ。
装いが奇麗になったところで、依頼が殺到する訳がない。
死神機関からの依頼もない以上、手っ取り早く金を稼ぐには賞金首を狩るのが一番早い。
アグロとキャシーが目をつけたのは、最近近くで暴れ回っているという、双子という通り名の異形だ。
奴の手口は極めて卑劣で、残虐極まりないものだった。
双子は二人の子どもを連れている母親を見つけると、どちらの子どもを殺すかを選ばせた。
もし決められなければ、どちらも殺す。
どちらの子を選んでも、どちらの子も守れなくても――母親は心に深い傷を負い、自責の念に堪えられずに、ほとんどが自ら命を絶った。
既に数十名が犠牲になっているらしく、新参者の異形にしては破格の三百万統一通貨の報酬がついている。
アグロとしては大金が貰え、街からは大きなゴミがひとつ消える。
どちらにしても悪い話ではない。
彼は依頼書をはぎ取るとキャシーにまたがり、事務所へと急ぎ戻った。
* * *
〖アグロ死神事務所〗
「へぇ、双子ですか……確かに、一か月ほど前からその名を耳にするようになりましたがねぇ……」
ダズは腕を組み、頭をひねって考え込んだ。
「何か情報はないか?」とアグロが問う。
「ん~、決定的なものはないんですが……まあ、恐らくすぐに見つかりやすぜ」
「というと?」
「やつの狙いが明確な以上、出現パターンを絞るのは簡単なことってワケですぜ」
ダズはそう言うと、このスラム六十六番地の大きな地図を壁に広げた。
そしてぶつぶつと独り言を言いながら、地図にピンを刺していく。
「――こんなもんかな……? アグロの旦那ぁ、ちょいと見てくだせえ!」
「これは……?」
「やつのこれまでの犯行現場の、ザッとした位置関係ですぜ」
「んん……てんでバラバラじゃないか」
刺されたピンは、ぱっと見では何の規則性もなく散らばっているようだった。
一つ一つを線で辿っても、何かがつながる様子はない。
「まあ、確かに犯行場所はバラバラです。 では、それはなぜか?やつの標的が、ばらけやすい性質を持っているから――あるいは、やつがそれを分かっていて誘導しているか、ですぜ」
「標的が、ばらける……?」
(この場合、標的とはつまり……二人の子どもを連れた母親、ということになる。その性質……?あるいは、誘導、だと……?)
アグロは考えたが、この手の話が苦手な彼は答えにたどり着くことはできなかった。
しばらく黙り込んだ後、ほんの少しだけぶっきらぼうに聞いた。
「……つまり、どういうことだ?」
「へい。まあ、言うなれば親の心理……ってところですかね?」
「心理?」
「へい。子どもが危険な目にあう可能性があるとすれば、わざわざ人目のつかない路地を選ばないってことでさぁ」
「……!そういうことか……!」
双子が狙うのは決まって、二人の子どもを連れた母親。
親の心理からすれば、痛ましい事件が起きた場所は当然避ける。
つまり……事件の場所から離れていて、なるべく人通りの多い場所を親は選ぶという訳だ。
その心理の逆を突いて双子が犯罪を行ってるとすれば、家族の生活圏を断つことなく、あえて“殺しやすい位置”へ誘導することは可能だ。
ギリィッ――。
アグロは怒りに歯を軋ませた。
「双子……お前に三百万は“安すぎる”ぜ……!」
「ええ、まったくですぜ。 恐らく奴は地理に詳しく、頭も“それなり”に良いはず。これまでの犯行パターン、地理的状況、そして親の行動心理を汲み取って地図を見返すと――」
タンッ!
ダズは勢いよくピンを刺した。
「この場所ッ――! 六十六番地、二十三番通り路付近に現れる可能性が一番高いと思いやすぜ……!」
「さすがだな、ダズ! おい、キャシー!」
アグロの呼びかけに、グォンッという排気音が響く。
『聞いてたわ!かわいい子どもを狙うなんて……親から子を奪うなんて許せない……! 早いとこ、消してやりましょう!』
薄いドア一枚隔てたガレージから、キャシーの怒気を含んだ声が聞こえた。
アグロの中でも、心の底から湧き上がるドス黒い感情が抑えきれなくなっていた。
彼は急いでガレージへ向かうと、キャシーにまたがってエンジンを駆動させた。
ドォッドォッドォッドォッ――。
怒りに震えるエンジンが、アグロの鼓動に共鳴する。
『あら、アグロ……久し振りに大分怒ってるようね』
「フッ……お前はいつも通り怒ってるみたいだな」
『まあ、失礼しちゃうわ! でも、今回の件はいつにも増して許せないわね』
「同感だ。 早いとこケリをつけよう」
グオンッ――!!
ガロロロロロロッ――!!
穏やかな昼下がり、談笑するおばさま方を背に排気音は唸りをあげた。
(さあ、仕事の時間だ――!!)
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