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第三部 最期の純愛 42話 【死線への跳躍】

「いくぞ、クロエ!」


ジークの叫びは、ホールに渦巻く破壊の咆哮をかき消した。彼はクロエを片腕でしっかりと抱き寄せると、己の身から放たれる紅と黒の霧を濃密に練り上げる。それは単なる防御壁ではなく、クロエを守るためだけに最適化された、ジーク自身の魂の籠城だった。


怪物の巨体が、圧倒的な質量で迫る。触手が大気を切り裂き、鋭い風圧が頬を掠める。しかし、ジークは一切の躊躇を見せない。


「(俺の世界に、お前が必要だ。それ以外の理由は要らない)」


ジークの胸の内で渦巻くのは、支配者としての冷徹な計算ではない。ただ一人の女を失うことへの、狂おしいまでの拒絶。彼にとってのクロエは、かつて自分が捨てたはずの「人間らしさ」を繋ぎ止めてくれる唯一のいかりだった。もし彼女がここで消えるのなら、彼にとっての世界など、灰と塵に過ぎない。


クロエはジークの腕の中で、迷いを捨てていた。彼女は漆黒の刀の柄を強く握りしめ、自身の前方に切っ先を向けて構える。


「ええ。……一緒よ、ジーク」


その言葉を聞いた瞬間、ジークの全身から放たれる霧が爆発的に膨れ上がった。彼は崩れゆく床を蹴り、巨大な怪物の中心、その脈動する核へと向かって一直線に身を躍らせた。


周囲の景色が歪む。迫り来る無数の触手を、ジークは霧の刃で強引に引き裂き、弾き飛ばす。クロエを包む霧の中に、敵の攻撃は届かない。ジークの背中が、圧倒的なまでの頼もしさと、狂気じみた執念を纏っていた。


二人の姿は、闇の中に切り込まれた一条の赤い線となって、怪物という名の深淵へ吸い込まれていく。その跳躍は、死と引き換えの覚悟か、あるいは未来への執着か。


ジークはただ一点、怪物の中心にある「核」を見据えていた。そこに愛する者が取り込まれたなら、たとえ地獄の底であろうと、自分の手で引きずり出すまでだ。


二人の影が怪物の巨大な肉塊に重なった刹那、世界が光と闇の混濁に飲み込まれた。

 

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