87話
ガラックの街に到着しましたが可笑しいと感じるところなど何もありません。何もなかったという事でさっさと帰りたいのですが、そうもいかないのでしょうね。
「じゃあ宿は別々に取るとして、朝になったらこの広場で合流って事で良いかな?」
「そうだね、出来るだけ離れた宿でお願い。これだけ広い街だから、なるべく多くの場所から情報が欲しいんだ。…思い違いであってくれたら良いんだけど…。」
「思い違い?」
「あ、ううん、何でもない。じゃあ、もし何かあったら魔法を打ち上げてね、駆け付けるから。」
「あぁ、サーシャも。」
どうやらカナタ殿たちとは別行動を取るようです。小生と姉上は耳飾りがあるので離れていても会話が出来るのですが…黙っておきましょうか。姉上と別行動を取る事になるなら城に戻って寝ていたいので。
カナタ殿たちと別れて姉上と街を回る事になりました。テラとの仲を取り持ちたそうにしていた姉上ですが、調査を優先するようで別行動にしてくれて助かりました。あの五月蠅い兎と仲良くなどなりたくもありません。レイチェル殿なら話してみても良いですが。
「うーん…、魔族が怖いって言うのは他の街や村と同じような意見みたいだけど…何か気になるんだよなぁ…。」
「何が気になるのかは聞かないでおきますが、ヒスイの果物を買いに行っても宜しいか?」
「そこは聞いてよっ。…まぁ先に果物の調達に行きますか。」
ほんの些細な違和感を感じてはいるようですが、その正体が何かまで分かっていない様子の姉上は唸っていました。小生が話を聞く事で何か思いつく可能性を否定しませんが、面倒事は可能な限り避けたいので積極的に聞くつもりはありません。
ヒスイは肩に乗ったままですが鼻をヒクヒクと動かして好みの匂いを探しているようでした。近くで見付けた店の果物よりも良い香りを見付けたのでそちらに行きたいと言います。
買うつもりでいた姉上に声を掛けて移動しました。
「ヒスイの鼻は凄いんだね。さっきの店より遠いのに、こんなところの香りも分かるんだ。」
「美味しい香りはこちらだったと言っています。…あ、それも下さい。あとそれも。」
姉上がヒスイの頭を撫でるとヒスイは嬉しそうに鼻を鳴らしました。分かります、姉上の撫で方は心地良いのです。
購入を終えると宿の部屋を先に押さえるとのことでカナタ殿たちが向かった方とは逆方向へ向かいながら宿を探します。道中ヒスイに果物を与えながら宿に向かっていたのですが、ふとリアム殿の魔力を感じました。少し豪奢な造りの宝飾店からです。
「…また、宝石だけなのでしょうね…。」
「ヒロト?どうしたの?」
「姉上、少し寄り道しても?」
「良いけど…、こんな高そうなお店で何を買うの…?」
「欲しい宝石があるのです。」
姉上は首を傾げています。幾ら姉上とはいえ、リアム殿の話を詳しくする事は出来ません。姉上が汚い人間ではない事は理解していますが、何処から情報が漏れてしまうか分かりません。リアム殿に危険が及ぶ可能性は減らしておいた方が得策かと思いますので。
「ヒロトが宝石?何、遂に気になる子でも出来たの?」
「何でそうなるんですか…。」
「だって、着飾るようなタイプじゃないでしょ?好きな子に贈るのかなって思うじゃない。」
「はぁ…、…人間の雌に魅力を感じた事が無いのでなんとも。」
「…それ、あんまり人前で言わないでね?変な子って思われちゃう。それよりも、今は人間なの。少しは興味持っても良い年頃なんだけどなぁ。」
「…母上と姉上と、あとリアム殿は好きです。」
「そういう好きじゃない。もっとこう…独り占めしたい!とか、離れたくない!とか…上手く言えないけどっ。」
「三人ともそう思っていますが。…まぁリアム殿を独り占め出来るのはリゼンだけでしょうがね。」
姉上はそうではないと言いながら上手く説明出来なくて歯痒い心地のようです。小生にとって人間は主人であり危険な生き物という認識しかありませんからねぇ。
優しくて温かくて大切な主人も居れば、捕まえようとしたり殺そうとしたりする危険な人間も居ました。主人は今でも愛していますが、子を産んで欲しいとは思いませんし…。事実、母上や姉上、リアム殿に好意を持っていますが子を産ませたいとは思いません。
姉上を放っておいて宝飾店に入るとどうやら取り込み中のようでした。
店主らしき男が客らしき男性に締め上げられています。…あの後ろ姿とこの魔力は…。
「ちょ、ちょっと、何があったんですか!?そんな乱暴にしなくても…っ。」
「…あ?」
小生に続いて姉上が入って来たのですが、その様子を見て直ぐに止めに入りました。
姉上は相変わらず首を突っ込むのが好きですね、放っておけば良いものを…。
ただ、振り返った客らしき男性の顔を見て確信しました。人間の中では整っていると思えますが悪役のように見えるあの顔立ちを忘れる訳がありません。
「…シオドア殿…?」
「…お前…、…クロガネ、か…?」
「え、知り合い?」
店主の胸倉を掴んでいた手を離して此方に歩み寄ってきた男性はやはりシオドア殿でした。視線が近く感じるのが何だか新鮮です。
「育ったな、お前…腹立つ。」
「笑顔で悪態を吐くのは相変わらずですね。むぅ…、シオドア殿を抜くくらい伸びたかと思っていたのですが、少し足りませんね。」
「ははっ、抜いたらその足斬って縮めてやる。」
「…本当にやりそうなので冗談に聞こえません。」
「冗談じゃねぇし。…おぉ、悪い。美人の連れが居たのか。」
「姉上です。」
「あ…、初めまして。ヒロトの姉のサーシャです。」
「へぇ?…コイツの知人でシオドアです。是非宜しくして欲しいもんだ、なぁお姉ちゃん。」
姉上は普段の様子と違いました。恐らく、人と余り関わらない小生が親しく話していたからだと思います。小生とシオドア殿の遣り取りを戸惑った様子で見ておられましたので。
シオドア殿が此処に居る経緯を聞こうと思ったのですが、その前に店主が奥から大量の宝石を持ってシオドア殿へと差し出していました。…強盗…?
「…チッ、此処も違うか。取り敢えずコレは買い占めてくが、こっちは違うから要らねぇ。」
シオドア殿が代金を支払うと店主は驚いているようでした。暴力で奪われると思っていたのでしょう。
買い占めた宝石は全て赤く美しい輝きを放つ、血色宝石でした。




