第二部 真実の対峙 16話 【支配者の肖像と、市場の喧騒】
ジークが要塞のガレージから引っ張り出してきたのは、古めかしいが手入れの行き届いたクラシックカーだった。エンジンが野太い音を上げ、二人はデリフの街へと繰り出す。サリエールでは指名手配犯だったクロエだが、国境を超えればその影は届かない。
だが、窓の外に広がる街並みは、彼女が期待していたような活気に満ちたものではなかった。すれ違う人々は皆、一様にどこか暗く、疲弊した顔つきをしている。
「なんだか、元気のない街ね」
クロエの問いかけに、ジークはハンドルを握ったまま淡々と答えた。
「デリフはどこもおんなじ様子だ。まだ、ここは活気のある方だよ。食料も衣類も住居もあり、市場もある。基本的には何でも手に入る……裏でもな」
不穏な響きを持つ言葉にクロエが小さく眉をひそめる。しかし、車が市場の入り口まで近づくと、そこだけは別世界のように熱気を帯びていた。
「降りるぞ」
車を停め、ジークに促されて外へ出た瞬間、商人たちが獲物を狙う獣のような速さで二人を取り囲んだ。
「お嬢ちゃん、どこから来たの?」
「これ、珍しい品だよ! 見ていかないか?」
「いい車だな! いくらで売るんだ?」
凄まじい喧騒にクロエが圧倒されていると、ジークが苛立たしげにこめかみを押さえた。
「離れろ。……俺を忘れたか?」
ジークが低い声で言い放つと、商人たちは一斉に動きを止めた。彼らがジークの顔を直視した瞬間、騒がしかった市場に奇妙な静寂が訪れる。そのとき、少し離れた場所にいた子供が、希望に満ちた声で叫んだ。
「ジークが帰ってきた!」
その声が合図だったかのように、商人たちは一斉に左右へ道を開けた。畏怖と、それ以上に深い敬意が入り混じった空気が、市場を支配する。
「貴方、有名人なの?」
「この町は俺の支配下にある、というだけだ」
ジークは周囲の視線を気にも留めず、淡々と言い捨てて衣服屋へと足を踏み入れた。店内に入ると、彼はクロエの身なりを値踏みするように一瞥し、短く告げる。
「だいぶボロボロだろ。新調したらいい」
言われるままに服を選び始めたクロエは、次第に高揚感に包まれていった。今まで手にしたこともないような上質な生地、洗練されたデザイン。気がつけば、クラシックカーの後部座席はクロエの戦利品で埋め尽くされていた。
「あ、あの……こんなに買っていいの? お金とか……」
少し遠慮がちに尋ねたクロエに対し、ジークは呆れたように肩をすくめた。
「金のことか? 気にする必要はない。……少なくとも、俺といるならな」
その言葉には、個人の資産などというレベルを遥かに超えた、確固たる経済力が滲んでいた。自分の背後にいる男が一体何者なのか。その底知れなさを改めて実感しつつ、クロエは戦利品の山に囲まれて少しだけ微笑んだ。要塞での生活が、少しずつ彩りを持ち始めている。




