第三部 最期の純愛 40話 【引き裂かれる運命】
「何をしたぁぁぁっ!?」
将軍ガイルの絶叫がホールに響き渡る。クロエは妖艶に微笑み、静かに刀を抜いた。その切っ先が空を裂いた刹那、周囲を囲んでいた兵士たちの命が、血飛沫と共に根こそぎ刈り取られた。
「壊したのよ。すべてをね」
クロエの言葉を合図に、ジークが弾丸のように駆け出す。ガイルが腰の銃に手をかけるよりも早く、ジークの赤と黒の霧が触手となって将軍の四肢を縛り上げ、宙に吊り上げた。
制圧を終えたジークは、ゆっくりと「プロジェクト・イヴ」――クロエの前世が封じられた巨大ポッドへと歩み寄り、その中に揺蕩う異形の姿を細めた目で凝視する。クロエの胸に、言いようのない痛みが走る。ジークが過去に囚われてしまうのではないかという恐怖。しかし、ジークはクロエに向かって優しく手招きをした。
「クロエ。……過去を抱え込むな」
「ジーク……貴方は、」
言いかけた唇を、ジークが自身の口づけで塞いだ。漏れた吐息さえも飲み込むような、深い接吻。
「俺にとっては過去だ。今、俺の隣にいるのはお前だけだ。お前以外は見ない」
ジークはクロエの瞳を真っ直ぐに見つめ、断言する。クロエは涙ぐみながら頷き、ポッドの接続部に浄化のための時限装置を取り付けた。
「な、何を……しているのかね……ッ!」
霧に縛られながら、ガイルが血走った目で声を絞り出す。クロエは冷ややかに、そしてさらりと答えた。
「何もかも、壊すのよ」
「ならば……ッ! お前も、道連れだァッ!」
ガイルが執念で握りしめていた起爆スイッチを押し込んだ。
轟音と共に、施設の深部で巨大な機械が唸り声を上げる。目の前の生物ポッド内の液体が沸き立ち、中にいた『彼女』の姿が凄まじい速度で変貌を遂げ始めた。
その瞬間、クロエは全身の魂を根こそぎ引きずり出されるような激痛に襲われた。
「くあぁぁぁあぁぁっ!!」
クロエの悲痛な叫び声に、ジークが鬼気迫る表情で駆け寄る。
「魂を持っていかれるな、クロエッ!!」
「すべて……こわして……」
ガイルが嘲笑と共に呟いた瞬間、ジークの握りしめられた拳から放たれた黒と紅の霧が、将軍の存在そのものを跡形もなく飲み込み、消し去った。しかし、クロエは胸を押さえ、床で激しくもがいている。
「クロエ、俺を見ろ! 俺から目を逸らすな!」
ジークは彼女の頬を両手で包み込み、強引にその意識を自分に向けさせる。クロエの瞳から光が失われ、意識が急速に深淵へと沈んでいく。
「じーく……わた、し……」
彼女の声が消え入る背後で、生物ポッドが粉々に砕け散る。
そこから現れたのは、もはやかつての姿を留めない、殺意と歪みに満ちた怪物へと変貌を遂げた『彼女』だった。覚醒した災厄の咆哮が、地下深くの聖域を激しく震わせた。




