第一部:共鳴する業(ごう)と契約 10話 【追放者のレクイエム】
国境を越えることは、もともと至難の業だ。しかし、ジークの裏工作によってある程度の「逃げ道」は確保されていたはずだった。
だが、事態は急変した。これまで影を潜めていた勢力が突如として表舞台に立ち、強硬な圧力をかけ始めたのだ。その結果、王国「サリエール」のギルドは、ジークとクロエを即座に「追放」し、かつ「賞金首」として全土に指名手配することを確定させた。
サリエールの地を踏んでいる限り、彼らはギルドのランカーだけでなく、国中の野心家たちから命を狙われることになる。
ホテルの最上階、重苦しい空気が漂う部屋で、アキラとカグヤが深刻な表情でタブレットをジークに差し出す。
「ボス、サリエール全域のギルド支部から『最優先排除対象』として通達が回りました。ギルド直属の部隊も、すでに国境付近の検問所を封鎖し始めています」
アキラの報告に、カグヤが短く補足する。
「表に出てきた勢力は、どうやら将軍派の連中です。アイツらが手綱を握った以上、もう裏からの工作は通用しません」
窓から外を覗けば、街の至る所にギルドの紋章を掲げた警備兵たちが展開し、厳戒態勢を敷いているのが見えた。
クロエは窓辺に立ち、握りしめた拳を震わせた。
「……追放、か。たった一週間前までは、ここで平和に暮らしていたはずなのに」
怒りと虚しさが混ざり合う。だが、ジークは焦る様子もなく、淡々と地図を折りたたんだ。
「絶望するのはまだ早い。奴らの管轄はあくまで『サリエール』国内のみだ。この国の法が及ばない国境の彼方へさえ出れば、追跡の鎖は断ち切れる」
ジークがクロエの肩に手を置く。その手は冷たく、しかし確かな熱を宿していた。
「要は、境界線さえ超えてしまえば勝ちだということだ」
「それが一番難しいんでしょう? 国境は今、鉄の檻になっているのよ」
「……だからこそ、普通のルートは使わない」
ジークはアキラとカグヤを一瞥し、不敵な笑みを浮かべた。
「最短距離で、最も守りが堅い場所を突き抜ける。それが一番の近道だ」
死地を脱するための、狂気じみた賭け。クロエはジークの瞳の中に、迷いのない意志を見た。自分たちは今、歴史の表舞台から消されるか、あるいは境界を越えて新たな運命を切り拓くかの分岐点に立っている。
「……わかったわ。ジーク、貴方の賭けに乗る」
クロエが覚悟を決めた瞬間、ホテルの階下で爆発音が響いた。ギルドの追手が、ついに牙を剥いたのだ。逃亡と、真実を巡る闘争の幕が、再び上がった。




