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第三部 最期の純愛 34話 【深淵からの帰還】

「ジーク、力が……おさまら、ない……っ!」


クロエの身体から溢れ出す黒い霧が、周囲の空気を歪ませる。ジークはバイクの振動すらも無視し、全速力で湿地の先にある古びた遺跡へと滑り込んだ。


石造りの回廊にバイクを止めると、ジークは震えるクロエを抱き下ろした。すでに彼女の肌には異形特有の紋様が薄っすらと浮き出ている。ジークは迷わず、枯れ果てた噴水の縁まで彼女を連れて行くと、自らの内に眠る赤と黒の霧を解放し、クロエを包み込んだ。


「ジーク、わ、た、し……っ」

「大丈夫だ」


ジークの言葉は、氷のように冷たい焦燥を焼き払うほどに力強い。暴走の兆しを見せ、周囲の空間すら喰らい尽くそうとしていた彼女の霧を、ジークの霧が粘り強く、しかし強引にねじ伏せていく。


ジークの放つ圧力が、爆発の難を逃れさせた。


「ゆっくり深呼吸しろ。俺の呼吸に合わせろ」


ジークの指示に従い、クロエは必死に息を吸い込み、吐き出した。何度か繰り返すうちに、荒れ狂っていた胸の鼓動が、ようやく本来のテンポを取り戻し始める。


クロエの瞳に宿っていた漆黒の光が薄れ、いつもの澄んだ色が戻ってきた。しかし、彼女の表情は泣き出しそうなほどに脆く、痛々しい。


「……ねぇ、このまま突入して大丈夫なの? 私のせいで、無関係な人たちが巻き添えになったら……」


恐怖と罪悪感に濡れた瞳を向ける彼女を、ジークは迷いなく強く抱きしめた。


「俺がいる限り、大丈夫だ。……もしお前が溢れそうになっても、俺が必ずその身を張ってでも止めてやる」


ジークの力強い包容と、一切の迷いがない言葉。その温もりに触れた瞬間、クロエの中で張り詰めていた糸が溶け、ようやく心に平穏が戻ってきた。


彼女はジークの胸に額を押し付け、小さく震える声で問いかける。


「……ねぇ。私で、本当に良かったの? こんな化け物のような力を持つ、私で……」


それは、彼女が心の奥底に抱え続けてきた、最大のコンプレックスだった。ジークは彼女の肩を掴み、その瞳を真っ直ぐに見据えた。


「俺は、お前以外いらない。お前がいれば、それでいい」


それは支配者としての冷徹な意志ではなく、たった一人の男としての、逃げ場のないほど切実な渇望だった。


自分という存在を、まるごと肯定してくれる言葉。

それを聞いたクロエの表情から、ようやく重たい影が消えた。彼女はジークの胸の中で、今日一番の安らぎに満ちた、柔らかな笑みをこぼした。

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