第365話 退魔成聖
「これが、ガゼルの聖剣…」
一見、普通の長剣である。特殊性も神秘性も感じられない。大きな岩に突き立った剣は、柄にもどこにも装飾はなく、宝石の類も何もない。
ただ、剣の周りには、不可思議な圧力を感じた。人を拒む大いなる意志のようなものが。
「なんだよ。ガゼルの聖剣というから、どれだけ凄い宝剣かと思えば、普通の駄剣じゃねえか」
圧力を感じないのか、カリーナはつかつかと近づいた。が、何かにぶつかったように跳ね返された。
「な…!?」
驚いて手を前にかざした。見えない壁でもあるかのように、その先へ手を伸ばせない。
「なんだ、こりゃ!?」
「結界ですよ」
アベニールが前に出た。
「ガゼルの聖剣を護るために、二重の防御を施しました。一つは、六将星を揃えること。もう一つは、この結界です」
「……相当強力な結界だな。私でも破れそうにない」
ドラードが愛妻に寄り添いながら、結界に触れた。
「この結界を解けるのは私だけです。力付くで破れるのはガゼルのみ。セヴィルでも五分五分でしょう」
「王宮の地下にこんなものがあるなんて、初めて知りました」
シルヴィアが感嘆した。
「お父さまにも聞いたことがないし、王家の伝承でもこんな話はなかったです」
「それはそうです。そもそも、ここに聖剣があることは誰一人知らないのですから」
「伝承に残ってたら、大変だよ」
訳知り顔でアヴァンシアが言った。
「それこそセヴィルに漏れてみな、すぐに奪いに来るぞ」
アベニールは、何やら空中に字のような模様を描いた。すると、空気を満たしていた圧のようなものが綺麗に消えていた。
「結界を解きました。さあ、シルヴィア。聖剣を手に取りなさい」
「その前に、あたしに抜かせてくれないか」
またしてもカリーナがしゃしゃり出た。
「聖剣は、持ち主以外手に取ることができないというじゃねえか。本当かどうか試してみたい」
「……いいでしょう。カリーナが抜いてみなさい」
何を思ったか、アベニールは、あっさりと認めた。
カリーナは、恐れ気もなく聖剣に近づき、柄に手をかけた。力任せに引き抜こうとするが、びくともしない。
「―へえーっ! あたしじゃ、ダメみたいだな」
これまたあっさりと諦めて、カリーナは下がった。
「面白そうだね。僕もやってみようかな」
ジュスタンが悪乗りして名乗り出た。そのころには、彼女らの意図を理解したシルヴィアが、苦笑いを浮かべていた。
これは、シルヴィアへの箔付けだ。
どれほどの勇者が挑んでみても、ことごとく抜くことができない伝説の聖剣。それを、シルヴィアがものの見事に一度で抜いてみせれば、まさに正統者の証しとなる。
当然のように失敗したジュスタンのあとに、サイノスまでが挑戦した。力自慢の彼でもやはり微動だにしなかった。
「……ほかに試してみたい者はいますか?」
アベニールの呼びかけに、誰も応えない。
「では、シルヴィア。あなたの番です」
シルヴィアは、ゴクッと唾を飲み込んだ。静かに前に出る。なぜかアヴァンシアも腕を取ったまま離そうとしない。
二人が聖剣の前に立った。空いた手で柄を掴む。力を込めて抜いた…抜こうとした。が。
「あれっ!? 抜けないっ」
皆、一斉にズッコケた。
「―おい! 話が違うじゃねえか!」
カリーナが激しくツッコミを入れた。
「ここで綺麗に抜いてみせるのが聖剣の持ち主なんじゃねえのかよ!」
「あたしに言わないでよっ!」
シルヴィアは怒鳴り返す。
「勝手に盛り上げたのは、そっちでしょっ!」
「姉妹喧嘩は、やめなさい!」
オクタヴィアが一喝した。
「アヴァンシア。こちらに戻りなさい」
「えっ!? わたし?」
心外そうに姉を見返した。それでもオクタヴィアは断固として言った。
「ガゼルの聖剣を手にできるのは、世界に唯一人。あなたに付き添う資格はありません」
「わたしが悪いって言うの?」
「……」
全員の白い視線が突き刺さった。アヴァンシアは、頬を膨らませながらシルヴィアから離れた。
「―では、シルヴィア。改めて聖剣を手に取りなさい」
アベニールに促されて、両手を添えた。
「……ふんっ!」
シルヴィアは、気合を入れて剣を引っ張った。今度こそ、ものの見事に岩から抜けた。期せずしてどよめきが起こった。
「……ぬ、抜けたわ」
シルヴィアは、剣を掲げてみせた。その途端、剣が黄金色に輝き出した。光は、神々しく周辺を照らし出した。すると。剣身に、文字が浮かび上がった。
それは、古代王朝時代の古文字だったので、誰も読めなかった。しかし、アベニールや六将星には、はっきりと読み取れた。それには、こう書かれていた。
『退魔成聖』、と。
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「……ふうーっ」
シルヴィアは、自室のソファに座ると、大きく嘆息した。
「何だか、疲れたわ」
「ずっと立ちっ放しでしたから」
サンドラは、ひざ掛けをかけたり飲み物を用意したり、甲斐甲斐しくシルヴィアの世話をして動き回っていた。
「……サンドラも疲れたでしょう。こっちへ来て一緒に休もうよ」
「ありがとうございます」
それでもサンドラは、何やら片付け仕事をしていて、一向に休もうとしない。
「サンドラ。片付けは後でいいから、こっちへ来て」
「はいはい」
シルヴィアに強く促されて、サンドラは幼子をなだめるように優しく返事をしながら、ようやくソファへ落ち着いた。
「―なんだか、凄いことになっちゃったね」
「ええ。まさか聖獣さまがついてくださるとは、思ってもみませんでした」
円形ベッドを振り返った。フランベルジュとアルマトゥーラが仲良く並んで寝そべっている。
「……聖獣、って、暇になるとよく寝てるよね」
「……はい。そうですね。エンリルさまやクサナギさまも寝ていらしたし」
サンドラが笑った。思わずほっこりする。普段あまり笑わないサンドラがそうしていると、自然と心が温かくなる。
「聖剣は、普段は消えてしまうのですね」
「うん。自由に取り出せるのよね」
ふいに、聖剣が浮かんだ。と思ったら、パッと消えた。
「こうなると、セヴィルが聖剣を手に入れるためには、シルヴィアさまごと拐うしかありません」
「嫌なこと言わないで。考えただけでゾッとするわ」
本当に身震いしてみせた。
「それも、ガゼルさまが復活するまでの辛抱ですが」
「初めは、『迷いの森』にいるのかと思ってたわ」
「どこにいらっしゃるのでしょう」
「アベニールさまは教えてくださらないのよ」
「そういえば、そのアベニールさまは、今どちらへ?」
「知らないわ。用事がある、とか何とか言って、どこかへ出かけちゃった」
サンドラは、少し考える素振りをした。やがて口にしたのは、まったく別のことだった。
「エーヴが気になります。六将星の件では、一人あぶれてしまいましたから」
「そうね。こればっかりは、あたしたちにはどうすることもできないけど。下手に慰めるのも、かえって傷つけそうだし」
「アイラが寄り添ってくれていました。サイノスもいるし、大丈夫だとは思いますが、こういうことを殊の外気にする性格なので」
「至宝天のみんなが、上手く盛り立ててくれてると信じてるわ」
「そうですね…」
「ん…? どうしたの? 何か気がかりなことでもあるの?」
浮かない顔のサンドラに心配そうな視線を向けた。
「あ…いえ。申し訳ありません、お心を煩わせてしまいまして」
「そんなことは、いいから。ねえ、何か気になることがあるのでしょ? 何でも言って。あたしたちの仲じゃない」
「いや、本当に些細なことなのですが…六将星は、いずれもシルヴィアさまの配下を選ばれました。ほかにもギーさまやカリーナさま、セリナさまなど、名だたる戦士が揃っているにもかかわらずです」
「そうね…。カリーナお姉さまが入っているのが悔しいけど、実力は認めざるを得ないわ。―それで?」
「聞くところによると、六将星はガゼルさまの手足とも言うべき股肱の臣。器であられるシルヴィアさま麾下の臣がその相手に選ばれたのは、偶然ではない、必然だったのだな、と思ったのです」
「確かに、サンドラの言うとおりだと思うわ」
「であれば、エーヴが選ばれないはずがない、と思ったのです」
「……そうだけど、六将星は、六人だもの。数が足りないわ。誰かが外れるのは仕方がない」
「そうでしょうか。私は初めから数が合っていると思いますが」
「にゃっ!? なんで?」
「至宝天は五人いるのですよ。ジョゼが加わって六人です」
「でもそれは、フランベルジュがあたしについているから…」
「シルヴィアさまには、ガゼルの聖剣がお有りです」
「にゃにゃっ!? それって、つまり―」
シルヴィアが言いかけたとき、大きな音が響いた。
「―何、今の音?」
シルヴィアは、サンドラと目を見交わした。
「―シルヴィアっ! 敵襲だ!」
フランベルジュとアルマトゥーラが飛び起きた。
「敵襲!? ウソでしょ!?」
驚くシルヴィアの目の前で、突如、空間が開いた。暗黒がぽっかりと大口を覗かせている。
「にゃっ…!?」
身構える暇もなく、シルヴィアは、その暗黒空間に呑み込まれてしまった。
「シルヴィアーっ!?」
瞬時にフランベルジュが飛びかかった。しかし無情にも寸前で空間は閉じてしまった。
【裏ショートストーリー】
ジュスタン「へえーっ! そうなんだぁ」
アイラ「どうしたんですか? 急に大声出して」
ジュスタン「いや、それがさぁ、アルミーダと会話できるんだよ〜」
アイラ「えっ、そうなのですか?」
ジュスタン「番になると、人間でも聖獣と会話できるようになるんだって」
アイラ「それは良かったですね。意思疎通ができないと、戦闘時に支障を来す可能性がありましたし」
ジュスタン「ということはだよ、ジョゼもクサナギと会話できるんじゃないか?」
アイラ「……そうなの? ジョゼ」
ジョゼ「は、はい。クサナギさまと会話できます」
アイラ「そういうことは、私に報告してよね」
ジョゼ「す、すみません!」
エーヴ「……わたし、部屋で休んできていいか?」
ジュスタン「ぎゃあ〜っ!?」
アイラ「な、何事ですか、ジュスタンさま?」
ジュスタン「……エーヴは、いつからいた?」
アイラ「初めからいましたよ?」
ジュスタン「びっくりした〜。……あれ? 前にも似たようなことがあった気がするななぁ」
アイラ「……私、これで失礼しますっ。お義姉さまが心配なので、ちょっと寄り添ってきます」
ジュスタン「……あらら。行っちゃった。変われば変わるもんだね。あんなに角突き合わせてたのに、いつの間にか仲良くなっちゃって」
ジョゼ「アイラさまは、もともとお優しい方です」
ジュスタン「ふ〜ん。……ねえ、ジョゼ。暇なら僕とお茶しない?」
ジョゼ「申し訳ありませんが、クサナギさまと剣の稽古がありますので、これで失礼いたします」
ジュスタン「あらら。フラれちゃった。……みんな、いい子ばっかりだなあ」




