第三部 最期の純愛 33話 【目覚める災厄】
ジークから告げられた決行の日は、予想よりも早かった。サリエールの境界へ向かうには、異形が群れをなす死の湿地帯を突破しなければならない。準備を整えた二人は、隠れ家に置いていたクラシックカーを離れ、それぞれオフロード仕様のバイクに跨った。
「バイクなんて、久しぶりね」
「これならお前の刀も使えるだろうし、戦術の幅が広がる」
ジークの言葉に頷き、クロエがアクセルをふかす。甲高いスキール音と共に、二台のバイクは湿地帯の泥を跳ね上げて発進した。
湿地帯に足を踏み入れた瞬間、二人はその異形の多さに息を呑んだ。インカムを通して、エンジンの爆音の中でも鮮明に声が届く。
「中央突破する?」
「それが一番早いな。……付いてこい!」
ジークが先頭を走り出す。彼の身から溢れ出す赤と黒の霧は、行く手を塞ぐ異形を物理的な質量をもって消し飛ばしていく。クロエもまた、アクセルを回しながら片手で銃を抜き、背後から迫る異形を正確に射抜いた。
その時、地響きと共に、ひときわ巨大な個体が二人の行く手を阻むように現れた。泥を跳ね上げながら突進してくる巨体を避け、二人はバイクを横倒しにして飛び降りる。
「さて、どう料理してやるか」
クロエは即座にバイクから離れ、漆黒の刀を抜き放った。
「お前は後ろに回れ。前で俺が注意を引く。その隙に斬れ」
ジークの指示に即座に反応し、クロエが泥地を疾走する。ジークは両手に赤と黒の霧を収束させ、大型個体の目前でエネルギーを爆発させた。凄まじい衝撃に異形の意識がジークへと引きつけられる。
その一瞬の隙を見逃さず、クロエは異形の太い脚を足場にして駆け上がった。重力を無視したような跳躍で頭上へと肉薄し、迷いなく一刀を叩き込む。
大型個体が咆哮を上げて身体をくねらせる。崩れた体勢に、今度はジークがエネルギーを纏った拳を正面から叩き込み、巨体が轟音と共に倒れ込んだ。
トドメとばかりにクロエが舞い降り、その背から心臓を一突きにする。とどめとして、クロエの中の黒く禍々しい霧を、傷口に直接ねじ込んだ。
……終わるはずだった。だが、今回は何かが違っていた。
「え……? なんで……」
クロエの指先から溢れた黒い霧は、異形の死体へと流れるどころか、逆巻く触手となってクロエ自身の身体を激しく巻き付け始めたのだ。
「クロエ!」
霧は意思を持つかのように周囲へ拡散し、死肉を漁りに集まってきた群れへと伸びていく。触手が触れた異形たちは、一瞬ののち、内部から崩壊し、跡形もなく塵へと化した。
「ど、どういうこと……? わたし、こんなこと……」
動揺を隠せないクロエを、ジークは迷わず抱え上げた。そのまま倒れていたバイクへ飛び乗り、強引にアクセルを回す。
「待って、このままだとジークまで取り込まれる……!」
「俺のことは気にするな!」
ジークは咆哮するように言い切り、荒い操作でバイクを走らせる。しかし、クロエの震えは止まらない。自身の内側から溢れ出す、制御不能な「異形」の気配。予定していた直進ルートはもはや危険と判断し、ジークは荒れ果てた湿地の先に浮かぶ古い遺跡へと、針路を強引に変更した。




