第368話 樹海戦、再び
前を塞ぐトカゲだけをなぎ倒して、とにかく前に進む。
すると、突然森が開けて大きな建物が現れた。明らかに人工物で、堅牢な石造りだった。
「リオネルどの! あの建物の中にシルヴィアどのがいる!」
ドラードが叫んだ。リオネルは、トカゲの首を斬り飛ばすと、建物に向かって突進した。
建物の入り口から、キマイラが飛び出した。リオネルの前に立ち塞がる。
「この先へは行かせないよっ!」
「―ワオ〜ンっ!」
ドラードが遠吠えをした。キマイラは魔法盾を現出させた。その魔法盾に物理的に衝撃が走った。ドラードが放った目に見えない衝撃波だった。
そのときには、いつの間にかキマイラの背後に回ったカリーナが剛剣を浴びせていた。鎌首を回した蛇が炎を吐く。カリーナは、俊敏な身のこなしでそれを避けた。
「リオネルどのっ! 今のうちに進め!」
ドラードの呼びかけに、リオネルは前進を再開した。しかしすぐに立ち止まった。サムディがいたからだ。
「これはこれは、皇帝陛下。自ら首を差し出しにお見えになるとは、なんとお情け深いことか」
「リオネルさまっ、お下がりください!」
ギーが主をかばうように前に出た。だが相手は空間を操る魔獣だ。とうてい敵う相手ではない。それでもリオネルは、ギーの隣に並んだ。
「ギー。一人で戦うな。俺もまぜろ」
「リオネルさま!?」
ギーは左眼を瞠った。リオネルは微笑んでみせた。
「いいんだ。ここで倒れれば、それまでのことだ」
「リオネルさま…」
「俺たちも忘れちゃ嫌ですよ」
ギャスパルとピエールも、ピタリとリオネルに寄り添った。
「死なばもろともです」
「ギャスパル! 不吉なことを言うな」
ギーが叱りつけた。
「何が何でも、リオネルさまをお守りするんだ」
「……俺は、いい部下を持った」
リオネルは、剣を握り直した。
「よしっ! 行くぞ!」
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エーヴの細剣が一閃すると、トカゲの首がポロリと落ちた。間髪入れず次のトカゲに斬りつける。返す剣で更にもう一匹。
流れるように剣が閃く。そのたびにトカゲは斃されていく。速さ、正確さは比例なく、超一流の剣士であることを証明していた。
「エーヴ! 前だけを見ろ!」
傍らで斧を振るうサイノスが怒鳴った。
「一刻も早くセリーヌを助けるんだ」
「わかってるよ!」
怒鳴り返したエーヴが立ち塞がるトカゲに一撃を与えようとした、そのとき。トカゲの間を縫うようにしてカマキリが走り寄ってきた。
片手だけの鎌をエーヴに振り下ろす。ガシッという刃の噛み合う音が響いた。
「サイノス…!」
寸前で鎌を受け止めたのは、サイノスだった。
「……あのときの犬牙族だな」
カマキリのランディは、いったん鎌を引いた。
「この傷の仇を取らせてもらうぞ」
手首から先がない手をかざす。傷口がパカっと開くと、血がしたたり落ちた。一滴一滴がカマキリを形どった。
以前は、小さなカマキリの群れに身体中を斬り刻まれた。しかし今はそのときのサイノスではない。
手にした大斧が光り輝いた。地面の土がもこもこと盛り上がる。それは、人の形となった。それは巨大なゴーレムだった。
ゴーレムは小さなカマキリを片っ端から潰し始めた。巨大な拳が振られるたびにどろっとした土がカマキリを覆い圧殺していく。
「……六将星とかいうゴロツキの魔法か」
ランディは、大きな血の塊を作った。それは膨張し巨大なカマキリとなった。血のカマキリはゴーレムに斬りつけた。ゴーレムの腕が飛んだ。
しかしもう片方の手は血のカマキリの首を掴んでいた。力任せに捩じ切る。ゴロンと逆三角形の頭が転がり落ち、バサっと血へと戻った。
ところが首を失くしてもカマキリは動きを止めない。両手の鎌を振ってゴーレムに攻撃を続けた。ゴーレムは斬り刻まれていく。
ゴーレムは遂には土へと帰っていくかと思われたそのとき。突如土の壁が地面から突き出すと、血のカマキリを覆ってしまった。壁は一気に圧縮し破裂音と共に消滅した。血のカマキリは、跡形もなく消え失せていた。
「―カマキリ。お前の魔法はビルキースには通用しないぞ」
サイノスは、斧を肩に担ぎ、鋭い視線を向けた。それでもランディの無表情は変わらなかった。
どこかで爆発音がした。
至宝天の誰かが戦っているのに違いないと、サイノスは遠く思った。
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突然、目の前を霧に塞がれた。
その霧は、もこもこと膨れ上がり霧の巨人へと姿を変えた。巨大な矛を取り出す。
「なにこれ? なにこれ? ね、ジュスタン、知ってる? 知ってる?」
アルミーダが質問を連打した。弓になっても、お喋りは止まらないらしい。
「よぉく、知ってるよ。メルクルディという魔獣の魔法さ」
霧の巨人がジュスタンに迫る。ジュスタンは左右を見回した、
「サンドラはどこかな?」
「どうして? どうして? なんでサンドラがここに出てくるの? ね? どうして?」
「前は、彼女の番になったアルマトゥーラさまが霧を凍らせてくれたんだよ。だから頼もうと思って」
「ヒドい! ヒドい! わたしだって、六将星だよ!」
「それじゃあ、アルミーダ。なんとかしてくれ」
「任せて! 任せて!」
黄金の矢が現出した。雷光に包まれている。ジュスタンは、素早く弓につがえて放った。
矢は雷光を引きながら霧の巨人に吸い込まれた。閃光が四方に走る。唐突に爆発した。霧は綺麗に消えていた。
「―ジュスタン〜っ!」
メルクルディが現れた。表情がないのに怒りは伝わってくる。
「六将星なんか連れてきて、ズルいよ〜っ!」
「知らないよ。こっちは、魔法が使えないんだ。ズルいといえば、そっちが先じゃないか」
「わたしは、いいのっ! 七曜珠なんだから、何したって許されるのっ!」
「……七曜珠ってのは、我儘者の集まりだな」
「ジュスタンっ。大人しく殺されろ!」
再び霧が発生した。今度は小さく圧縮する。水玉が浮き上がり、超高速で射出された。紅烏団のパトリスが得意とする指弾を何百倍も増強した水滴弾だった。
水滴弾の乱れ撃ちで、森はまたたく間に破壊された。太い幹は穴だらけになり次々と倒れた。倒木が折り重なって更に倒木が増えていく。
しかしジュスタンは、無傷だった。
雷光のドームに覆われて尽く水滴弾を阻んでいた。
「ジュスタン! ジュスタン! のっぺらぼうに一撃をお見舞いするよ!」
ジュスタンは、アルミーダに促されて、黄金の矢をつがえた。天に向かって射る。
雷光に包まれた矢の周りが大きく膨らんだ。そして地上へと雷撃が雨のように振り注いだ。それは、水滴弾を弾き倒木をなぎ倒し、一帯を破壊し尽くした。
「……やったか?」
静寂を取り戻すと、メルクルディの姿はなかった。
「違う! 違う! 逃げた、逃げた」
「逃がしたか」
ジュスタンは、翠色の前髪をかき上げた。
「アルミーダに敵わないと思ったから逃げたんだ。圧勝だよ。さすが六将星!」
「当然! 当然! セヴィルの手下にわたしが敗けるわけない」
ジュスタンは、にっこり微笑むと、走り出した。
「さあ、急ごう、アルミーダ。セリーヌを助けなくちゃ!」
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「―待って! ジョゼっ!」
先行するジョゼを、アイラは呼び止めた。
「エンリルが言ってる! 警戒してっ。何かがいる!」
二人は背中を合わせて周囲に気を巡らせた。深い森の中だ。ほかの至宝天は見当たらない。
「……!?」
咄嗟にアイラは頭上を見た。剣が振り下ろされる。身体が勝手に動いた。杖で剣を受け止めていた。
樹上から攻撃してきた人影は、見事なバク転で距離を取った。
「……へえ。やるじゃないの」
それは、ディモンシュ=イオータだった。
「活きの良さそうな女が二人。楽しめそうね」
ディモンシュ=イオータは、剣をかざしてみせた。剣を持っているのでなく、手そのものが剣に変化している。彼女はその剣を舌で舐めた。とても艶かしく、そして危険だった。
「お前、誰だ? 見たことがない。新しい魔族か?」
アイラは誰何した。彼女に匹敵するスタイルの持ち主から目を離さない。
「私は、ディモンシュ=イオータ。七曜珠の一人よ。よろしくね」
「―アイラ。気をつけて。こいつからとんでもない魔力を感じるよ」
エンリルが警告してきた。
「ジョゼ! 私の側から離れないで!」
「はいっ、アイラ大隊長さま!」
二人が肩を並べて身構えた、そのとき。
ディモンシュ=イオータは、黒い瘴気に包まれた。呪文のようなものを唱える。
「―ディモンシュ=ミュー」
突然、黒い瘴気が広がり、巨大な影となった。
「何だ、これは!?」
悪魔だった。黒い羊角、黒いコウモリの翼を持つ悪魔が、瘴気に満ちた瞳をアイラたちに向けていた。
「ミュー! お前は、あっちの女を殺れ! 私は、こっちのデカパイを殺るっ」
「デカパ…って、失礼ねっ!」
アイラは、こめかみに青筋を立てて睨みつけた。
「エンリルっ! この礼儀知らずに鉄槌を下すわよ!」
【裏ショートストーリー】
サイノス「カマキリ! 観念しろ。お前の魔法では、ビルキースの地魔法に到底敵わない」
ランディ「……」
エーヴ「あっ…! カマキリ野郎が逃げ出したっ」
サイノス「……逃げたか」
エーヴ「さすが六将星。強えな」
サイノス「……」
エーヴ「ん…? どうした、サイノス。わたしの顔に何かついてるか?」
サイノス「……いや、何でもない。それより、怪我はしていないか?」
エーヴ「うん。大丈夫。ありがとう。サイノスが守ってくれたから」
サイノス「そうか。それなら、いい」
カリーナ「……お〜いっ!」
エーヴ「あれ!? カリーナさま? キマイラはやっつけたんですか?」
カリーナ「残念ながら取り逃した。奴ら、逃げ足だけは速くてな。お前らも、追い払ったみたいだな」
エーヴ「喋る魔獣たちも、大したことはないですね」
ドラード「油断は禁物だ。何を言うにも魔法が使える。どんな切り札を隠しているかわからないんだからな」
カリーナ「旦那さまは、世界一ですぅ〜。どんな魔法にだって敗けるわけないわぁ〜」
エーヴ(……よくまあ、人の見ている前でぶりっ子できるな。鉄のメンタルかよ。セリーヌの姉なのに、全然似てねえ)
カリーナ「シルヴィアが心配だわ、旦那さまぁ〜。先を急ぎましょうよ」
ドラード「そうだな」
エーヴ(わたしも一度でいいから、あんなふうにサイノスに甘えてみたい。でも…嫌がるかなぁ。堅物だし)
サイノス「……エーヴ。何をぼうっとしている。行くぞ」
エーヴ「あっ…!? ご、ごめん〜」




