2話 スラムの死神②
「ま、待て待て! せめて理由くらい教えろよ!」
ダズはゴミ山の中から顔を上げ、手を擦りあわせて懇願した。
「理由、だと?」
「あ、あぁ! そりゃあオレは、人様に誇れるような仕事はしてねぇし、ましてや善人でもねぇ! でも、命を奪われる程のことをした覚えも全然ねぇんだよ!」
当然の反応だった。
アグロが調査する限り、ダズは悪人とは呼べない。
だが現実は、そんな甘いものではない。
「……三千統一通貨。 これがお前に対する報酬だ」
ダズは、自身についた価値のあまりの低さに目を丸くする。
「はぁっ!?さ、三千ッ……!?トリニティ・バーガー二つ分じゃねぇか……!」
ダズは激しく取り乱し、訳も分からずお気に入りのハンバーガーの値段を引き合いに出した。
たった三千統一通貨――この街では、ジャンクフード感覚のはした金で命を狙われるのは、日常茶飯事だった。
「……ダズ。お前に対する苦情は、“臭い”、“汚い”、“気持ち悪い”が主な理由だ。 具体的にどこが……なんてのは指摘しなくても分かるだろう」
「……ぐうっ、そんなの分かってるさ。 亜人の三Kだろ?クソッタレ亜人種差別主義者共の常套句だからな。 それに……下水で仕事してる以上、その評判もあながち間違いじゃないしな。 あぁ、でも、ちくしょう……」
ダズは悔しさに、ゴミ山をドンと叩く。
空き缶や生ゴミがコロコロと崩れ落ちた。
「……フン」
アグロは転がってきたゴミを踏み潰し、ダズに一歩近づく。
ダズは観念した――いや、全てを諦めたように、くすんだ空をぼんやり仰いでいる。
「……いいか、ダズ。俺は死神で、これは仕事だ。報酬分はキッチリ働く。 だが――」
「……?」
「逆に言えば、報酬分しか働かないってことだ」
アグロはそう言うと、ダズに向けていた短筒散弾銃を右腰のホルスターに戻した。
「え、えぇ……? あんた、俺を殺さないのか……? だって、死神なんだろ??」
ダズは豆鉄砲でも食らったかのように、目をパチパチと瞬かせる。
「……単純な話さ。お前の命は、報酬に不釣り合い――ただそれだけだ。 それより、一つ提案があるんだが――」
* * *
アグロの事務所は、スラム街の入り組んだ路地を抜けた先にあった。
オンボロだが、彼にとっては立派な"我が家"だ。
あいさつ代わりにと、トタン板で雑に作られた看板が風に揺られて頭を下げる。
ひび割れたコンクリートの広い庭、ガタついたガレージ、つぎはぎだらけの“立派な”二階建ての母屋――まさにスラムの城。
「……ここが、アグロの旦那の仕事場かぁ……!」
アグロの隣で、ダズは感嘆の声を漏らしながら敷地内を見渡していた。
「……まあ、俺は現場仕事がメインだから、ここは簡単な事務作業と寝泊まりするだけの場所だ。 どちらかといえば、“お前の仕事場”と言ったほうがいいかな」
アグロはダズを事務所へ案内した。
路地裏でのやり取りの後、アグロは彼にある提案をした。
その提案とは、アグロ専属の“情報屋”になることだ。
当然、アグロは情にほだされた訳ではない。
ダズの境遇を憂いた訳でも、慈善的な行動原理でもない――あくまで、合理的なビジネスの話だ。
そして命がかかっているダズは、当然それを快く受け入れ、正式に事務所へ迎え入れられることとなった。
アグロの調査によると、ダズはかなりの食通で、下水という名の情報ネットワークを駆使する、その筋では名の通った人物だ。
アグロは試験代わりにと、六十六番スラムの全ハンバーガー店数、今月オープンした飲食店数、そして、今月飲食店で死んだ人数まで尋ねたところ――。
「えぇと、六十六番スラムのバーガー店は百十二店舗。 そのうち今月潰れた店が三軒、新規は五軒ですぜ。 死人の数は、今朝を合わせると三十四人で……そのほとんどが食中毒ですぜ」
「……すげぇな」
結果、ダズは全て正確に答え、キャシーは『完璧ッ』と絶賛した。
情報屋が優秀であることは、死神稼業に大いに利益となる。
数年間採算のとれていないアグロの死神事務所に、新たな風が吹いた。
「さあ、今日からここが、お前の仕事場だぞ……ダズ」
軽いトタンの扉がキイッと小さく鳴り、二人はほとんど人の入らない事務所へ足を踏み入れた。
ボフンッ――。
埃が舞い、ヤモリが驚いて逃げ回った。
久し振りに新鮮な空気が流れ込み、積み上げられた依頼書や、封を切られていない請求書の束がドサドサと崩れ落ちる。
壁には無数の弾痕、床には用途の分からない工具類が雑多に置かれている以外は、何もない十六畳ほどの部屋。
「ここが……オレの仕事場……」
ダズは舌を頻繁に出し入れしながら、食い入るように室内を見回した。
「どうだ? 率直な感想を聞かせてくれ」
「……そうだなぁ。 まあ、下水よりは全然最高だと思いますぜ!」
「……まあ、うん」
率直な感想を求めたアグロに、ダズは正直に答えた。
思わずアグロは、鼻をポリポリと掻いた。
仮にも、雇用主に対してこんな言葉が返ってくるとは思わなかったからだ。
外ではキャシーが、笑いを堪えきれずに吹き出している。
『――アッハッハッハッ! 言われてるよぉ?アグロ。 いつも言ってるじゃない、ちゃんとした部屋で、文化的な生活をしなさいって!――ククッ、アッハッハッ!』
「……はぁ、うるさいぞ。キャシー」
アグロはそう呟くと、そっと扉を閉めた。
薄っぺらい壁越しに、キャシーの笑い声がくぐもって聞こえる。
――いっそ防音仕様にでもしてみるかな、とアグロは思った。
「……さて、ダズ。この事務所は見ての通りだ。 普段俺はキャシーとガレージにいるから、この部屋は全く使わない」
「え、そうなんですか?」
「ああ。 だからこの部屋は好きにして構わない。 最低限、事務所として機能していればいい」
「それくらいでしたら、お安いご用ですぜ! リニューアルっていうんですかね?とにかく、最っ高の事務所にしてみせますぜ!」
「いや、そこまでは――」
『リニューアル!? それ最高っ!!』
扉の外で聞き耳を立てていたのか、キャシーは乗り気で賛同した。
「うん……まあ、いいか」
「へへっ、任せてくだせえっ!」
ダズは胸をドンと叩いた。
妙にはりきったその様子に、アグロは若干の心配を覚えた。
だが、情報屋としての彼の能力を知ったばかりなので、心配を呑み込むことにした。
「……ああ、それから奥の部屋は寝泊まりに使ってくれ。 今は汚れてると思うが、恐らく“下水よりはマシ”だろう」
アグロの自虐的な言い回しに、扉の向こうで『ブフッ』と吹き出す声が聞こえた。
もとはといえば、情報屋の雇用という提案は、ダズを調査する段階でキャシーが言い出したものだった。
人を雇うのも、他人との共同生活も初めてのアグロ。
さらには、事務所のリニューアル――これから忙しくなりそうだ。
アグロは一人、頭を抱えた。
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