第369話 二転三転
サンドラは走る。堅牢な館にシルヴィアが囚われているのは間違いない。
目の前で拐われてしまった。完全な不意打ちだった。フランベルジュでさえ、何もできなかった。責任を感じる必要はないのだ。
頭ではわかっていた。それでも、感情が許さない。何が何でも守ると誓ったのに、今のところ、何の役にも立っていない。
行く手を阻むように、ゆらりと人影が現れた。
サンドラは人影と対峙した。
「……ミラベル」
「私はそんな名前ではない。マルディだ」
「いいや、ミラベルだ。少なくともシルヴィアさまは、そう信じている」
ミラベルは、ゆらりと揺れた。
「今からでも遅くない。戻ってこい、ミラベル」
「……私は信頼を裏切った。仲間も手にかけた。今さら、戻れない」
「そんなことはない。シルヴィアさまは既にお赦しになっている」
「二言目にはシルヴィア、か。相変わらず主への忠義を貫いているのだな」
「そうさ。シルヴィアさまの臣下になれたことを誇りにしている」
「私は、初めからガブリエルさまに忠誠を誓っている。戻るも何も、シルヴィアの隣は私の居る場所じゃない」
「シルヴィアさまの元こそ、私たちの居るべき場所だ」
「見解の相違だな」
ミラベルは、曲剣を構えた。ゆらりと身体が揺れた。
刹那。
ミラベルが、消えた。
気づいたときには、目の前で曲剣が振り下ろされるところだった。驚異的な反射神経でその曲剣を受け止めた。逆に氷槍でミラベルを横に薙いだ。キラキラと氷の粒が煌めいた。
ミラベルも瞬時に身を避けた。少し背後へ逃れる。サンドラは追い打ちをかけた。曲剣が迎え撃つ。火花が散った。
技量は、ほぼ互角。アルマトゥーラの魔法が使える分、サンドラのほうが有利か。
それを承知しているのかどうか、ミラベルは、少しずつ館の方へと追い込まれていく。
「ふんっ…!」
サンドラは、渾身の一撃を見舞った。刹那、ミラベルは建物の窓ガラスを割って中へ飛び込んでいった。後を追ってサンドラも建物の中へ入った。待ち構えていた曲剣が襲ってきた。氷槍で受け止める。
「ミラベルっ! 考え直せっ!」
「まだ言うか!」
「お前、魔法が使えないんだろ?」
「……!」
「ガブリエルの仲間じゃない証拠だ。お前は人間族なんだから!」
「違うっ!」
曲剣で氷槍を跳ね上げ、距離を取った。
「私は羊角族だ。その証拠に角が生える!」
「それでもいい!」
「なんだと…!?」
「羊角族だって構いはしない。私だって兎脚族だ」
「……」
「私はお前を受け入れる。羊角族だろうと人間族だろうと。親友だからな」
「……」
ミラベルの表情が一瞬崩れたように見えた。その隙をサンドラは逃さなかった。
鋭い衝きを放った。ミラベルは必死に避けたが肩をかすった。鮮血が噴き上がった。
「くっ…!」
肩を押さえながら廊下を走り出した。
「待てっ、ミラベル! 話は終わってない!」
サンドラは後を追う。もう少しで槍が届く。そう思った瞬間、ミラベルは、ある部屋に飛び込んだ。
「ミラベルっ!?」
部屋から聞き慣れた声が聞こえてきた。サンドラは慌てて駆け込んだ。
「サンドラまで…!?」
「シルヴィアさまっ!」
シルヴィアが、いた。椅子に鉄鎖で縛り付けられている。
「二人とも、助けに来てくれたのね?」
シルヴィアは、ミラベルとサンドラを交互に見た。
「あ…いや、ミラベルはまだ―」
サンドラが訂正しようとした、そのとき。新たな人影が飛び込んできた。
「―マルディ!? 何をしてるのよ?」
メルクルディだった。アルミーダの攻撃から逃れてきたのだ。
「見てわからないかっ! 敵と戦っているんだ!」
「だからって、猫耳のいる部屋に兎を連れてくることないでしょ!?」
メルクルディは、霧の戦士を発動させた。しかしそれは、アルマトゥーラの氷魔法であっさり消滅させられた。
「ちっ…! わたしは、こいつと相性が悪過ぎる。マルディ! 逃げるよっ!」
刹那。誰もが予想し得ないことが起こった。そこにいた者は皆、神ならぬ身である。致し方のないことではあった。あったが、中でも特に、サンドラにとっては、まさにそれは『奇跡』だった。
突如、壁を破壊して部屋に乱入した者が、いた。その人物は、飛び込みざまメルクルディの首を斬り飛ばした。
メルクルディ当人も、何が起こったか認識できなかっただろう。飛ばされた首や身体は、霧となって消え失せた。
「あ…あ…」
サンドラは、金縛りにあったようにその場で動けなくななった。信じられないものを目の当たりにして、呆然と立ち尽くした。
その人物は、白銀の髪をかき上げて、サンドラを見つめた。
それは、絶対にこの場に現れない者。現れるはずのない者。しかし、恋焦がれて止まない者。それは…
「……バスティ!?」
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悪魔のディモンシュ=ミューが腕を薙いだ。瘴気が吹き荒れ大木が瞬時に枯れた。ほんの少しでも触れたら最後、人の肉体は跡形もなく腐滅するに違いない。
ジョゼは、驚異的な身体能力でその瘴気から逃れ続けた。それでも人であるからには、体力の限界がある。手にした宝剣・草薙の剣を掲げた。
聖なる光が輝いた。光の届く範囲、瘴気が浄化されていく。
「む…。きさま、聖魔法を使うのか」
ディモンシュ=ミューが重々しく言った。
「では、我の闇魔法とどちらが上か、試そうではないか」
手をかざすと、黒い渦が生まれた。それは急速に圧縮し、豆粒ほどの大きさになった。ディモンシュ=ミューは、その黒豆を無造作に投げつけた。
小さいがとんでもない質量を持ったそれをまともに受けたら、膨大なエネルギーに呑み込まれ骨の一欠片も残さずこの世から消えてしまうだろう。
「クサナギさまっ! お願いっ!」
ジョゼの願いを受けて、草薙の剣は、聖なる光に包まれた。光は同じように圧縮し、放たれた。闇の魔法弾と聖の魔法弾がぶつかり合い、衝撃波が周囲にもたらされた。
近くにいたアイラは、咄嗟にエンリルが張った魔法盾で守られた。
「―あいつがいない!?」
衝撃波が収まると、アイラは周囲を見回した。ディモンシュ=イオータの姿が、ない。
「……まさか、今の衝撃でやられた、なんてことはないわよね」
ふと、ジョゼと悪魔のほうを見やると、瞠目した。
悪魔の隣にディモンシュ=イオータが移動していたのだ。
「……あいつ、いつの間に」
そう思った、次の瞬間。轟音と共に爆発音が轟いた。
すると、魔獣たちは建物の方へと飛んでいってしまった。
「あれ? どうしたのかしら」
「―アイラ大隊長!」
ジョゼが走り寄ってきた。
「急に敵が逃げていきました。大きな音もしたし、何事が起こったのでしょう?」
「さあ…。よくわからないけど、今がチャンスよ。シルヴィアさまをお助けに参りましょう!」
「はいっ!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「―よしっ。行くぞ!」
決死の覚悟でリオネルが足を踏み出そうとした、そのとき。炎が渦を巻いて吹き荒れた。
今にもリオネルを飲み込もうとしていた空間は、炎に包まれ、その灼熱で焼き消された。
「サムディ! お前の好きにはさせないぞ!」
ユニコーンのフランベルジュだった。
「……また性懲りも無しに現れたか、フランベルジュゥ〜?」
サムディは、嘲笑した。
「君の火焔弾は、確かに強力だ。だけど、僕を倒すまでは、いかないなあ」
「ほざけ! いくら空間に逃げ込んだって、その空間ごと焼き払ってやる!」
「おうおう、勇ましいこと。やれるものなら―」
言いかけて、サムディはサッと顔色を変えた。後ろを振り向く。
「お父さま!?」
ガブリエルが空中に浮いていた。
「何をやっている、サムディ」
ジロリと睨んだ。
「こんなモブどもに時間をかけるなど言語道断。恥を知れ」
「ご、ごめんなさい、お父さま」
サムディが身を縮めた、そのとき。
魔法がぶつかり合う衝撃音が響いてきた。どこかで魔獣と六将星が戦っているのだろう。
「―フランベルジュ。お前の顔も見飽きた」
ガブリエルは、フランベルジュに視線を移した。
「ここでリオネル共々、葬ってやる」
黒い指輪が光った。強烈な光線が辺りを薙ぎ払った。とてつもない魔力だった。樹々は瞬時に消滅した。辺り一帯は、草木一本残らない荒野と化した。
それでもリオネルたちは、皆無事だった。フランベルジュの炎の盾で防ぎ切った。ほとんどは。
「……フランベルジュ。僕の攻撃を耐えきったことは、褒めてやろう。代償は大きいどね」
「……」
「あっ…!?」
フランベルジュを見て、リオネルが驚きの声を上げた。
「つ、角が…折れてる…」
ユニコーンの一角が、途中で折れていた。ガブリエルが高笑いした。
「ユニコーンの角は、魔力の源泉。魔力の低下は免れない。果たして次の攻撃は耐えられるかな?」
「リオネルっ。できるだけボクの後ろで小さくなっていて!」
「……」
リオネルの反応がない。
「くそっ! ボクの声は聞こえないか」
ガブリエルは手を挙げた。指輪が光る。フランベルジュは、歯を食いしばった。すると。
空の彼方から高速で近づく一点の光があった。それに気がついたガブリエルは、手を下ろした。
光は、建物に激突した。壁を破壊して内部に吸い込まれた。
「―何者かが中に侵入したようだ。これは、ひょっとして…」
「―お父さまっ!」
ディモンシュ=イオータとジュディがほほ同時に宙を飛んできた。
「今の光は何でしょう?」
「そうだね…。アベニールの趣味の悪い悪戯だろう」
「悪戯…」
「―リオネルーっ!」
地上では、カリーナやドラード、サイノス、エーヴが続々と合流を果たしていた。
「無事だったか?」
「俺たちは、大丈夫だ。何ともない。でも、フランベルジュが…」
「にゃっ…!?」
カリーナは、角の折れたユニコーンを見て息を呑んだ。
「―リオネルさま! ガブリエルが逃げます!」
ギーが指差した。
ガブリエルたちはサムディの空間に逃げ込むところだった。
「―よくわからんが、とにかくシルヴィアを救け出そう」
リオネルの号令で、彼らは建物へと突入していった。
【裏ショートストーリー】
ジョゼ「クサナギさまは、どうして聖獣にならないのですか?」
クサナギ「ウザってえなあ、てめえは。そんなこと、訊いてくんじゃねえよ」
ジョゼ「ええー? なぜ、訊いてはいけないのですか?」
クサナギ「アルミーダみてえだろが!」
ジョゼ「……仰ってる意味が、よくわかりません。なぜアルミーダさまと同じではいけないのですか?」
クサナギ「だから、そうやって根掘り葉掘り訊いてくんじゃねえっつってんだ、クソがっ」
ジョゼ「疑問に思ったことは、尋ねてもいいですよね?」
クサナギ「知らねえよ!」
ジョゼ「……だったら、クサナギさまには尋ねません。アルミーダさまに尋ねてきます」
クサナギ「あっ!? ま、待てって!」
ジョゼ「はい?」
クサナギ「早まんな。何も、絶対に教えねえとは言ってねえだろが」
ジョゼ「だったら、教えてください」
クサナギ「……いちいち変身するの、かったりぃだろ」
ジョゼ「えっ!? それが理由…?」
クサナギ「六将星は、もともと武器なんだよ。だから、能力を百パー発揮できんのは、武器のときだ。だったら、ずっとそのままでいいだろが?」
ジョゼ「は、はい…」
クサナギ「聖獣に変身するあいつらの方が、どうかしてんだ」
ジョゼ「……そういえば、ジュスタンさまへのご用事を思い出しました。どのみちアルミーダさまともお会いすることになりますね」
クサナギ「お、おい! これから行くってのか?」
ジョゼ「そうですよ? 何か不都合でも?」
クサナギ「い、いや…別に…何もねえよ」
ジョゼ(嫌ってるのかな? それとも好きなのかな? どっちだろ?)




