89話
シオドア殿にも手伝って貰って、最近変わった事が無いかどうかを聞いて回りました。誰に聞いても普段と変わらないと答えるのですから、この街は今のところ自称魔族に襲われてはいないのでしょう。
姉上が懸念していた事は払拭されたのでしょうか。
自称魔族たちが襲っている街も規則性があるようには思えないと話していたのですし、幸運にも襲われなかった街という事で良いのではないかと思います。そして帰ってふかふかのベッドで眠りましょう。王宮のベッドは宿の物とは比べ物になりません。以前アクランド殿の屋敷で用意して貰ったベッドよりもふかふかなのです。
「…もう良いだろ。日も暮れて来たし、飯にでもしようや。」
「そうですね。美味しいご飯を食べましょう。」
「…何か引っ掛かるんだけど…、何かが分からないんだよね。」
「姉上、考えても答えは出ません。食事の方が優先事項と思います。」
「ヒロトは何時もでしょうが。…まぁ、少し整理してみたら何か思いつくかも知れないし、行こうか。」
街に被害はなく、周囲で可笑しな事も起こっていないと住人たちが答えて下さったのに何が気になるのでしょうか。取り敢えず食事に行く事が決まったので、小生はそれで満足ですが。
ただ、未だ気に掛かる事があると考え込んでいる様子の姉上を見るシオドア殿の目が酷く冷たいもののような気がした事は気になりました。憐れむような呆れたような、あまり良い感情の色ではなかったように思えますが直ぐに視線を外されていたので見間違いだったのかも知れません。
陽が落ちると宿や酒場は煌々と明かりを灯し、街灯が道を照らします。
ヒスイを見ても騒がれないようにと冒険者が多く集まる酒場を教えて貰い、姉上とシオドア殿と共に向かいました。小生の肩に乗るヒスイに驚く人はちらほら見受けられましたが、騒ぎだすような人は居ませんでした。
しかし柄が悪いというか、騒がしいというか…もう少し静かな店を選んで頂きたかった。
「サーシャ、お前酒は飲めるのか?」
「多少は。でも今日は遠慮します。何かあったら動けないので。」
「真面目だねぇ。あぁ、強くはないのか。」
「小生は少し辛めの物が好みです。」
「ガキに飲ませるかバーカ。お子様はミルクでも飲んでやがれ。」
「…好きですけど。」
牛の乳はクロッドでは貴重でもグレオノール国内では溢れるくらい流通しているのです。羨ましい…恨めしい。
シオドア殿が適当に飲み物と料理を注文していたのですが、店員の女性から何か貰ったようでした。
「シオドア殿、何を貰ったので?食べ物ですか?」
「あぁ、鍵だ。」
「鍵?宝箱か何かの鍵ですか?」
「…んなもんあるかよ。上の部屋に来てねって誘いだ。」
「……はぁ。」
「ヒロト、ご飯来たよ。食べようねー。…シオドアさん、ヒロトに堂々とそういう事言わないで下さい。」
「過保護か。どうせコイツにゃ理解出来てねぇわ。意味、分かんねぇだろ?クロガネ。」
「シオドア殿にご用があるから呼ぶのでしょう?それくらい分かりますが。」
「ほらな。」
宿にも使われているらしい二階の部屋の鍵を貰って、来て欲しいという事は依頼だったり何か用事がある事だと小生でも分かりますよ。それをまたニヤニヤと笑って…、シオドア殿は変わりないです。
「お前に分かり易く言うとだな、俺の子を孕みたいから二人になりたいっていうお誘いだ。」
「シオドアさんっ!」
「あぁ、なるほど。回りくどい事をするのですね。」
「ヒロトも納得しないっ。…もう、アンタは聡いのか鈍いのか分からないよ…。」
「人間の感情や習慣は難しいのです。シオドア殿は雌…失礼、女性に好かれるのですね。」
「雌っておい。お前の方が下世話な言い方だわ。」
シオドア殿は注意するような言葉を口にしながらも楽しそうに笑っていました。姉上は額に手を宛てて渋い顔をされていますが…、頭痛でもするのでしょうか。
テーブルに並べられていく料理はどれも小生の好みでした。流石シオドア殿、分かっておられる。姉上の好物もちらほらあるのですが、シオドア殿は分かっていて注文されたのでしょうか。
店員の女性だけではなく、冒険者の女性にもシオドア殿は声を掛けられていました。女性が好む男性というのは強い事だと思うので、シオドア殿が強いと見抜いているのでしょう。人間にもフェロモンの類があるのかは知りませんが、強い雄の子を産みたいというのは猫も人間も同じようです。
「悪いな、連れが居るんだ。俺が一人の時に誘ってくれよ。」
「狡いのね。一人になんてならないんでしょう?」
「さてね。」
冒険者の女性がシオドア殿に擦り寄っていると姉上は小生の目を隠します。姉上、これでは手元が見えません。食事の邪魔をしてはいけませんよ。
姉上の手をやんわりと退けてから食事を再開します。美味しいとは思いますが絶品とまではいきませんねぇ。
「シオドアさん、今日は付き合わせてしまってすみません。それと、有難う御座いました。」
「あぁ気にすんな。成り行きだ。懐かしい顔も見たしな…ん?悪い。…どうした?」
姉上と話していたシオドア殿が会話を切って耳元に手を添えました。リゼンからの連絡でも入ったようです。その内容が聞こえてしまうのですが、やはりリアム殿は見付けられなかったのだと話していました。
以前と変わらずの態度だと思っていましたが、見付からない事に苛立っている様子は感じ取れます。同じ調子ではいられない程心配しているという事なのでしょう。
「今日は切り上げるか。また明日探す。…そうだリゼン、夕飯食ってるんだけどよ、お前も来るか?」
「リゼンが来るので…?」
「腹減ったってのもあるけどよ、懐かしい奴に会ったんだ。どうせなら一緒に食おうぜ?場所は分かるだろ、お前なら。…あ?来てみりゃ分かる。つっても魔力の質で分かるかも知れないけどな。…あぁ、適当に注文しとく。」
シオドア殿が会話を終えたらしく椅子に座り直しながらニヤついた笑みを浮かべていました。小生がそわそわしているのがバレバレのようです。
でもリゼンが来たら大騒ぎになるのではないでしょうか…。自称とはいえ魔族に襲われる村や街が多い中、本物の魔族であるリゼンが此処に来るとなれば皆怯えてしまうのではないかと思うのですが。冒険者が多い酒場ですから戦闘になってしまうかも知れません。シオドア殿はそこまで考えておられないのでしょうか?否、考えているに決まっています。何か策でもあると踏んだ方が納得出来ますね。




