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第一部:共鳴する業(ごう)と契約 3話 【境界を越えて】

自身の意志に反して身体を駆け巡る不可思議な感覚に、クロエは言葉を失っていた。この現象は『共鳴圏』。外の世界から完全に切り離された絶対的な領域であり、ギルドの監視も、死の恐怖さえも及ばない場所。ただ、目の前の男が放つ赤と、自身の黒が混ざり合う、歪な安らぎだけがそこにはあった。


男の熱が、彼女の神経を麻痺させる。彼はクロエの耳元で、冷ややかな、だが確かに熱を孕んだ声で囁いた。


「俺はただの観測者だ。……だが、今この瞬間からは、お前の『逃げ道』と言ってもいい」


クロエが息を呑むと、男は淡々と告げる。


「ギルドの連中は、お前を排除することにしたらしい。あえて隔離区域に放り込んだのは、そのためだ」


その言葉に、クロエの眼光が鋭く走った。薄々感づいていた真実を、目の前の男にあっさりと口に出され、彼女の腹の底に冷たい怒りが渦巻く。


「……それで、貴方は? 私に何か用があったってこと? 何をさせようってわけ」


男は彼女の顔を覗き込み、少しだけ目を細めた。その瞳の奥には、彼自身もまだ名付けられない、古くからの執着と新たな情熱が混ざり合って揺れている。


「いや、共鳴が起きたことが証拠だ。お前は俺の同類といってもいい」


銀髪の男の言葉に、クロエは戸惑いを隠せない。


「……どうるい? ……なんのこと」


何を言っているのか理解できない。だが、その言葉は、凍りついていたクロエの心に不思議なほど心地よく響いた。


「さて、こんな異形がはびこる果ての地で死にたくないなら付いてこい」


男は握っていたクロエの手首から不意に手を放すと、振り返りもせずに来た道を戻り始めた。


「待って。貴方、貴方の名前は?」


背中越しに響く声に、男は足を止めず、短く応える。


「俺は、ジークだ」


こうして、絶望という名の死地において、クロエは「共鳴」を起こすことのできるジークという男と出会った。

灰色の空の下、赤と黒の霧が彼らの足跡を塗り潰していく。クロエはブーツの踵を一度だけ強く鳴らすと、逃げるように、しかしどこか確信を持って、その銀髪の男の背を追った。


物語は、灰色の隔離区域を抜け、さらなる混沌の淵へと踏み出していく。


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