第367話 譎詐・欺詐
「では、義姉上。共に聖剣を探すにあたって、いくつかすり合わせをしておきたいのですが」
シルヴィアが指定された席に落ち着くと、早速ガブリエルは、話し出した。
「六将星が目覚めたのは知っています。でも、その後カトゥスの王宮に戻ったのは、なぜです?」
(それを知っているということは、どこかで見ていたのね)
それなら、アベニールが気がつきそうなものだが、何か魔法の類で誤魔化したのかもしれない。
(逆に言えば、王宮で何をしていたかまでは、知らないということよね)
「……それは、あなたたちのせいで怪我人が何人も出たから、治療と療養を兼ねていったん戻ることにしたのよ」
「フざけルなよッ、猫ガ!」
キマイラが喚いた。
「怪我人なラ、こッチもいルンだ! テめえらダケじャネえッ」
「こら、ジュディ。今は僕が話しているんだ。口を挟むな」
ガブリエルが睨んだ。途端、キマイラはしょげ返った。
「ごめんなさぁ〜い。怒らないで、パパ〜」
もう一睨みすると、気を取り直したように、ガブリエルはシルヴィアを正面から見据えた。
「―それは、おかしいですね、義姉上。アルマトゥーラは、ヒーラーだ。怪我などすぐに治せるはず。わざわざ王宮まで戻る必要はないでしょう?」
「だとしても、私の部下は六将星と番になったばかり。あなたたちと戦うのに、お互いのことを知る時間が必要だわ」
結構、口からでまかせは出るものだ。内心、自分自身に驚いていた。
「おかげで、ずいぶんと絆が深まったわ。あなたたちには敗けないんだから、覚悟しなさい」
シルヴィアの挑戦的な発言に、七曜珠たちは激昂した。
「猫の分際で、大口叩くな!」
「六将星なんか、ただの手下じゃないの。私たちと張り合おうなんて、1万年早いわ」
「お父さま。こんなやつ、今すぐ殺してしまいましょう」
「―うるさいっ。静まれ!」
口々に叫ぶ七曜珠に、ガブリエルは怒鳴りつけた。
「僕が話していると言っているだろう!」
七曜珠たちは、水を打ったように静まり返った。魔王の言うことは絶対なのだろう。組織のトップとして、リオネルとは真逆のリーダー像だ。
もっとも、この時代のトップとは、ほぼ全員、ガブリエルタイプであって、リオネルが異常といってもいいほど変わっているのだが。
「―義姉上。聖剣を見つけた後であれば、いくらでも相手になります。でも今最優先すべきは聖剣の行方です。アベニールから何か聞いてはいませんか?」
「残念ながら、アベニールさまと会話をする機会がなくて」
「『迷いの森』からの移動の際だとか、到着後の王宮内だとか、いくらでも機会はあったように思われますが」
「それが、王宮に着いた途端、どこかへ出かけてしまったのよ。私だって、詳しい話を聞きたかった」
誇張はあるが決して嘘ではない。実際、聖剣を手に入れた後、いなくなってしまったのだから。
だがガブリエルは、猜疑に満ちた視線を向けてきた。
「……本当ですか?」
「どういう意味?」
「義姉上は、隠し事をなさっている気がするなあ。ボクたちは協力し合うことにしたはずだ。義姉上の態度は非協力的と見做さざるを得ないですよ」
「何も隠してなんかいないわ。確かに協力するとは言ったけど、馴れ合うつもりはない」
「……」
ガブリエルは、じっと見つめてくる。何かを測ろうとするかのように。すると。
突然、大きな目玉が飛んできた。文字通り目玉だけで、直接羽が生えている。
「なに、これ!?」
思わずシルヴィアは息を呑んだ。目玉が羽を高速回転させて飛んでいるさまは、不気味極まりない。
目玉はガブリエルの目の前で静止した。シルヴィアからはよく見えないが、目玉に何か写っているようだ。
「―わかったよ、『多眼虫』。また何かあったら、報せておくれ」
目玉は、何処かへ飛んでいってしまった。
「義姉上には失望しました」
ガブリエルが視線を投げてきた。その瞳は紅く燃え上がっていた。
「僕を謀ったのですね、協力するなどと嘘をついて」
「……何の話かよくわからないわ」
「とぼけないでください。愛しの兄上が、ここへ迫っているそうです」
(―来た!)
やはり、来てくれた。おそらくドラードが匂いを頼りに追ってきたのだろう。これを待っていたのだ。
「すべて時間稼ぎのためだったのですね。僕に協力するフリをして、その実、リオネルがここを嗅ぎつけるまで僕の注意を引きつけた」
「そうだ、ガブリエル! お前なんかに協力するワケないだろう! もうお前は終わりだ、観念しろ!」
「……イオータ!」
「はいっ、お父さま」
「義姉上を監禁しろ!」
そう言い捨てると、ガブリエルは、ほかの七曜珠を連れて部屋を出ていった。
ディモンシュ=イオータは、つかつかと近づくといきなり平手打ちをしてきた。二人しかいない部屋に音高く響き渡った。
「お前みたいな女が一番嫌いだ」
「……」
「美人で性格が良くて誰からも愛される女だと。なんだ、そりゃ。ふざけんな。胸くそ悪いんだよっ!」
唾を吐き掛けてきた。頬にべっとりとつく。それでもシルヴィアは抵抗しなかった。
ディモンシュ=イオータは、鉄鎖を取り出した。そのままシルヴィアをぐるぐる巻きにした。膨らんだお腹にも容赦なく巻き付けて縛り上げた。
シルヴィアは黙って痛みに耐えた。お腹の赤ちゃんに心の中で何度も頭を下げた。
ディモンシュ=イオータは、シルヴィアの形の良い顎を持ち上げた。
「……ふんっ。悲鳴一つ上げないか。その綺麗な顔に傷をつけてやろうかな。それでも黙っていられるかな」
ディモンシュ=イオータの美しい顔が、酷薄に歪んだ。
「そうだ! そのデカい腹、猫耳のガキが入ってるんだろ? お前らは、直接生殖して増やしていくんだものな。さぞかし愛情とやらを注ぎこんでるんだよな」
「……」
ディモンシュ=イオータの手が剣の形に変形した。
「腹を割いてガキを引きずり出してやるか」
「……!」
シルヴィアは、僅かに身動ぎした。それを見て、いかにも楽しそうに嘲笑した。
「やっぱりそうか。お前今、動揺したな? 母親という生き物は、本能で我が子を守ろうとする」
シルヴィアは、睨みつけた。視線で射殺そうとするかのように。
「おう! いい表情するじゃないか。お高く澄ました顔より、よっぽど綺麗だぞ、猫耳」
剣をシルヴィアの顔に当てた。そのまま引けば深い傷がつくのは必定だ。
ディモンシュ=イオータは、殺気をまとった。本気で斬るかもしれない。愉悦でますます顔が歪んだ。身重で素手のシルヴィアは、完全無抵抗だと信じ切っている。
(ここまでか…)
聖剣を取り出すべくシルヴィアが念じようとした、そのとき。
「―何をしている、イオータ!」
空間が開いてサムディが顔を覗かせた。
「猫なんかいたぶってないで、早く配置につけ。奴らはもう、目の前まで来ているんだぞ」
「ちっ…マジメかよ」
ディモンシュ=イオータは、残念そうに剣を引っ込めた。たおやかな手に戻った。
「クソ猫! ここで指を咥えて待っていろ。すぐにお前の愛しい男を八つ裂きにして戻ってくるからな」
言い捨てると、空間の暗闇に吸い込まれた。
暗闇が完全に閉じると、静まり返った部屋にシルヴィア一人が取り残された。
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「ドラードどの。わかるか?」
ドラードは、鼻を上に向けた。すぐにリオネルに振り返った。
「この先にシルヴィアどのは、いる」
「そうか」
リオネルは、ドラードが指し示した森の奥を見据えた。
「―みんな! シルヴィアは、もうすぐそこだ!」
背後に続く勇者たちを叱咤した。
「必ず救けるぞ!」
リオネルに応える喚声が森に轟いた。深い森は、その声すらも吸い込んでしまい、後には静寂しか残らない。
それでもリオネルは、力強く足を踏み出した。
「……本当にドラードどのには、なんとお礼を言ったらわからん。一生恩に着る」
「必要ない。シルヴィアどのは、我が義妹。当然のことをしているまでだ」
「すまない」
「―待てっ!」
ドラードは、ふいに立ち止まった。森の奥を凝視する。
「来るっ!」
言うが早いか、樹々の間から地面を擦る音が響いてきた。
「トカゲ野郎か!」
ギーら三人がリオネルを守るように展開した。
すると、その後方から飛び出してきた人影があった。
先頭切って樹間から現れたトカゲに一閃! 首がポロリと落ちた。
「セリナ!」
ドラードの背に乗るカリーナが声を放った。
「手伝うぞ!」
「―構うなっ!」
セリナが怒鳴り返した。
「私一人で充分! みんなは先へ行けっ!」
「セリナどの、頼んだっ!」
リオネルは、前だけを見て走り出した。皆、倣って一斉に後を追った。
「―あっはっはっ!」
ドラードの背の上で、カリーナは大笑していた。いかにも楽しそうに。
「セリナが喋ったよ! 今ので、一年分喋ったんじゃねえか? あっはっはっ!」
【裏ショートストーリー】
ジュスタン「へぇーっ! そうなんだ? それは知らなかったな。アルミーダって、面白いねぇ」
エーヴ「……ジュスタンの野郎、楽しそうだな」
サイノス「番のアルミーダがおしゃべり好きらしい。よく二人で話している」
エーヴ「そっか…」
アイラ「エンリルも、よくしゃべりますよ」
サイノス「ビルキースは、そうでもないな。話しかければ応えてくれるが」
ジョゼ「クサナギさまは、寝てばかりです。あまり話し相手になってくれません」
エーヴ「ふ〜ん…。六将星も、個性があるんだな」
サンドラ「……お〜いっ、みんな!」
エーヴ「おっ! サンドラも来た!」
サンドラ「もうすぐ『迷いの森』に入るぞ」
エーヴ「なあ、サンドラ。アルマトゥーラさまとは、よくしゃべるのか?」
サンドラ「は? なんだ、いきなり?」
エーヴ「六将星は、個性いろいろみたいだからさ」
サンドラ「……まあ、それなり、かな。しょっちゅう話すというわけでもまったく話さないというわけでもないし」
エーヴ「ふ〜ん…」
サンドラ「それより、ドラードさまは、『迷いの森』へ向かっている。おそらくシルヴィアさまは、森の中だ」
サイノス「森の中、か…」
サンドラ「頼んだぞ、みんな。何としてもお救いするんだ」
エーヴ「わかってるよ! 任せときな!」
サイノス(エーヴが六将星のことを聞きたがるのは、やはり一人だけ番がいないことを気にしているのだろうな…)




