第一部:共鳴する業(ごう)と契約 6話 【逃亡者の領域】
久しぶりの街だ。高揚する気持ちを抑えられない。
「ようやくまともな生活……!」
意気揚々と車から出ようとする身体は、ジークの冷ややかな一言で停止した。
「お前、ギルドで指名手配が敷かれているぞ」
「……あー、ですよね」
一気に気持ちが落ち込む。現実は甘くない。だが、ジークは車を止めようとはしなかった。そのまま街を突き抜け、この街で一番といっていいほど豪華なホテルの前に車を停めた。
周囲の街並みとは明らかに異質な、要塞のような佇まい。警備の数も厳重で、近づく者すべてを威圧するほどだ。
「このホテルならギルドの連中は手を出せない。こい」
ジークに言われるまま、クロエは戸惑いながらも追従する。ホテルに入ると、ロビーの喧騒を避けてエレベーターへ向かい、最上階へと上がった。
部屋へ入るなり、クロエは逸る気持ちを抑えきれずに聞いた。
「シャワーは?」
「突き当たりだ」
案内されると同時に、クロエはすぐさまシャワー室へ向かった。一週間ぶりの湯だ。蛇口をひねれば温かな湯が溢れ、浴室はすぐに蒸気で満たされた。
湯船に浸かると、身体の芯までこびりついていた隔離区域の汚れが溶け出していく。極上の癒やしに、クロエの口からは自然と鼻歌がこぼれた。
一方、部屋に戻ったジークは、浴室から聞こえる水音を一瞥したあと、手早く携帯を取り出した。
「……ああ、予定通りだ。しばらくこっちで行動をする。何かあれば連絡しろ」
短くそう告げ、浴室から出てくる気配を察知した瞬間に通話を切った。
扉が開き、湯気と共にクロエが姿を現す。バスタオル一枚を無造作に巻き付けただけの姿に、ジークは眉間を寄せた。
「お前は恥じらいというものがないのか?」
ジークは呆れたように視線を逸らし、ソファに用意させておいた衣服一式をクロエへと投げつけた。そのまま自分もシャワーを浴びるべく、足早に浴室へと消えていく。
クロエは投げられた服を受け取り、身体をさっぱりさせた心地よさを噛み締めながら、鏡の前で袖を通した。
用意されていたのは、逃亡生活用とは思えないほど上質な生地の服だ。ふかふかのベッドの端に腰を下ろすと、先ほどまでの高揚感が、不思議な静寂と疑問に変わっていく。
「……ジークっていったい何者なの?」
誰に聞かせるでもなく、その疑問が口から滑って出た。
ただの観測者? 隔離区域に私兵を持つ男? 指名手配さえ無力化する権力。彼といると、自分がまるで巨大な渦の中心に引きずり込まれているような感覚に陥る。
浴室から響くシャワーの音を聞きながら、クロエは自分の心臓が、恐怖ではなく別の何かで高鳴っていることに気づいてしまった。この男と一緒にいる限り、自分の人生は二度と元には戻らない。そう理解していても、今はただ、この柔らかなベッドの感触と、ジークがもたらす「共鳴」の温もりだけが、唯一の現実のように感じられた。




