39話
更に数時間馬を歩かせてから土手を降りていきます。馬に休息を取らせるとのことでした。
すっかり昼過ぎになり、空腹も感じ始めたので河原で昼食を摂る事になったのまでは良かったのですが、何で商人まで一緒に食べるんですか。
どうせだから一緒に食べようと姉上がお誘いしたのだそうですが、のこのことやって来るなんて厚かましい。
姉上が収納魔法から取り出して下さったパン、商人が提供してきた牛乳、小生が川で獲った魚。これらが今日の昼食です。魚を獲るのは人間の姿を取れるようになったディーも手伝ってはくれたのですが、足手まといでした。転んで濡れるだけで一匹も獲れていません。結局小生が人数分獲りました。
まぁ、魚を獲るのは得意なので苦ではありません。…ありませんが、何で商人の分まで獲ってあげなくてはならないのかっ。
姉上とフレッド殿が焚火の用意をして下さり魚を焼いて食べました。外での食事にしては豪華なのではないでしょうか。
商人は気に入りませんが牛乳に罪はありませんよね。至福です。
「見付けたぞ!」
「あ、お、お前たち…っ!」
食後の牛乳を楽しんでいると川の向こうから数名の男性が現れました。手には各々武器を持っています。
彼等が馬車を襲った賊だと言って商人は怯えていましたので、姉上とフレッド殿が商人を庇うように構えました。…が、どうにも違和感を感じるのですが…。
盗賊の全てを知っている訳ではないので知ったような事は言えませんが、盗賊とはもっと自信に満ち満ちているような人たちだったように思います。以前小生と姉上を逆恨みしてきた人たち、姉上と狩りに出掛けた最中に出くわした盗賊、時折酒場で暴れるクズ。どれも自分に自信があるといった風体で他人を見下した態度を取ってきました。
それなりに強かったのでしょうが姉上との力量差に気付かず返り討ちに合っていました。
食べるものが無くてどうしようもなくなって馬車を襲っている…そういう事なのでしょうか?
彼等の表情は必死過ぎます。
「今度は護衛まで雇いやがって…っ。覚悟しやがれ!!」
「ひぃぃぃぃっ!!」
「下がって!」
商人に向かって来る男性たちの前に姉上が出ます。素人の小生から見ても力の差は歴然。少しでも理解出来るのなら向かってなど来ないのでしょうが、彼等は分かっていないのでしょう。真っ直ぐ姉上に向かって退けと叫んでいます。
結局振り下ろされる刃は姉上の槍でいなされ、体勢を崩したところに一撃をお見舞いされてしまいました。
フレッド殿も商人と姉上に向かう凶刃を剣で弾いて殺さないように柄で一撃。何となく不服ではありますが、姉上より強いのかも知れません。
「ぐ…っ、くそ…っ。」
「諦めて投降して。…悪いようにはしないから。」
「は、早く仕留めて下さいよっ。野放しにしたら私以外にも襲われる人が…っ!」
「野放しにはしませんよ。次の街で引き渡します。」
「……え。い、いや、でも…っ。」
「馬車に、乗せて貰っても良いですか?この人数を歩かせると日が暮れてしまいますし、サーシャの移動魔法では此処から移動出来る場所がありません。積み荷は多くないようですし…駄目ですか?」
「あ…、…その…、では、さ、猿轡を噛ませて下さい。叫ばれて仲間が来たらと思うと怖いですっ。」
姉上とフレッド殿が戦っている間、ディーはまた怖がって羊の姿で小生にしがみついていました。牛乳が飲み難かったです。
ディーからまた涼しい顔をしてと理不尽に文句を言われましたが魔物でもありませんし、姉上にも劣る人間に怯える必要が何処に?
ものの数分で制圧された賊たちは縛り上げられ、商人の希望に因って猿轡を噛まされました。叫ばれて仲間を呼ばれたら怖いから、そう仰っていましたが…姉上とフレッド殿が居れば恐るるに足らず。我が姉上を甘く見ないで頂きたい。姉上が本気を出したら小生の目でも追い切れるかどうか…、…まぁ本気の姉上を見た事はありませんがね。
武器を取り上げられた賊ならばそれ程怖くないと言って商人は一人で馬車に移動させていました。小生たちには食事の片付けを頼んで。
「…姉上、もしかしてあの匂い…。」
「大丈夫。ちゃんと分かってるから。街までもう直ぐだから、今まで通りに…ね?」
何となくの違和感でしか無かった匂いが彼等の襲撃で確信に変わります。商人から嫌な感じがしたのもその所為かも知れません。
姉上にだけはお話しておこうかと声を掛けると、唇を人差し指で押さえられました。最後にウインクまでされてしまったので、姉上は小生が口を出さずとも理解しておられるようだと理解しました。
ガタガタと揺れる馬車を不審に感じましたが賊が暴れているだけなのでしょう。だからこそ一人で移動させなくても良かったでしょうに…、…乗せているのは余程大切な積み荷なんだと思います。
ディーはまだ羊のままではありましたがいそいそと姉上にくっ付いて行き、姉上と一緒に馬に乗りました。…小生の姉上にくっつき過ぎです。
道中、馬車は何度も揺れていました。道の悪さで揺れるというよりは内部で誰かが暴れているような揺れでしたので、賊が逃げようと暴れているのだと思います。
商人は気になって仕方がないのかフレッド殿にあれこれと話し掛けています。顔を覚えられたから報復されたらどうしようだとか、彼等を救う為にもっと多くの仲間が襲ってきたらどうしようだとか、賊なのだから騎士団へ引き渡すより始末してしまった方が得策ではないか…などなど。
全てにフレッド殿は丁寧に対応していました。お人好し…否、お優しいのですね。
「大丈夫ですよ。もし縄を解いて暴れたらまた制圧します。仲間が襲ってきても制圧します。ご安心下さい。」
「で、ですが…っ!」
「此処から先は一本道ですし、道幅も狭くない。夕方前くらいには到着出来ると思いますし、ちゃんとこの先のアーラルまでは送り届けます。目的地はアーラルなんですか?」
「あ、いえ…、…中継地点と言いますか…。」
「そうですか。何にせよちゃんとお守りしますから、ね?」
「はい…。」
商人の声はまだ納得いっていない様子でしたが、これ以上食い下がっても無駄だと理解したのかフレッド殿に話し掛ける事もせず商人はその先ずっと黙ったままでした。それで良いです。




