84話
再び微睡んでいると扉がノックされる音で直ぐに覚醒してしまいました。折角眠れそうでしたのに…。
ディーの返答があってから開かれた扉の先にはカナタ殿たちが居ました。テラの故郷だから見て回るとかなんとか言っていた筈ですが、今戻ったのでしょうか。
「カナタか。どうであった?」
「サーシャの言う通りだったよ。凄いね。」
「そうか…。して、成果の程は。」
「明け方に魔族が二人。ちょっと苦戦して、生け捕りにする余裕は無かったよ。」
「いや、撃退してくれただけでも有難い。村に被害は出なかっただろうか?」
「死傷者は出していないけど、戦闘で少し壊しちゃった物はあるんだ…ごめん。」
「民が無事ならそれくらい構わん。保障は此方でしておく。」
フレッド殿だけではなくカナタ殿も出掛けていたようです。フレッド殿たちが遭遇した自称魔族と同じく明け方に現れて、村を襲ったのだとか。
転生者であるカナタ殿が苦戦する程の強さ、というのが納得出来ないとフレッド殿は悩んでいます。カナタ殿が言うには、戦うというよりも時間を稼がれているような感覚だったとのこと。
向かってきてくれるのであれば対応出来るそうですが、どうにも戦い難い動きをされたと仰っています。
「カナタに動いて欲しくなかった…って事?」
「どう、なんだろうね。結果として長く戦う羽目になったけど。」
「フレッドの方が敵は多かった。カナタの方は二人だったけど、カナタが簡単に倒せないような手練れ。んー…。」
「サーシャ?」
「カナタが王都を離れたのを知って、引き留めておきたかったって事かな。王都に居て欲しくなかったか…若しくはゴルドの街を襲撃するのに、カナタが動けると不都合があったって事…にならない?」
「ゴルドでは数は多かったけど、俺たちだけで倒せたからそれ程の脅威じゃなかったと思うんだけど…。」
カナタ殿も加わって、小難しい話は進んでいきます。
魔族らしき方々に襲われているところは気の毒に思いますが、負けるのは弱いから仕方ないじゃないですか。自分の身を守れないなら自然界で生きていけないんですよ。
生きていけないと判断されれば母にも捨てられますしね。人間は甘いというかお人好しというか…。
頭を悩ませてまで取り組む事とは思えませんが、否定するつもりもありません。ただ、巻き込まないでくれると助かります。
「アンタ、その魔物…っ!!」
「ヒロト君、それって魔物…だよね…。」
「あぁ、レイチェル殿。ヒスイは友人になったので人を襲ったりしませんよ。」
「そう、なの…?でも、王都を襲った魔物と同じじゃ…。」
「親子ですからね。同じ種族でしょうが、同じ魔物ではありませんよ。」
「な、何言ってんのよ。魔物は魔物じゃないっ。それを王宮の中枢に入れるなんて、非常識にも程があるわよっ。」
カナタ殿に付いて来た二人はヒスイの姿に驚いていました。カナタ殿も始めは大きく目を見開いていましたが、小生が一緒に寝ている為に脅威は無いと判断したのでしょう。直ぐにディーたちとの会話に向かいました。
この兎は相変わらず五月蠅いですが、相手にしなければ良い話。顔を背けていると何だかんだと吠えているのでヒスイの毛皮に顔を埋めて少しでも聞こえ難くしようと試みました。
「ちょっと、無視しないでよっ。」
「テラ、大丈夫みたいだから。王子様も気にしていないみたいだし。」
「だからって、魔物を堂々と連れ歩くなんて悪趣味よっ。魔物に家族を殺された人だって少なくないのに…っ。」
「テラ…。」
「……はぁ。姉上、小生は席を外します。こんな五月蠅いのが居ては話も進まないでしょうから。」
「あ、ヒロトっ。」
近くで大きな声を出さないで頂きたい。兎なら小生よりも耳が良いでしょうに…喧しい。
姉上に声を掛けてからヒスイを伴って部屋を出ました。騒がしい兎が居ては姉上たちの話も滞ってしまうでしょうし、何より安眠妨害です。
王宮の中を射移動するのであればヒスイには小さくなっていて貰う方が良いかと思っていると、案の定剣を向けられました。
「魔物が王宮に入り込むとは…、…クロガネ…なの?」
「あ。メヒテルト殿も小生をクロガネと呼んでくれる方でした。」
「うん?…大きくなったな、…本当に。」
「ご無沙汰しております。…あ、ヒスイは小生の友人なので警戒しないで頂きたい。こう見えて肉より果物を好んで食べるのです。」
「そう、なの…?でもその魔物って凄く狂暴で肉食だと思ったのだけど…。」
ヒスイが肉食…?
羊の肉…おっと、ディーの頬を噛んでも美味しくなさそうにしていたのですが…。果物を食べている時の幸せそうな顔は嘘だと思えないですし。
『ヒスイ、貴方の種族は肉食だと彼女が仰っているのですが、本当は肉を食べたいのですか?』
『ん?肉は好きじゃない。果物が好き。』
『ヒスイが果物を好きだというのは分かります。ヒスイと同じ種族の方々は肉を好むかどうか分かりますか?』
『んー。多分野菜とか果物が好き。…あ。角無しは肉食。』
『角無し?』
『俺よりもっとくすんだ毛色で、角の無いそっくりの種族が居る。狂暴だから嫌い。』
なるほど。多少の色が違う程度では見分けは簡単ではないでしょう。況してや襲われている時に角があるか無いかなど気にしている訳がありません。
メヒテルト殿にヒスイに聞いた話をして、ヒスイたちのように翼と角のある種族は野菜や果物を好んで食べる上に狂暴性はないと説明しました。あまり納得がいっていないようでしたが、それよりも小生がヒスイと話している事に驚いておられました。
「凄いな、クロガネは。転生者というものには詳しくないが、本当に世界を救う勇者様になれると思うよ。」
「なりたくはないのですがね。…ん?メヒテルト殿、今日は以前のように良い香りがしませんね。以前は香水か何か付けておられたのですか?」
「良い匂い?…そういえば、お前に嗅がれたな…。」
「はい、とても良い香りだったので。」
「香水なんて高価なものは付けていないよ。今も、昔もな。どんな匂いがしたんだ?」
「言葉で表現するのは難しいのですが…。こう、ずっと嗅いでいたいような感じでした。」
メヒテルト殿は首を傾げてしまいましたが、小生も説明は難しいのです。落ち着くような、そわそわするような…兵士殿たちに邪魔されなければもっと嗅いでいたかったと思ったのを覚えています。
今日はその香りがしないので残念に思うくらいには良い香りでした。




