交わる思慕 3
先日は失礼いたしました。加筆修正を加えまして改めて更新です。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「すぐ乗れたね。もっと待つかと思ったけど」
「だな。案外空いててよかった」
主に顔面蒼白だった進藤的に。
待ち時間が長くなって気が変わったりしたら、危うく二連続で落下系アトラクションに乗るところだった。
ジェットコースターと比べて、ゆるゆると回り続けるコーヒーカップは平和そのもの。乗っているのも小さい子供が多めだ。
「なんか、思ってたより狭いかも。もっとおっきなイメージだったのに」
「小学生の頃はすっぽり体が収まるくらいだったのにな。今じゃ膝が当たりそうだ」
「ね、成長したー!って感じ。昔は家族で乗ってさぁ、月奈と二人でキャーキャー騒いでたっけ」
「よっぽど張り切って回したんだな」
「もうね、パパがめっちゃ本気出すの。それでママが加減しろーって言ったりして……みんな揃うのってあんまなかったから、今でも覚えてるんだ」
きっと楽しい一日だったんだろう。あまり多くはないだろう家族の思い出が暖かいものであることに、俺まで笑みがこぼれてくる。
「ふふっ、あんたとだったらそれ以上になったりして?」
「言ったな? ならこれ、思いっきり回してみるか」
「いいね、最高速度更新しちゃお!」
よし、とこれまで放っておいたハンドルを二人で握る。
昔はびくともしなかった円盤は少し力を込めると回り始め、徐々にカップのスピードが上がってきた。
「ちょっとー、こんなもん? 鍛えてるっしょ?」
「まだまだ、いくぞっと!」
手加減無しに回して回して回しまくる。
するとコーヒーカップは穏やかな乗り物から一転、見事にアトラクションへと様変わりした。
平均で一分間に最大40回転するというが、一体どこまでいってるだろう。二人とも本気で回してるんだから相当スピードが出てるに違いない。
「あはははっ! もう全然周り見えないんですけど!」
「ちょ、ちょっと速くしすぎたか!?」
「いいじゃん、今は世界に二人だけみたいでさ!」
あまりにスピードが出過ぎて、目の前にいる陽奈以外の景色が混ざってマーブル色になってる。
心底楽しそうに声を上げる姿が目に焼き付いて、ついこの一瞬が終わるのが惜しくなる。
残念ながら、コーヒーカップの乗車時間はそんなに長くはない。
しばらくすると軽快な音楽が鳴り止み、速度が落ち始める。ハンドルが操作できなくなり、30秒くらいで完全に停止した。
「すっごいグルグルしたね。なんかスッキリしちゃった」
「さっきとは別の爽快感があったな」
「自分達で動かしてたからかもねー。とりま、降りよっか」
次の乗客も待ってることだし、余韻もそこそこにカップの外に出る。
「あっ、そういえば」
出口へ向かう道すがら、陽奈が不意に声を上げた。
「どうした? 忘れ物か?」
「忘れ物って言えば忘れ物かな。あたしね、男子とコーヒーカップ乗ったのこれが初めてだよ」
「えっ、そうなのか? あんなに友達多いんだし、てっきり一回くらいあるかと……」
「確かに遊びに行くことは多いけどねー。でもそれはみんなでって感じ。二人きりで乗ったのはあんただけだよ」
「それは……うん、光栄だな」
「なにそれ、大袈裟だし」
「いやいや、そんなことないぞ」
だってそうだろう。本当の恋人になろうとしてる時にそんなことを言われたら、誰だって嬉しいに決まってる。
にやけるのを必死に堪えていると、今度は隣からため息が聞こえてきた。
「まあ、そっちは慣れてるだろうけどさー。小学生の時から一緒にいたわけだし、こういうとこ一番来るじゃん? そこはちょっと残念かなー」
「いや、ないぞ」
「え? 無いの? 一回も?」
「一回もだ。そもそも、二人で遠出したこともあんまり無かったしな」
元々尊敬から始まった関係というのもあって、実はそういう記憶は多くない。
ほとんどが一緒に登下校したり、どっちかの家で勉強する程度。たまに遊びにいくことはあっても近場がせいぜいだった。
思えば俺達の関係って、ほとんど日常の範囲で収まってたんだな。
「だから俺も、陽奈が初めてだよ」
「嘘。なんかちょっと嬉しいんですけど」
「嬉しい?」
「だって、お互い初めての経験を共有できるってことっしょ? そんなん超ラッキーで素敵じゃん?」
「確かに……そうかもな」
滅多にあることじゃないだろう、生きてく中で最初の体験が重なるなんて機会は。
しかもそれを特別に思っている女の子と一緒に過ごせるだなんて、改めて自分の幸運さには驚くばかりだ。
「特にあたしらってさ、ずーっと初恋続けてたわけじゃん。そんなかで沢山いろんな感情も、体験もしてきてさ。それなのにまだあたしらだけの〝初めて〟があるの、すっごく嬉しい」
「陽奈……」
「ね、聡人。今日はいっぱい、二人で初めてのことしよ?」
「……おう」
ああもう、本当に言葉ひとつで人を虜にするのが上手なやつだ。
これがクラス一番の人気者の実力か、なんてふざけたことを考えなきゃ、嬉しさと恥ずかしさで耳まで赤くなりそうだ。
出口まで辿り着いてまだ中にいる谷川達を待っていると、少し遅れて二人とも外に出てくる。
「おまたー。案外楽しかったわ」
「ね、童心に帰る的な」
「マジそれな。たまにはゆっくりめもアリ」
あっちも満喫したみたいだな。
さて、グロッキー気味だった進藤の様子は……だいぶまともになってた。
さっきまでは血の気が引いて真っ青だったが、すっかり元の鉄面皮になっている。持ち直すのには成功したらしい。
「んで、次はどうする?」
「確か、ここから行きやすいのだとゲーセンにゴーカート、あとは……お化け屋敷だな」
「あ、お化け屋敷はパス。せっかく上がったテンション地の底チョッコーなんですけど」
「陽奈、暗かったり静かなとこは苦手だもんな」
「口に出すなし」
ペナルティと言わんばかりに脇腹を突かれた。ちょっとくすぐったい。
江ノ島で洞窟散策した時も終始しがみつかれてたし、相当苦手と見える。
最近見せてくれるようになった繊細な部分とはまた別に、個人的にはギャップがあって可愛いと思うんだが。
「ま、ゴーカートとかでいんじゃね。こんな晴れてるんだし」
「さんせー。平和が一番」
「……懐かしいな」
谷川が無難な意見を出し、それに陽奈が同意したところで、唐突に進藤がそう呟いた。
「何のことだ?」
「中学の時、授業で実際の事件を題材にしたホラー映画を観たことがあった。それ以降、谷川がその科目の時間になると警戒して……」
「ストップ。それ以上ここで言ったらシメるよ、あんた」
「分かった」
おお、こんな時も安定の素直さだ。
でも多分、止めるのが少し遅かった。
谷川が聞かれたくなかっただろう秘密のほとんどを、もう俺達は聞いてしまったのだから。
「へー、真里も駄目なんだ。そういえば、いつも話す時もそういう系の話題避けてたよね」
「解析すんなし。こいつが勝手に言ってるだけで、別に苦手じゃないから」
「そうだったのか。ずっと声を堪えながら観ていたから、てっきり──んぐ」
「余計なことばっか言うのはこの口? ん?」
あ、ついに物理的に蓋をされた。
進藤の口を手で塞いだ谷川は、俺たちを一瞥すると不貞腐れたように唇を尖らせた。
「違うから。あれは…………あくび噛み殺してただけだし」
「恥ずかしがんなくていいのにー」
「良い意味で印象は変わったな」
「あーもう感想言うな言うな。さっさとゴーカート行くよ。おら、キリキリ歩け仏頂面」
「んぐぐ」
もう一方の手で襟首を掴まれ、口封じされたまま引き摺られていく進藤。
普段のクールなイメージからは想像しにくい子供っぽさに陽奈と笑い合い、俺達も後を追った。
「ちなみにさ、聡人はそういうの得意?」
「ホラー系は人並みだ。でも積極的に見るほどじゃない」
「ふーん、そっか。ならさ、今は全然無理だけど、いつかあたしが怖い系克服したいって思ったら、そん時は付き合ってくれる?」
「勿論だ。よっぽど力作じゃなきゃな」
「それ、絶対見ないし」
どうやらしばらくは先みたいだ。
今はまだ不透明な〝いつか〟だけど、そのうち実現できたらいいな。
そんなわけでやってきたゴーカート乗り場。
到着していた谷川達と合流し、別途料金を払うシステムなのでチケットを買うことにする。
「お、二人乗りあるじゃん。別々に買うよりちょいお得だね」
「じゃあせっかくだし、それにするか」
券売機にお金を投入してボタンを押せば、鈍い音を立ててチケットが吐き出される。
それぞれ一枚ずつ買ったところで、谷川が何か楽しいことを思いついたとても言いたげに口角を上げた。
「そうだ、レースしない? こないだのリベンジマッチ的な」
「こないだって、クラスマッチのことか?」
「そうそう。せっかくこのメンバーなんだしさ、面白そうじゃん?」
「それナイスアイデア。聡人、どう?」
ノリノリの女子組に進藤と二人、顔を見合わせる。
すると、あちらが軽く頷いた。さっきとは別の意味で眼差しに鋭さが宿り、その色は好戦的と言っていい。
どうやら、考えてることは同じみたいだな。
「いいぞ。勝負しよう」
「ああ。先にゴールまで辿り着いた方が勝ちだ」
「やりー。どうせならペナルティ付けよっか。その方が盛り上がるし」
「内容は?」
「んー、じゃあ、負けたチームが勝ったチームにフード一つ奢るのは?」
「乗った」
「悪くない提案だ」
かくして突発的にリベンジマッチが始まった。
条件も整ったところで、待機列に並ぶ。
20分ほどで順番が回ってきたのでコースの中に入り、カートへ乗った。
「ここがアクセルです。方向転換する際はハンドルが固いことがあるので、かなり強く捻ってくださいね」
「分かりました」
「はーい、ありがとうございまーす」
係員さんの指示に従ってシートベルトを締め、ハンドルを握る。
重々しい音を立てて駆動するエンジンの音が新鮮だ。昔は親の膝の上に乗ってたのに、自分が運転すると思うとドキドキする。
「超ワクワクしてんね。聡人もちゃんと男の子だ」
「そ、そんな顔に出てたか?」
「今にも走り出したいって感じだよ。頼りにしてるし、運転手さん♪」
「任せとけ……と言っても、上手く操縦できる自信はないんだけどな」
試しに軽くアクセルを踏んでみると、より一層大きな音を立ててカートが動いた。
慌てて止めたら、今度はシートに背中をぶつける。お、思ったより反動強いなこれ!
「あははっ、めっちゃ緊張してるじゃん! リラックスだよリラックス」
「そりゃ無茶な」
「だったら、こういうことにしよ。勝負ってだけじゃなくて、ドライブデートの練習だと思ってみなよ。そしたらちょっとは肩の力抜けるんじゃない?」
「ドライブデート、か……」
免許を取ることすらできない年齢の俺にはまだ想像上のものでしかない、いわゆる大人のデートだ。
だが、なんとなく肝心なことはわかる。
肩肘を張らず、恋人と二人きりの時間を楽しむこと。余分な力を抜き、恋人との時間を楽しむことだ。
過度に緊張してたら事故りかねない。慎重に、けど余裕を持って運転する。
そんな心持ちになってみるつもりで深呼吸すると、ほんの少しマシになった。
「ありがとう。ちょっと力抜けた」
「オッケー。真里ー! こっちは大丈夫ー!」
「うちらもいつでも始められるー!」
エンジン音に負けないよう大声で合図し合う二人に、向こうの運転席を見る。
俺と同じように運転席に収まった進藤は、心なしかいつにも増して表情が硬いように思える。
なんだ、あっちも力んでるじゃないか。こっちが一方的に不利にはならなさそうだ。
「それじゃあ、さん、に、いち……」
「スタート!」
「「っ!」」
それぞれのパートナーが宣言した瞬間、俺達はおそらくほぼ同時にペダルを踏む。
動物が嘶くように唸りながらカートが走りだし、レース対決が幕を上げた。
読んでいただき、ありがとうございます。




