第366話 誘拐
気がつくと、椅子に縛り付けられていた。
誘拐者は気を遣ってくれたのか、お腹周りに縄はなく、両手両脚だけが椅子にくくりつけられている。
殺風景な部屋だった。石造りで剥き出しの壁には装飾の類がまったくない。窓も何もなく、ろうそくの灯りが一つ、ゆらゆらと薄闇の中で物悲しく揺らめいているだけだ。
「……あのとき確か、目の前で暗闇が開いて、吸い込まれたのよね」
おそらく、空間を操るサムディの仕業だろう。まんまと拐われてしまった。ということは、ここはガブリエルの根城である可能性が高い。
「あ〜あ。サンドラの冗談が、本当になっちゃった」
まだ殺されていないところをみると、ガゼルの聖剣を奪う方法がわからないのだろう。
「……でも待って。なんで聖剣を手に入れたことを知っているのかな」
いや、むしろ知らないのかもしれない。誘拐して、聖剣の在り処を吐かせようとしているのかもしれない。
「これは、滅多なことは喋れないな」
ガチャ、とドアノブの開けられる音が静寂を破って響いた。
「―おや。気がつきましたか」
ガブリエルだった。ミラベルが無表情で付き従っている。
「ガブリエル! あたしを拐ってどうするつもりだ?」
「義姉上、義姉上。そう喧嘩腰にならずに」
ガブリエルは苦笑いを浮かべた。
「以前にも申し出たことですが、僕と協力しませんか?」
「……」
「僕たちは、ガゼルを求める目的は一致している。協力の余地があると思いますが」
(やっぱり、既に聖剣を手に入れたことは知らないみたい)
シルヴィアは、頭脳をフル回転させた。
「……お前は、聖剣を手に入れることが目的だろう。それが、どうして協力できることになるんだよ」
「それは脇に置きましょう。まずは在り処がわからなければ話にならない。協力することはできると思いますが」
「要するにあたしを利用するだけ利用して、最後にはお前が手に入れるという算段なんだろ? そんな奴と手を組むと思うか?」
「最後は、どちらが手にするか。それは力勝負となるでしょう。でも義姉上は、それでは僕に敗けると思っているのですか?」
「……」
「勝つ自信がないと? だから協力できないと仰るのですか?」
「……そうやって、煽っているつもりだろうが、人を縛っておいて言うセリフか? まずは拘束を解いてから言え」
「……」
ガブリエルは束の間、黙考した。やがて、ミラベルに頷いてみせた。
ミラベルは、シルヴィアの視線から逃れるように俯いたまま縄を解いた。
シルヴィアは、手首をこすった。お腹を抱えながら、よっこらしょと立ち上がる。
「……いいわ。協力してあげる。あなたなんかに敗けるわけがないわ。絶対に渡さないんだから」
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「フランベルジュのバカ! バカ! 側にいて何をやってるの! 見損なった! 見損なった!」
しゅんとしてうなだれているフランベルジュに、アルミーダは容赦なく責め立てた。
「我も共にいたが、本当に一瞬の出来事だったのだ。フランベルジュばかりを責められまい」
アルマトゥーラは、重々しく擁護した。しかしアルミーダには通用せず…
「フランベルジュは守護者よ。その目の前でシルヴィアを拐われるなんて大失態、許されない! 許されない!」
「まあまあ、アルミーダ。あなたが怒る気持ちはよくわかります。でも今は、責任の所在を明らかにしている場合ではないでしょう」
ビルキースが仲裁に入った。多頭がそれぞれに向いている。三人の傍らでは、エンリルがぼうっと成り行きを見守っている。クサナギに至っては、離れた場所で床に転がっていた。おそらく寝ているのであろう、寝息が聞こえてきそうだ。
聖獣たちが犬猫ほどの大きさになって、わいわい騒ぎ立てている様子は、なかなかに微笑ましいものがあるが、誰も注意を払う余裕はなかった。
至宝天は至宝天で同じようなやり取りがされていたからだ。
「―本当に済まない」
がっくりと肩を落として、サンドラは謝罪を繰り返していた。
「命に代えてもお守りする、などと大見得を切っておいて、まんまと誘拐されてしまった。万死に値する」
「しょうがないさ。一瞬のことだったんだろう?」
ジュスタンが一生懸命慰める。しかし、サンドラには届かない。
「……私は護衛官として失格だ。シルヴィアさまに万が一のことがあれば、死んでお詫びする」
「バカなこと言うな!」
エーヴが怒鳴りつけた。
「お前が死んだら、セリーヌは戻ってくるのか? そうじゃねえだろ? 生きて奪還することが、わたしたちの為すべきことだろが!」
「エーヴの言うとおりだ」
サイノスが重々しく言った。
「一刻も早くセリーヌの後を追って救出すべきだ。何を言うにも身重なのだぞ。思うように動けないだろうし、腹の赤ん坊も気になる」
「でも、お兄さま。肝心の行方がわかりません」
アイラが至極まっとうな反論をした。
「救出すべきなのは当然ですが、どこへ行けばいいかもわからないのですよ。闇雲に探したって見つかるはずもありませんし」
「それは大丈夫だ。ルプスのドラード王太子は、鼻が利く。匂いでセリーヌの居場所がわかる」
「―おい、みんな!」
そこへ、リオネルが入ってきた。噂のドラードとカリーナを携えている。
「シルヴィアの救出に行くぞ」
「……」
サイノスは、どうだと言わんばかりに妹を見た。アイラは肩をすくめただけだった。
リオネルは、皆を見渡すと、力強く宣言した。
「ドラードどのが協力してくださる。すぐに出発だ!」
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「みんなに紹介しておこう」
ガブリエルは、七曜珠を見渡した。
「ガゼルの聖剣を共に探してくださるシルヴィア皇后陛下だ」
大仰な紹介に、七曜珠は無反応だった。シルヴィアとしては、敵に媚びを売る必要性をまったく感じていなかったので、初めから歓迎されようとは思っていなかった。
だから、挨拶もせず観察に全神経を集中させた。
イケメンのサムディは既に見知っている。こいつの空間を操る魔法が、ある意味もっとも厄介だ。
(……何とかして動きを封じたいな)
そんなことを考えているとはおくびにも出さず、視線を転じた。
カマキリもお馴染みだ。片方の鎌が失くなっている。サイノスとジョゼに斬られたというのが、これだろう。
カマキリの隣にいるのが、獅子・鷹・蛇の頭を持つキマイラだった。聖獣のように身体の大きさを変えられるらしく、今は少し大きな犬程度になっていた。リオネルの言っていたジュディの成れの果てだ。
更に、顔のない少女がいた。目も鼻も口もない。それなのに、こちらを見つめる視線を感じる。これがジュスタンの報告にあったメルクルディだろう。霧を操る魔法の持ち主だ。
そして、もう一人。とんでもない美人が座っていた。
しかし人ではない。桃色の髪から羊角が伸びている。赤い瞳が、じっとこちらを見つめていた。胸元が大きく開いた臙脂のドレスから、今にも豊かな胸がこぼれそうだ。
「……彼女をまだ紹介していませんでしたね」
シルヴィアの視線に気付いたガブリエルが言った。だが、ガブリエルが紹介する前に、美女は立ち上がっていた。
「ディモンシュ=イオータと申します。以後、お見知りおきくださいますよう、陛下」
優雅な膝折礼で挨拶した。豊かな胸が大きく揺れた。
「初めまして、ディモンシュ=イオータさま。カトゥス王国第七王女にして、ブランシャール帝国皇后、シルヴィア・カトゥスと申します。どうぞ、宜しくお願いいたします」
シルヴィアは、殊更仰々しく挨拶を返した。
「あら、ご立派なご挨拶、痛み入ります」
ディモンシュ=イオータは、挑戦的な瞳を向けてきた。
「さすがはブランシャールの皇子を手玉に取った淫女は違いますね。仕草がさまになっていらっしゃる」
「……!」
シルヴィアは、無言で美女を睨みつけた。ディモンシュ=イオータは、意に介した様子もなく金色の瞳を見返した。
「あら? 痛いところを突かれて機嫌を損ねたかしら。でも、事実だから怒ってもしょうがありませんよねえ。だって、政略結婚だったはずなのに、お得意の閨房術で若い皇子を虜にして、意のままに操ってしまわれたのですものねえ」
「……それ以上暴言を吐くなら、許さない」
シルヴィアのこめかみに青筋が立った。挑発だとわかっていても、リオネルを貶めるような言動は見過ごせない。
「許さない、ですって? 陛下は立ち場がわかっていらっしゃらないようね」
ディモンシュ=イオータは、嘲笑した。
「いくら皇后だなんだと威張ったところで、ここではただの人質ではありませんか。しかも身重ときている。剣もろくに振れない身体で、許さないだなんて、どの口が言うのかしら。強がりも甚だしいわ」
「―イオータ。そのくらいにしておけ」
険悪な雰囲気に、ようやくガブリエルが口を出した。それまで、楽しそうにやり取りを眺めていたのだ。
「妊婦をいたぶったところで、どうにもなりはしないだろう」
「はい、お父さま。失礼いたしました」
ディモンシュ=イオータは、にっこり微笑んでみせた。妖艶な仕草は、男は誰でも恋に落ちてしまいそうだ。
「皇后陛下におかれましても、ご無礼の段、ひらにご容赦を。おほほほっ!」
ディモンシュ=イオータの高笑いが部屋中に響き渡った。
【裏ショートストーリー】
ギャスパル「まさか、シルヴィアさまが拐われるなんて…」
ギー「心配だ。すぐに危害を加えられることはないとは思うが」
ギャスパル「でもその割にリオネルさまは、落ち着いていらっしゃいますね」
ギー「おまえにはそう見えるか」
ギャスパル「えっ!? 違うんですか?」
ギー「大変なお怒りだ。今までに見たことがないくらいに、激怒なさっている」
ギャスパル「へぇーっ! さすが長年仕えていらっしゃるギー太尉。よくご存知だ」
ギー「あまりの激怒に突き抜けてしまわれたんだ。だから見た目は冷静に見えるが、おそらく頭の中は沸騰して何も考えられなくなっている」
リオネル「……ギーっ!」
ギー「はっ!」
リオネル「ドラードどのが力を貸してくださる。シルヴィアの匂いがついたものを持ってこいっ! 今すぐに!」
ギー「はい!」
ギャスパル「ええ!? シルヴィアさまの匂いがついたものったって、どうすりゃ…」
ギー「シルヴィアさまの寝室へ行くぞ」
ギャスパル「げっ!? し、寝室…」
ギー「何を赤くなってる」
ギャスパル「だ、だって、寝室、ってことは、そのう…あれでしょ?」
ギー「あ?」
ギャスパル「つまり、その…下着を探すんでしょ?」
リオネル「ギャスパルっ! てめえ、殺されたいかっ!?」
ギャスパル「す、すみませんっ!」
リオネル「ハンカチとか、ドレスとかあるだろ!? そういうのでいいんだよっ! ほんとに殺すぞ!」
ギャスパル「申し訳ありませんっ!」
ギー「……誰か侍女を捕まえたほうがいいな」




