61話 Side T
クロガネが帰った数日後、アイツの魔力を感じた気がした。取り敢えず周囲を探ってみたがそんな気配はなかった。
寝るにはまだ早かったがリゼンもチビも寝室に行ったんで取り敢えずベッドに横になっていたんだが、何と無く気になって起きてみた。
家の中は静まり返っている。特に何時もと変らない。
一年にも満たない時間だったが、随分と馴染んでいたクロガネの事を思い出す。
必要以上に口を開かない癖に、堅苦しい話し方の黒猫。
足が速くて身体能力も高い、それでいてしなやかに柔軟な動きの出来る子供。猫だと聞いて納得したんだよな。
夜目も利くし鼻も利く。魚が好物で香辛料は苦手。少しでも時間がありゃ何処でも寝ちまう。リアムの飯が好きで、リゼンの膝が好き。…リゼンの膝で寛いでる様子は流石に引いたけどな。
俺が構うもんだから俺の事が苦手…その癖俺が撫でると嬉しそうにしやがる。
甘える時は顳顬を摺り寄せて来るし、嬉しい時は鼻先を触れさせて来る。黒猫だったら可愛いもんなんだろうが、自分が人間だって事忘れてんだろうな。ガキとは言え男にされても気持ち悪いだけだっての。
リゼンは気にしねぇし、リアムは撫でて甘やかしてたが…、可笑しいのは俺なのかと思った時もあったわ。
魔力が無いとか言う癖に無詠唱で扱いやがる。…まぁ不安定で扱えているとは言えないんだろうが。
アイツのおかげで無詠唱のやり方が分かったってのもあるから一応は感謝してるけどよ。
好物を狩る時はとんでもなく強い癖にそれ以外は怖いだとか言って逃げやがってたな。勝てる魔物からも逃げるってのはどうなんだよって思ったが、見慣れねぇ魔物は怖いんだろうってのをリアムに聞いてちっとは理解出来たな。
そういえば竜と会話までしてやがったなアイツ。何を話してんだかさっぱりだったけどよ。
「…お兄ちゃん?」
「あ?何だよ、眠れねぇのか?」
「ううん。何かさ、ちょっと前にクロガネの魔力感じなかった?」
「あー…、お前もか。俺とお前が感じたんならリゼンも感じたんだろ?」
「うん。迷子になってたら可哀想だからって外を見に行ったよ。」
「……窓からだな。」
「うん、窓から。」
外に出る為の扉は俺の居る台所を通る必要がある。あの野郎、一階に降りるのも面倒な程心配してんのかよ。…過保護な奴。
「お兄ちゃん、紅茶飲む?」
「おぉ、ストレートな。」
「分かってるってば。」
湯を沸かし始めたリアムの背中を眺めながらふと思う。リゼンも俺もチビの為なら戦う事は苦じゃねぇが、こんな魔物ばっかで人との交流の無い場所で生きてんのは何時か辛くなるんじゃねぇかって。
けど、人の中に居れば小さな怪我をする事だってあるだろう。コイツの加護が知られたらまた逃げなきゃならねぇ。
「なぁおいチビ。」
「なんだね、お兄ちゃん。」
「お前さ…。」
「ただいま。」
「あ、お帰り。どうだった?」
「恐らくゴートランドには居ない。コレに届いた魔力だったんだろう。」
俺の言葉を遮りやがったリゼンが自分の耳に触れる。通信の出来るカフス。
クロガネからの連絡だったのかも知れない。あんだけの魔力量があっても瘴気を越える事は出来なかったか。
ゴートランドの瘴気は魔力を遮断する場合が多い。理屈なんざ知らねぇが、瘴気の中じゃ魔法が使えなくなる時もある。
だから出るのも入るのも困難な島だと言われてんだよな。こんなところまでリアムを追って来るようなバカが居なくて助かるけどよ。
「お前、ゴートランド全域を調べたのか?」
「ん?あぁ、戻っていたらアイツ…泣くだろ。」
「まぁな、木の上に登って号泣だろうよ…くくっ。簡単に想像出来ちまうな。」
「…ふふっ、それだけ一緒に居るのが楽しかったって事だよね、お兄ちゃん。」
「ちっ、…そうかもなっ。」
「おぉ、お兄ちゃんが素直だ。明日は雪でも降るかな。」
こういう時だけ鋭いから厄介なんだよな、このチビは。
しっかし、ゴートランド全域を探知しやがるとは…流石リゼンってとこか。コイツ、やろうと思えば世界中全てを探知出来るんじゃねぇか?
対立する理由なんざねぇが、本当にもう勝てねぇんだろうな。会った時は五分五分くらいだったのによ。
「帰ったよって報告だったのかもね。クロガネかなって思ったから応えてみたけど、通じてないみたいだったんだ。無事に帰れたなら良いんだけど。」
「大丈夫だろ、何たって勇者様だぜ?」
「もう、お兄ちゃんはそうやって虐めるんだから。でも、クロガネが勇者様だったらすっごい緩い勇者様になりそう。」
「…それよりも世界を救うなんて面倒な事やらないだろ。」
「あはは、そうかも。でも魔王ってなんだろね?」
「さぁ、知らないな。魔将軍の一件以来、仲は悪いと思うがそんな奴は知らん。…魔将軍の仇と乗り込んで行く魔族は居た。何時からか人間を襲うのが常識となったのかも知れないな。」
「お前も魔族だろうが。」
「魔族とは言っても纏まっている連中の動向までは知らん。」
「纏まっている魔族が居るのか?」
「俺も詳しくは知らないが、家族のようなものじゃないのか?魔族と言っても弱い者も居るからな。」
ゴートランドの魔物は強い。何でも瘴気が溜まると魔物になるらしいが、此処は濃いから強いのだと聞いた。あれだな、結露みてぇなもんだろ。
普通の獣が瘴気に中てられて魔物化する場合もあるらしいが俺は学者じゃねぇから詳しくは知らねぇ。
そんな強い魔物から逃げて生活するのが難しい程弱い奴も居るんだろ。かといって人間の土地に移るのも危ねぇって事か。
「お前の知らないとこで国が出来てて魔王様が居るかも知れねぇな。」
「……無いとは言えない話だ。」
「おう、今のは冗談だわ。マジなトーンで返すなや。」
「そんな魔王様が居るなら倒さないで欲しいね。弱い魔族を守ってるって事だもん。」
「そうだな。」
「取り敢えず想像で話進めんのはやめろ。」
「あ、そうだ。お兄ちゃん、リゼン。クロガネの忘れ物。」
「無視すんなチビこら。」
「忘れ物?」
チビが収納魔法から取り出したクロガネの忘れ物は竜の鱗だった。こんなデカいもんを忘れるか?普通。
まぁアイツらしいけどよ。忘れ物なら有難く使わせて貰おうか。一部は会える機会がありゃ返してやらなくもない。




