第三部 最期の純愛 29話 【古き良き浪漫】
「とりあえず、報告が来るまでは、あそこの拠点で小休止だ」
ジークが指差したのは、林の奥深くにひっそりと佇む、重厚な造りの洋館だった。長年の霧と蔦に覆われながらも、その佇まいには隠しきれない気品がある。
「残念なことにシェフはいないがな」
そうおどけて付け足すジークに、クロエは思わず笑みをこぼした。緊迫した逃亡生活の中で、彼が時折見せるこうしたおちゃめな一面が、彼女の心を柔らかく解きほぐしてくれる。
洋館の扉を開けると、クロエは小さく感嘆の声を漏らした。埃一つなく、手入れの行き届いた調度品が整然と並んでいる。どうやら今は二人以外、誰一人いないようだ。
「ここは、たまにオークションや密会で使う拠点だ。……こっちだ、入れ」
ジークに手招きされ、重厚な扉の向こうの部屋へ足を踏み入れる。そこには、部屋の主役であるかのように巨大な暖炉が鎮座していた。
ジークは、慣れた手つきで暖炉に火を入れる。すると、パチパチと薪が爆ぜる音が室内に響き、柔らかい炎の光が瞬く間に部屋を包み込んだ。先ほどまでの冷たい外気とは打って変わった、居心地の良い温もりが広がっていく。
冷えた身体が少し温まったところで、ジークは部屋の隅に積み上げられたプレゼント箱の山へ歩み寄った。
クロエはその様子に興味をそそられ、箱の一つを指差す。
「これは……?」
「ああ、オークションの戦利品だな」
ジークは長い指で器用にリボンをつまみ上げると、するりとほどいた。クロエの前に差し出された箱の中から現れたのは、冷たい黒鉄の質感を纏った一丁の銃だった。
クロエはそれを手にとり、不思議そうに眉をひそめる。
「銃? ……でも、ずいぶんと骨董品な気がするわ」
彼女の指摘通り、それは旧時代の火薬を用いる、今では博物館や一部の狂信的なコレクターが喉から手を出すほど欲しがる代物だ。最新のエネルギー兵器が溢れるこの世界では、もはや殺傷能力よりも美術品としての価値の方が高い。
「浪漫があると思わないか?」
ジークは楽しそうに、少年のような笑みを浮かべた。
最近、クロエの前で見せるこの穏やかな表情に、彼女は胸の奥がくすぐられるのを感じる。裏組織を牛耳り、世界を敵に回す男の顔ではない。その冷徹な仮面は、アキラやカグヤの前で見せるものであり、クロエに見せることはあまりないものだ。
クロエだけに向けられるその柔らかい顔は、彼女にとってどんな宝石よりも価値のあるものだった。
「浪漫、ね……。でも、確かに嫌いじゃないわ」
暖炉の炎が二人の横顔を照らし出す。血の匂いから遠ざかった、つかの間の、そして何よりも贅沢なひとときだった。




