62話
ゴートランドからクロッドに戻り、母上と姉上に佐藤大翔殿の話が出来たので今までよりも気持ちが軽くなった心地です。
大きな街であれば大したことは無かったのでしょうが、クロッドの町くらいの規模では小生のような転生者は珍しく殆どの人が小生の事を知っています。
自分から口にしなければ勇者になれる転生者として生きていけるのでしょうが、母上の計らいでクロッドを出る話が上がりました。家族に打ち明けるのも怖かったのだから町の人たちに知られるのはもっと怖いのではと心配してくれたのです。
いえ、母上と姉上には捨てられたくないので怖かったのですが、それ以外の方には初めから勇者ではないと公言していましたよ?本気で受け取ってくれる方など居ませんでしたが…。
母上と姉上と共に神官長殿にお話をしたところ、少し残念そうではありましたが受け入れて下さいました。
女神様でも間違う事があるのだと言って下さいました。…猫であった事まではお話していませんが…。
神官長殿から神官の方々へ、それから町の人達へと話は伝わっていきましたが皆さんの態度は今までと大して変わりありませんでした。
魔物は時々出ますが脅威になる程ではありませんし、魔族に襲われる事などありません。クロッドの方々は魔族がどういうものなのか、恐らく本でしか知らないと思います。
裕福ではありませんがそんな平和なこの町に生まれた勇者は騒ぐ程の事でしたが、勇者でなかったとしても落胆する事もない…そういう事なのでしょう。
不安を感じる事など全くありませんでしたが、この町を出て行かなくて済んだ事には安堵しています。
慣れた町で生活する方が楽ですからねぇ。
ただ、母上が時々「ヒロにゃん」と呼ぶようになったので、町の方も呼んでくる時があるのです…。それはちょっと不満です。
始めの頃は気遣ってくれる方も居ましたが、小生が勇者と間違われてこの世界に生まれた事を話した日から5年程経った今はすっかり元通りです。元通りというようりは何だか弄られる頻度が増したようにも感じますが…。
《女神の加護》を持っている転生者は今まででも極めて少ない上に、此方の世界に生まれる前に女神に会ったという事も覚えています。更には此方の世界に生まれてもそれ以前の記憶のある転生者という事もあり、例え間違われたとしても此方では勇者とやらになれるのではと姉上の指導は今までと変わらず厳しいものです…。お昼寝の時間を増やしたいのに…。
姉上の助力が大きいですが、依頼を多くこなして先日銅等級になりました。
日々扱かれた結果です…。
木等級では金銭の管理が大変だからというお話でしたが、それなら鉄等級で十分だったのではと思っています。
小生は相変わらず収納魔法を扱えないので、札は首から下げています。銅等級の依頼をこなせる人は収納魔法を覚える事が出来るので、万が一札を無くしたら金銭も失うと念を押されました。
札の再発行は出来ても金銭ばかりはどうしようもないのだとか。その為、必要以上は姉上に預けてあります。
買い物など滅多にしませんし、金銭が必要とは思えないので不便には思いません。姉上が好きに使ってくれても構わないと言ってあります。
「ヒロ君、ちょっと頼まれ事してくれない?」
「おや、どうかされたので?」
姉上に買い出しを言い渡されていたので八百屋に向かっていたのですが、途中で酒場のクラーラ殿に声を掛けられました。
姉上よりも迫力のある乳房を揺らして走ってきました。…重たくないのでしょうか。
「はぁ、…はぁ、ごめんね。呼び止めて。」
「いえ、構いませんが。頼まれ事…とは?」
「ちょっと王都まで行ってきて欲しいんだけど、サーシャは今日空いてるかなって、聞きたくて。」
「あぁ、姉上なら昼頃に戻りますよ。依頼を受けてガリアまで荷物を運んでいます。」
「お昼かぁ、…ヒロ君は移動魔法使えるんだっけ?」
「……一応は。」
「どうしても必要な物なんだけど…お願い出来ない?報酬には色付けるからっ。」
「…得意ではないので、時間が掛かってしまうかも知れませんよ?」
「急いでなんてワガママは言いませんっ。でも売り切れる前に行ってくれたら嬉しいなって。」
「分かりました、お話だけお聞きします。」
「ありがとうっ!今度、ご飯奢るっ。」
クロッドには一つしかない店が沢山あります。クラーラ殿が切り盛りしている酒場もその一つです。
規模は大きくありませんが組合もあるので、クロッドに立ち寄る冒険者は少なくありません。冒険者が休息や食事、出立の支度などで立ち寄る事が多い彼女の酒場は何時も賑わっています。
買い出しにはクラーラ殿の息子、ハワードが出ているのですが体調を崩して動けないのだそうです。…軟弱な。後で冷やかしに行ってやりましょう。
この近隣では王都にしか売っていないコルの実を買って来て欲しいとのこと。
詳しくは知りませんが、コルの実を水に漬けて寝かせておくと酒が出来るのだそうです。酒場で酒が無いのは困りものでしょう。
クラーラ殿には世話になっていますし、購入代金を預かって王都に向かう事にしました。
姉上に言い付けられた買い出しを済ませてから自室に戻ります。
姉上のように上手く出来ませんので、集中出来るように自室で発動させる事が多いのです。また落ちたらと思うと怖いのであまり多用はしませんが。
呪文なるものも教えて頂いたのですがその言葉を間違えないように気を付けていると失敗するので、シオドア殿が言うところの無詠唱で発動させます。
姉上に連れて行って貰ったので何度か王都には行った事があります。姉上やフレッド殿は自分の足で赴いた場所にしか移動出来ないと言っていたのですが、小生は見た事があり記憶に残っている場所であれば移動出来るようです。
王都に徒歩で移動した事は一度もありませんから。
「ヒロ君!今日はサーシャと一緒じゃないの?」
「……失礼します。」
「あん、冷たいなぁ相変わらずっ。一人なら好都合。お姉さんとデートしよ?」
「しません。」
移動魔法に成功して安堵していたので気付くのに遅れてしまいました。
人の話を聞かずに勝手に腕を絡ませてくるこの女性はカーラ。王都にある魔術師を育てる機関で教師をしているそうです。教師が昼日中に出歩いていて大丈夫なのでしょうか。…それよりも身体を擦り付けてくるのを止めて頂きたい。鬱陶しい。




