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交わる思慕 4


続きとなります。


楽しんでいただけると嬉しいです。




 ゴーカートがコースの中へ入っていく。


 そのスピードは凄まじく、車体が地面に近い分、反動がダイレクトに伝わってきて体がズレ落ちそうになった。


「くっ、ハンドルが重いっ!」

「ちょっ、カーブカーブ!」

「わ、わかってる!」


 力一杯握りしめたハンドルを思いっきり右に回す。

 するとカートが方向を変え、緩やかに曲がっている壁に激突することなくコースの左側を走った。


 よ、よし、なんとか第一関門は突破できた。

 しかしこれ、めちゃくちゃ運転するの難しい。最後までミスらずに走り切る自信ないぞ。


「すまん陽奈、動かすので精一杯だ!」

「おっけ、ならあたしがナビする! こっから先グネグネ曲がってるよ!」

「最初はどっちだ!?」

「右!」

「了解!」


 指示を受けてから数秒後、件の区間が目前にやってくる。

 

 言われた通りハンドルを再び右に切り、蛇行している区間に入り込むことに成功。

 ほっとする間もなく、数メートルもしないうちに今度は左へ舵を切ってカートを踊らせた。


「これっ、絶対初心者向きじゃないぞ!?」

「あたしらが勝手にレースしてるからっしょ!」

「それもそうか!」


 完全に自業自得。だが、今更辞める気はない。


 右へ左へと悪戦苦闘しながらもどうにか最後まで走破し、普通の道に出て来れた。

 ついさっきまで隣に並んでいた進藤達の姿は、ない。どうやら苦労した甲斐あってリードできたみたいだ。

 

「よし、このまま走り切ろう」

「あっ、坂道!」

「丁度いいな!」


 下りで更にスピードアップして差をつけてやる。


 意気揚々とアクセルを踏み込んで、立ち塞がる坂道に突っ込んでいく。

 そしてあっという間に上り坂を乗り越え、乗り越え、て……


「あれっ思ったよりスピード出ねぇ……!」

「てか、むしろビミョーに速度落ちてない!?」


 なんでこんな遅くなって……そうか、さっきのコース!


 陽奈のガイドがあったとはいえ、トップスピードを維持したまま何度もキツいカーブを乗り切ることはできなかった。

 だから走りながらちょっと勢いを緩めたり、微妙に方向調整をした分だけ速度が落ちたんだ!


「まずいな……!」

「いけるっしょ、真里達来てないから全然余裕ある……」

「おっ、見っけ! 待てコラー!」

「とか言ってたら来たー!?」

「マジか!」


 こうなりゃ一刻も早く抜け出すしかない!


 全力でアクセルを踏み付け、後ろから聞こえてくるエンジン音を振り払うように前を見据える。

 半減してるとはいえ、それなりに加速している車体は少しずつ坂を走破していった。


「もう、ちょっとだし……!」

「登っ……れた!」


 永遠かと思うような数秒を経て、ついに頂上へ達する。

 

 そうしたら、あとは落ちていくだけだ。

 ベタ踏みにしたままのアクセルに従い、全速力で坂を降りていく。

 登っていた時の数倍の速度であっという間に走破して、また平坦な道に抜け出すことができた。

 

「よっし! どうだ!」

「なんとかなったじゃん! てか、あの二人は……」

「逃さないよ!」


 再び谷川の声が聞こえてきたかと思えば、程なくして右斜め後ろにもう一つのカードが飛び出てきた。


「追いついたっての!」

「うわ速っ! 粘り強すぎっしょ!」

「ウチの進藤舐めんなし!」


 しまった、そりゃ腕はほとんど同じなんだからロスしたらこうもなるか!


「今度こそ勝つよ! このまま抜きな!」

「……了解!」

「こっちだって、今回も負けるつもりはない!」

「聡人、このままキープだし!」


 追いつかれたからといって勝負が決まったわけじゃない。まだ取り返せる!




 アドバンテージを失ったことでレースは接戦に移った。


 坂道を超えた後も、コースには色々な障害が仕掛けられていた。

 今度は道がジグザグになっていたり、どちらか片方は行き止まりの分岐や、曲がりくねったトンネルなど、様々な難関を突破していく。


 その中で一進一退の攻防を繰り広げながら、ついに最後の難関まで到達した。


「あのカーブがラスト! あとはゴールまで一直線!」

「わかった!」

「勝負所だよ、あんたの意地を見せつけてやりな!」

「言われずとも!」


 レースのスタート時と同じように迫り来るカーブに向けて、俺達はハンドルを切る。


「うぉおっ!」

「……ッ!」


 どうっ、にか……曲がり切った!


 横に力のかかった車体を半ば強引に軌道修正して、後はアクセル全開!






 迷うことなく一直線にゴールへと向かっていき──わずか数秒後、目印を通過した。






 果たして、勝敗の結果は……


「っし、勝った! やればできるじゃん!」

「今回は、抜けたか……」

「くっそー、あともう少しだった……」

「ギリだったねー」


 俺達が走ってたのはカーブの外側、対してあっちは内側だった分、車体を戻すのに遅れが生じたのが敗因だ。

 

 今回も負けない、なんて大見栄切ったのに、最後の最後で敗れるとは情けない。


「すまん、勝ち越せなかった」 

「んー、まあ別に良くない? 楽しかったし、こないだみたいに大事なもの競ってたんじゃないし。それに……」

「それに?」

「今日は一緒に勝負できたじゃん? それだけであたし的には満点の大満足、的な?」

「……そっか」


 くるくると人差し指で宙に花丸を描き、にっと笑う陽奈に、こちらも思わず笑いが漏れる。


 どうやら、結果を出そうと気負いすぎてたらしい。デートなんだからまず楽しまなきゃだよな。


 勝負には負けたが、この顔を見られたんなら……まあ、悪くないか。






 というわけで、レース対決に負けた俺達は事前の取り決め通り、進藤達に何かを奢ることになった。


 ゴーカート乗り場からそこそこ近い、フードコートやキッチンカーなどがあるエリアに移動する。

 適当な店を見繕い、買ったものを手にベンチに腰掛けている進藤のところへと戻った。


「お待たせ。ほら、ご所望のメロンソーダだ」

「……ありがとう」

「隣、いいか?」

「構わない」


 座るや否や、自分用に買ってきたドリンクを口に運ぶ。

 予想外に白熱したせいか、カラカラになった喉に冷たい感触が染み渡った。これで勝利の味なら完璧だったんだがなぁ。


「谷川達はどうした?」

「あっちでフロートのフレーバー選んでる。しばらくかかるんじゃないか?」


 なんかこの前行ったドリンクショップに匹敵するくらい凄かったし。あの二人のことだ、さぞ吟味するに違いない。


「そう、か……ならば、今のうちだな」

「ん? 今のうち?」

「高峯。実はお前に、礼を言おうと思っていた」


 いつになく真剣身を帯びた口調に、俺は驚きながらも進藤の方を見た。


「もしかしてジェットコースターの件か? 気にすんなよ、誰でも怖いものの一つくらい……」

「いや、そのことではない。クラスマッチの件だ。あの時はいきなりにも関わらず、よく受けてくれた」

「あー、そういうことな。まあその、若干主旨を勘違いしてたけど……」

「事情は谷川から聞いた。だが、重要なのは俺の挑戦に真剣に向き合ってくれたという点だ。おかげで今、こうしてあいつと付き合うことができている」

「まあ、そう思えば互いに結果オーライってところか。こっちも陽奈との距離がもっと縮まったし」

「そのようだな。しばらく俺のクラスでも噂になっていた」

「うっ、マジか……」


 そりゃあ学年ほぼ全員の前だったし、前よりクラス外での視線が増えたとは思ったが、案の定だったか。

 おまけに近頃の距離感の近さも加わって、ふとした瞬間訪れる胃のキリキリ具合がそこそこ重大になってきてる。

 

「あんなに全力で他人とぶつかったのは初めてだった。お前にも譲れない理由があったのだろうが、無視することもできたのに何故だ?」

「何故、か……示したい想い(もの)があった。今度こそ捨てたくない意地があった。言葉にすると、そんなとこだ。あとは……」

「あとは、なんだ?」

「多分、やってみたかったんだと思う。誰かと正々堂々勝負するってのをさ」


 できるだけシャットアウトしていても、昔から妬み嫉みで絡んでくるやつは結構いた。

 

 そういう連中は決まって、見下した眼差しと侮った態度で〝お前なんかよりも自分の方が宮内小百合に相応しい〟と言う。 

 誰もが俺を軽んじ、貶して、馬鹿にしたのだ。

 他人(ひと)なんてそんなものだと割り切り、悪意を受けるたびに全て、小百合に追いつくための糧に変えてきた。


 でも、それは結局のところ自分との戦いだ。本当の意味で〝誰か〟と競ったことはない。


「俺も初めてだったんだ、真正面から対等に挑んでくる相手なんて。だからかな、そういう相手にはちゃんと向き合おうって思った」

「ならば、こちらも本気で挑んだ甲斐があった」

「おう。言うのが遅れたけど、谷川との事はおめでとう。想いが届いて良かったな」

「……正直、今も驚いている。望外の喜びとはこのことだ」


 ふう、と。今日のみならず、これまで抱えていたもの全てを吐き出すように重く息を吐いた。


 果たしてそこに秘められた、初恋が叶った感動と衝撃がどれほどのものなのか……はっきり言って俺には分からない。


 でも、信じられないほどの幸せを噛み締めるような表情(かお)に……こいつの恋のことを、少し聞いてみたくなった。


「谷川のこと、いつから好きだったんだ?」

「具体的にどの時期から、というのは自分でも分からない。だが、自覚したのは中学3年になって別のクラスになった時だ」

「距離が離れて初めて気づいた、ってやつか」

「実に衝撃的だった。今でもよく覚えている、一人には慣れているはずだったのに、あんなにも寂しく感じるなんてな」


 その時のことを思い返しているのか、いくらか声音を歪ませて。進藤はぽつり、ぽつりと話しだす。


「朝、肩を叩く挨拶の手が無くなった。考え事をして険しくなった顔を揶揄う声が無くなった。気がつけば、それが当たり前になっていたのだと初めて理解した」

「それくらい、進藤にとって谷川の存在は日常だったんだな」

「思い知ったよ。この悪癖(めつき)を交友関係の有無の言い訳にするつもりはないが……それでも、あんな風に接してくれる相手はあいつだけだった。そうして、気がつけば好きになっていたんだ。我ながら単純だがな」

「別に悪いことじゃないだろ。あっちも毎日接してて居心地がいいって感じてたから、こうして付き合ってるわけだし」


 きっと、谷川にとっても意味のある日々だったんじゃないだろうか。

 じゃなきゃあんな顔で昔のことを話さない。鮮明に思い出せるのは、それだけ大事なものの証拠なのだと俺には思える。


「きっとお前の考えは正しいのだろう。だが……今でもふと考える。本当に俺で良かったのか、と」

「──っ!」

「谷川は本当に良いやつだ。このような不器用なやつじゃなく、もっと相応しい相手がいるのではと……そう思うことがある」

「……不安になるのは、正直分かるよ」


 近づこうとすればするほど感じる高みに、自分との差に気後れしそうになる怖さも。


 でも、それでも抑え切れないからこそ──


「だとしても、手を伸ばさずにいられなかった。一度は諦めたはずの心を捨てきれずに。どれだけ他に見合う相手がいたとしても、そこにいるのは俺がいい、と思ってしまったんだ」


 まるで、ずっと蓋をしていた宝箱を開けたような横顔で進藤は言う。自分の中に収めておくことのできない熱を吐露する様には、見覚えがあって。


 本当に谷川の言う通りだ。

 だって今のこいつの表情は、クラスマッチの朝、鏡で見た自分の顔とそっくりなのだから。


「自分でも不思議なほど強い感情に突き動かされ、結果的にああしてお前に挑むことになった」

「……なるほどな」

「俺の恋愛事情に勝手に巻き込んで迷惑だったろう。だが、きっかけを与えてくれたことにどうしても感謝を伝えたかった」

「確かに驚いたけど、別に迷惑とは思ってないぞ。俺も同じだったし」

「なら、俺の言葉を受け取ってくれるか?」

「まあ、貰っといて悪いものじゃないしな」


 俺が頷くと、進藤はほっとした様子を見せた。


 別に互いが憎くて争ったわけでもなし、拒絶する理由なんてどこにもないからな。

 それどころか、こうしてわざわざ伝えてきたことに好感すら持てる。負けた挙句、最後まで嫌味を吐いてきた奴らとは大違いだ。


「なにぶん現在に至るまで交友関係が皆無に等しい。謝意も、恋情も上手く伝えられた自信がない」

「いや、むしろまっすぐ伝わってきたぞ」

「そうか? よく言葉が足りないか、もしくは足りすぎだと叱られるのだが」

「逆に余分なものがないからわかりやすいよ」

「そういうものか」


 確かに進藤の物言いは時に唐突に思える程端的で、どこか人付き合いの不慣れさを感じさせる。

 でも、だからこそこれは言うべきだと思ったことだけを口にしている……そんなふうにも受け取れて。


 クセがあることは間違いない。が、個人的には進藤という男が持つ特徴の範疇だ。


「なんていうか、応援してる。お前の初恋、長く続くといいな」

「ああ。努力するさ」

「なーに話してんのっ!」

「うおっ!? って、陽奈か!」


 びっくりした。いきなり横から現れるとは、いつの間にこっちに。


「やー、真里がめっちゃ吟味するから時間かかったわー」

「そんなにか?」

「ほら、見てあれ」


 陽奈は俺から見て正面の方を指差す。

 そちらを向くと、なにやら厳つい盛り方をされたドリンク片手に谷川が戻ってきた。


「す、凄いな、それ」

「ふふん。勝利のトロフィーなんだから、そりゃ凝らなきゃっしょ」

「ちょっとは遠慮しろし。トッピングフルセットとか気合い入れすぎなんですけど」

「またカロリーがありそうな……」

「この後も歩くしヘーキヘーキ。デートは全部本気出すのが私の流儀だから」

「食べ歩きしすぎて、グロッキーになってた誰かさんを思い出すな」

「えー、誰のことかわかんなーい」

 

 素知らぬ顔で言う恋人に苦笑すると、「てかさ」と谷川が不思議そうな眼差しをこちらによこす。


「さっさと選び終わってたみたいだけど、なに話してたわけ? あんたらの会話とか全然想像つかないんだけど」

「それね。あたしも気になる」

「まあ、別に。たわいもない話だよ」

「共通の話題、といったところか」

「ふぅん?」


 進藤と目配せしあって、当たり障りのない回答をする。

 流石に当人達を目の前にして恋バナしてたと言うほど、心臓に毛が生えちゃいない。


「なに、ちょっと息合ってんじゃん。友達にでもなったわけ?」

「マジ? あの聡人に城島以外で?」

「言いたいことはわかるが、割と複雑だな……友達、か?」


 問かければ、進藤は少し考える素振りをしてから、やや緩慢に答えた。


「ふむ……これまでの関係を思えば、ライバル、と言った方がしっくりくる」

「ライバル……ああ、確かにそんな感じだ」


 友人と言うほど距離が近いわけでもなく、かといって敵視してるわけでもない、どこか共感を覚える絶妙な間柄。


 あいにく俺の方もまともな男友達が一人しかいないので、必ずしもぴったりな表現とは言いづらいが……口にしてみると、悪くない気がした。


「あんたら勝負ばっかしてるし、言われてみりゃそれっぽいわ」

「男子だねー」

 

 どうやら女子達にも納得してもらえたようだ。


 それにしても、こうして意外なところで顔見知りが増えるのもダブルデートの醍醐味かもしれないな。







読んでいただき、ありがとうございます。


次回、いよいよ……楽しみにしていただけますと幸いです。

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