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第364話 聖剣への道

最後の六将星、クサナギがジョゼの元に飛んだ瞬間、エーヴは真っ青になった。


それは、エーヴが六将星の誰からも選ばれなかったことを意味したからだ。至宝天は全員選ばれた。しかも、最後は至宝天ですらないジョゼだった。


(……わたしは、誰からも選ばれない)


目の前が真っ暗になった。


自分は、必要とされていないのだ。たまたま至宝天の友人だったから、その一人のように数えられているだけで、真の至宝天ではないのだ。


泣きたい。泣いて喚いて走り出したい。


それなのに膝に力が入らない。立っていられない。


「エーヴ…!?」


異変に気づいたのはやはりと言うべきか、サイノスだった。駆けつけようとした瞬間、彼よりも早くエーヴの手を握った人物がいた。


エーヴは、驚いたようにその人物を見つめた。


「アイラ…!」


「お義姉さま。大丈夫よ、大丈夫」


桔梗紫色の瞳が視線をじっと注いでくる。そこには、想いの込もった強い光があった。


「な、何だよ…大丈夫、って…」


「大丈夫。……大丈夫だから」


アイラは、それしか言わない。


「べ、別にわたしは…何とも思って―」


いきなり抱きしめられた。アイラの豊かな胸に包まれた。


「……大丈夫。私がいるわ。大丈夫」


「……!」


ぶわっと涙があふれた。勝手に次から次へとあふれ出す。義妹(アイラ)の前で、無様な姿を見せたくなかった。でも、どうしても止められない。感情が抑えられない。涙で目の前が歪んだ。気付いたときには、義妹の胸の中でむせび泣いていた。


「―では、シルヴィア。行きましょう」


当然その様子に気づいているはずのアベニールは、殊更無視するように、猫耳王女へ声をかけた。


「……行く、って、どこへ?」


心配そうにエーヴたちへ視線を向けたまま、シルヴィアは尋ねた。


「六将星が揃いました。次は、あなたの番です」


「にゃっ…!? 番、って、あたしにはフランベルジュがいます」


「ガゼルの器のあなたに相応しい剣があるではないですか」


「にゃにゃっ!? それって、まさか…」


驚くシルヴィアを尻目に、アベニールは高らかに笑った。


「さあ、手に入れにいきましょう。ガ(・)ゼ(・)ル(・)の(・)聖(・)剣(・)を!」




シルヴィアたちから少し離れた樹々の間。大きな目玉が彼女たちを見つめていた。目玉には羽虫のような羽が生えている。ガブリエルの使い魔『多眼虫』だった。


多眼虫は、目玉の虹彩を細くした。遠望のためらしい。しばらくじっとして、シルヴィアたちの動きを追う。


彼女たちが移動を始めると、多眼虫もそろりそろりと動き出した。距離を取るのは、アベニールあたりに存在を悟られないためであろう。


付かず離れず、絶妙な距離を維持したまま、多眼虫は後を追っていった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「……あのう、アベニールさま。ここって、王宮なんですけど」


シルヴィアは、呆然と実家を見上げた。


六将星の番が決まったあと、アベニールの指示の元、シルヴィアたちは、空(・)を(・)飛(・)ん(・)で(・)カトゥスの王宮へと戻ってきた。


シルヴィアは、サンドラ、アベニールと共に、ホワイトドラゴンのアルマトゥーラに乗ってきたのだ。それは無論、身重でフランベルジュに跨げないシルヴィアを慮ってのことである。


ちなみに、ほかの人々はというと。


リオネルやギーら主従四人は、グリフォンのエンリルにアイラと同乗した。サイノスとエーヴはナーガラージャのビルキースの頭に乗り、少し遅れて地上を走った。カリーナ、セリナ姉妹はドラードに跨った。


ジュスタンとジョゼは、それぞれ単独で空を飛んできた。ジュスタンは、子どものように興奮してはしゃぎながら、ジョゼは、恐怖で顔を歪ませ夢中でクサナギにしがみつきながら。


そして辿り着いたのが、スタートととも言うべき王宮だったのだ。


「……なんだか、振り出しに戻ったような気分だわ」


「さあ、行きましょう」


そんなシルヴィアには構わず、アベニールは先頭切って歩き出した。


六将星は、それぞれ武器へ姿を変えて番の手に収まった。


王宮に入ると、待ち構えていたようにオクタヴィアとアヴァンシアが出迎えた。


「やはり戻ってきましたね、シルヴィア」


「オクタヴィアお姉さま? それは、どういう―」


「待ちくたびれたよ、シルヴィアっ!」


アヴァンシアが馴れ馴れしく腕を取った。


「お前を連れていきたいところがあるんだ」


「ちょ、ちょっと待って。何がなんだかよくわからないわ」


「どうやら、あなたの優秀な姉君たちは、気がついたようですね」


アベニールが含み笑いした。大いに驚いたのは、オクタヴィアとアヴァンシアだった。何しろ猫が言葉を喋ったのだ。


シルヴィアは急いで姉たちに紹介し、事情を説明した。オクタヴィアもアヴァンシアも、興味深そうに猫の姿をした女神を見つめたが、今は優先事項がある。


アヴァンシアは、シルヴィアを引っ張るようにして歩き出した。


先頭に立ったアベニールは、まるで我が家であるかのように迷わず地下牢へと入っていく。その奥にある扉の前で立ち止まった。


「あれ!? ここは確か『禁忌の間』よね?」


驚いて、シルヴィアはアベニールの隣に佇んだ。


それは、巨大な鉄の扉だった。普段は鉄の鎖で厳重に封印されている。しかし今は、その封印がない。


「……さては、アヴァンシアお姉さま。封印を解いて中へ入ったのね?」


「ははっ! ま、そういうこと」


悪びれず、にこっと微笑むアヴァンシア。シルヴィアは、呆れたように姉の顔を眺めた。


「ここは、決して開けてはならない扉よ。中へ入った者は呪われるって―」


「―子どものころから厳しく言い聞かされてきた『禁忌の間』だな」


アヴァンシアは、さも楽しそうに言った。


「大抵主人公は、入っちゃいけない部屋に入ることになってるんだよ。古今東西、物語というのはすべからく、な」


「物語と一緒にしないでよ。呪われたら、どうするの?」


「今のところ、わたしたちは呪われていないな」


「わたしたち? まさか、オクタヴィアお姉さま…」


「私だって興味があります」


シルヴィアの視線を受けて、オクタヴィアは無表情で応えた。


「子どものころは恐怖の象徴でしかなかったこの扉の奥には、何があるのか。呪いなどこの世に存在しません。あるのは人の欲です。その欲がここから人を遠ざけるため、呪いなどと陳腐な迷信を広めたのに違いないのです。―そうですよね、アベニールさま」


「……猫耳の姉妹は、優秀なものばかりですね」


オクタヴィアに問われて、アベニールは一歩踏み出した。


「―では、中へと入りましょう」


扉の奥は真っ暗だった。ひんやりとした空気に包まれる。先にオクタヴィアたちが入って空気が入れ替わったからか、淀んではいなかった。


それでも静寂と暗黒に支配されたそこは、人々に根源的な恐怖の感情を呼び起こさせた。


アベニールは光の球体を現出させた。その光を頼りに進むとすぐに下りの階段となった。階段の先は光が届かず見通せない。まるで、地獄へと続いているかのようだった。


慎重に階段を下る。アヴァンシアは、ずっとシルヴィアに寄り添って離れようとしない。すぐ後ろを忠実なサンドラが辺りを警戒しながら続いた。


すると、突然、開けた空間に出た。


謁見の間に匹敵するほど広く、とても天井が高い。一行は空間に広がった。しかし、そこで足止めとなった。目の前に、巨大な鉄の扉が立ち塞がっていたからだ。


「……ここまでは来れたんだよ」


アヴァンシアが扉を見上げながら言った。


「でも、どうやってもこのデカブツが開かないんだ」


扉はシルヴィアの背丈の2倍はありそうだった。それでいて把手らしきものが、ない。特徴的なのはそれだけではなかった。扉には、いくつかのくぼみがあった。その形には、心当たりがある。


「このくぼみ、どう考えても武器、だよな?」


アヴァンシアの言う通りだった。それは、剣や弓、槍や斧などの形に間違いない。


「……なるほど。そういうことなのね」


シルヴィアは、合点がいったように何度も頷いた。


「六将星なのね。六将星を揃えられた者だけが、この扉を開けることができるのね」


「―さあ、シルヴィア。わかったのなら、やることは一つです」


アベニールに促されて、シルヴィアは言った。


「お願い、六将星のみんな! あたしに力を貸してっ!」


『はいよ!』


フランベルジュがくぼみに飛び込んだ。それは、ぴったりと嵌った。


それを皮切りに、六将星はすべて収まった。鉄の扉は眩い光に包まれた。暗闇に慣れた目が眩しく、思わず目を閉じた。


扉は、音をたてて、二つに割れた。開き切ると、眩い光が収まった。中をそっと窺う。真っ暗で何も見えない。


無言で足を踏み出す。しばらく進むと、そ(・)れ(・)があった。


大きな岩に無造作に突き刺さった、聖なる剣が。

【裏ショートストーリー】

カリーナ「六将星か。面白え連中だ」

ドラード「ガゼルの忠実な部下たち、だったな」

カリーナ「番とやらに選ばれたのが、シルヴィア直属の部下というのが、いかにもですよねぇ、旦那さま」

ドラード「シルヴィアがガゼルの器であれば、当然だろう」

カリーナ「あたしも、聖獣と番になりたかったわぁ……」

セリナ「……」

ドラード「……お前には、私がいるではないか」

カリーナ「や〜んっ! 冗談ですよ、冗談!」

ドラード「……たちの悪い冗談を言うな」

カリーナ「ごめんなさぁ〜い。でも、嬉しいっ。ヤキモチ妬いてくださったのでしょ?」

ドラード「別に…そういうわけでは…」

セリナ「……」

カリーナ「あたしは、旦那さまのことが世界で一番好きなのです。こうして一緒にいられるだけで幸せ。聖獣だろうとなんだろうと、ほかには何もいりません。だから…」

ドラード「……」

カリーナ「あたしだけを見て。あたしだけの旦那さまでいて」

ドラード「無論だ、カリーナ。愛している。私のほうこそ、お前だけがいれば、それでいい」

カリーナ「きゃあ〜っ! 嬉しいっ。あたしったら、世界一の幸せ者だわ。幸せ過ぎて、死にそう」

ドラード「死んではならん。私より先に死ぬことを禁ずる」

カリーナ「ふふっ! ものの例えですよ、旦那さま。本当に死ぬわけではありません」

ドラード「……またたちの悪い冗談か」

カリーナ「ふふふっ! 旦那さまのそういうところも大好きっ!」

セリナ「……」

ドラード「……飛ばすぞ。シルヴィアたちに遅れるわけにはいかない」

カリーナ「はいっ。旦那さまっ!」

セリナ「……」

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