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第363話 六将星

「あ、あの…フェアリーさま…」


フェアリーの質問攻めに、シルヴィアは圧倒された。


「アベニールさま! なんで器が猫耳族なの? 犬牙族じゃダメなの?」


「あの…フェアリーさま…ご挨拶をさせてくだ―」


「―あっ! わかっちゃった! アベニールさまが猫だからなのね? もし犬なら犬牙族だったけど、猫だから猫耳族なのね? ね? そうなんでしょう? ね? ね?」


何とか口を挟もうとするが、さしものシルヴィアもフェアリーの早口の前に為すすべがない。


「アルミーダ! 落ち着きなさい!」


業を煮やしたアベニールが一喝した。アルミーダと呼ばれたフェアリーは、ようやく口も身体も動きを止めた。 すかさずシルヴィアが口を開いた。


「は、はじめまして、フェアリーさま。シルヴィアと申します」


「知ってる! 知ってる! フランベルジュのお気に入りよね? ね? ね? フランベルジュ?」


(知ってるのかよ!)


内心、シルヴィアはツッコミを入れたが、さすがに聖獣相手に遠慮して口には出さなかった。すると。


それまで宙を漂っていた杖が強烈な光を発した。思わず目を瞑る。


「―ふぁ〜。よく寝た〜」


のんびりとした声が頭上から降ってきた。そっと目を開けると、目の前に巨大なグリフォンがいた。


「アベニールさまぁ。何事です? せっかく楽しい夢を見ていたのに起こすなんて、ヒドいじゃないですかぁ」


「それは気の毒をしましたね、エンリル」


アベニールの口元から、思わずという感じて笑みがこぼれた。


「それでも、安眠を貪る秋(とき)は終わりました。ガゼルが復活するのです」


「へえーっ! ガゼルさまの器が見つかったんだぁ」


「あのっ! グリフォンさま。シルヴィアと申します。どうぞお見知りおきください」


エンリルは、目の前にいる猫耳王女をぼうっと見つめた。アルミーダが宝石のような羽根を高速回転させて、エンリルの鼻先に止まった。


巨大なグリフォンの前では、それこそアルミーダは羽虫のようだ。


「エンリル! 知ってた? 知ってた? この子がガゼルさまの器なんだって。びっくりだよね? ね?」


「……それ、たった今、アベニールさまから聞いたけど?」


「そうなの! そうなの! わたし、びっくりしちゃった。なんで猫耳族なんだろうね? どうしてだと思う? ね? ね?」


「どうしてかなぁ…。僕、わからないや」


「そうなんだ? そうなんだ? エンリルもわからないんだ。良かった、良かった。わからないの、わたしだけかと思った」


「……あと残るは、『利かん気』だけですね」


二人のやり取りを温かい眼差しで見守っていたアベニールが、視線を動かした。その先にあるのは…


「いつまで寝てるのさっ!」


フランベルジュが地面に転がっていた一振りの剣を蹴飛ばした。刹那。


「―誰だっ!? 今、俺さまを蹴った奴は!?」


剣が喚いた。


「やっと起きたか、『クサナギ』」


「えっ…!?」


フランベルジュの呼びかけに驚いたのは、本人ではなく、アイラだった。思わずジョゼを見つめた。聖獣の声が聞こえないジョゼは、不思議そうにアイラを見返した。


「ふざけんなっ! 例えフランベルジュでも許さんぞっ!」


しかしアイラが説明する暇もなく、クサナギと呼ばれた剣が暴れ出した。


剣が振られるたびに、衝撃波が巻き起こった。しかも辺り一面無差別攻撃である。


「シルヴィアさまっ!」


咄嗟にサンドラが身重の主に覆い被さった。しかし、忠実な彼女に衝撃波は届くことはなかった。


「……アルマトゥーラさま!?」


ホワイトドラゴンがいつの間にか寄り添い、主従を護る氷壁を現出させていたのだ。氷壁を抉る衝撃波の音が響く。それでも即座に修復しているらしく、それが崩壊することはなかった。


「旦那さまは!?」


慌てて周りを見回す。氷壁ですべては見えないが、どうやらリオネルたちは、てんでに身を隠して難を逃れているようだ。


ただ、見境がないだけに、森の樹々を次々となぎ倒していた。このまま好きにさせておくと、『迷いの森』が丸裸になるかもしれない。そう危惧した刹那。


「鎮まりなさい! クサナギ!」


アベニールの一喝が轟いたかと思うと、突如、衝撃波が止んだ。


氷壁が解除され、恐る恐る視線を向けると。


哀れクサナギは、電流の鞭のようなものにがんじがらめにされていた。


「―く、苦しい…。アベニールさま…ほどいて…」


たった今まで暴れ回っていた暴れん坊は、急に大人しくなって懇願した。


「駄目です。どうしてあなたは、いつもすぐにそうやってキレるのですか」


「だ、だって、いきなりフランベルジュが蹴るから…」


「言い訳は聞きません。そこで少し反省していなさい」


「ぐぎぃ〜っ…」


「―これで六将星揃い踏みですね」


クサナギはしばらく放置されるらしい。アベニールは、五将星を呼び集めた。


「では、ガゼル復活の前に、六将星には番(つがい)を決めてもらいます」


「番…?」


シルヴィアは、眉根を寄せた。誰かが六将星と婚姻を結ぶということか?


「違うよ、シルヴィア」


内心を読んだか、フランベルジュが言った。


「アベニールさまが仰るのは、相棒とかバディとかいう意味さ」


「なんだ、びっくりしたわ」


ここで聖獣と結ばれるのは、それはそれで神秘的、神話的で気持ちが高揚するが、既婚者が何人もいるのだ。勝手に決められては、騒動が起こるのは必至である。


「―我は既に定まっている」


アルマトゥーラが真っ先に動いた。長い身体をくねらせると、白く輝く槍へと変身した。


「サンドラ。我を携えよ」


「えっ…!?」


突然のことに、サンドラはオッドアイを白黒させた。


「『竜槍のサンドラ』。まさに氷槍アルマトゥーラの番として相応しい」


アベニールがにっこりと微笑んだ。それでもサンドラは戸惑ったように動かない。


「どうした、サントラ? 我では不服か?」


「いえ、滅相もございません」


サンドラは、慎ましく頭を振った。


「その名も高いペレーズ山の聖獣ホワイトドラゴンさまにお声をかけていただき、身に余る光栄。しかし私は、名も無きただの戦士でございます。聖獣さまに触れるなどと、そんな畏れ多いことはできません」


「名も無いとは、謙遜が過ぎる。『竜槍のサンドラ』といえばブランシャールどころか、パストゥール大陸中に轟いているぞ」


「……サンドラ。素直に受け入れるべきだわ」


シルヴィアがそっと後押しした。


「聖獣と番になるなら、あたしも嬉しいし、ますます頼もしいもの」


「……番の意味が違います」


サンドラは、ジロッと主を見た。だが、これ以上の辞退はかえって聖獣に失礼にあたる。そう思ったサンドラは、片膝をついて頭を垂れた。


「わかりました。僭越ながら、ホワイトドラゴンさまのお言葉に従います」


手を伸ばし氷槍を手に取った。


「む…!」


手にした瞬間、身体中に力がみなぎった。まるで、アルマトゥーラの力が注ぎ込んでくるようだ。今まで感じたことのない衝撃に心が震えた。


「……」


氷槍を一薙ぎした。氷の粒がキラキラと後を引いた。


「―では、私も」


ビルキースが鎌首をもたげた。突然、大地が揺れた。穴が崩落し、巨大な蛇が何体も地中から現れた。そしてそれは、一つの胴体に繋がっていた。多頭蛇神ナーガラージャは、いきなり縮小した。すると、大きな斧となっていた。


「サイノス。お願いします」


「……俺でいいのか?」


サイノスは意外な面持ちで尋ねた。


「あなたが良いのです。私は地斧。『鉄拳のサイノス』こそ、相応しい」


「……」


サイノスは、無言で斧を手にした。


「次は、わたし! わたし!」


アルミーダが宝石のような羽根を高速回転させた。すると、初めて現れたときの弓へと姿を変えた。


「ジュスタン! ジュスタン! あなたよ! 雷弓アルミーダの番は!」


聖獣の声が聞こえないジュスタンに、シルヴィアがアルミーダの言葉を伝えた。


「……やっぱり、そうだと思った」


ジュスタンは、翠色の前髪をかき上げた。


「初めて弓を見たときから、運命の赤い糸を感じていたよ」


「こら、ジュスタン。赤い糸なんて言わないの!」


シルヴィアが殴る真似をしてみせた。


「メロディに言いつけるよ」


「メロディなら、わかってくれるさ。何と言っても聖獣の弓を手にできるんだから」


ジュスタンは、逡巡すら見せず、当然のように弓を手に取った。


「それじゃあ、今度は僕の番だね」


グリフォンのエンリルは、大鷲の翼を一度羽ばたかせた。すると、初めの杖に戻っていた。


「アイラ! 君は僕の番(・)だよ!」


「えっ!?」


心底驚いたように、アイラは言葉を失って呆然と佇んだ。心配そうにジョゼが胸の前で手を合わせた。実際のやり取りは聞こえなくても、雰囲気で察したらしい。


「何ぼんやりしてるの。さあ、早く僕に触れなよ」


エンリルが催促した。それでもアイラは肯わなかった。


「わ、私は、それこそ本当に名前を知られていないただの天馬隊隊員です。しかも軍に入ってまだ日も浅く―」


「そんなの関係ないよ」


言い募るアイラをエンリルは遮った。


「意外と理屈っぽいんだな。僕が君を選んだんだ。理由なんてそれで充分じゃないか」


「……」


「アイラ。何も考えず受け取れ」


サイノスが斧を肩に乗せながら言った。


「お前は、誰もが認める至宝天の一人だ。かく言う俺も認めている。名など、知られていようがいまいがどうでもいいではないか」


「……ありがとうございます、お兄さま」


アイラは、最愛の兄に褒められたというのに、さして嬉しそうでもなく言った。


「では、遠慮なく受けさせていただきます」


アイラは、杖を手に取った。


「……では、クサナギ。あなたが最後です」


アベニールは、縛り付けていた鎖を解いた。クサナギは一度身震いすると、躊躇することなく一直線に飛んでいった。


ジ(・)ョ(・)ゼ(・)の元に。


その瞬間、エーヴは血の気が引いて真っ青になった。

【裏ショートストーリー】

ビルキース「……フランベルジュとアルマトゥーラがこちらに近づいてきます」

アルミーダ「アルマトゥーラ? 珍しいね? 珍しいね?」

ビルキース「アベニールさまが仰っていた『そのとき』がきたのかもしれません」

アルミーダ「ガゼルさまの器? 誰だろ? 誰だろ? 例の猫耳王女かな? ビルキースはどう思う?」

ビルキース「私にわかるわけがありません。すべてはアベニールさまのお心一つです」

アルミーダ「楽しみ! 楽しみ!」

ビルキース「……エンリルもクサナギも寝ていますね」

アルミーダ「起こす? 起こしたほうがいいかな? どう思う? ね? どうする?」

ビルキース「そうですね…。まあ、今は寝かせておきましょう。必要があればそのときに起こしても遅くはありませんし」

アルミーダ「二人ともバカだから、起きないかもよ? いいの? いいの?」

ビルキース「馬鹿は言い過ぎです。考えるより先に行動してしまうだけですよ」

アルミーダ「ビルキースは、優しい! でも甘い! 甘やかしちゃ、ダメ! 蹴飛ばしてでも起こすべき!」

ビルキース「はいはい。そのときには、そうしましょう」

アルミーダ「ビルキース、笑ってる! 絶対しないでしょ? する気がないでしょ? 優しい! 優しい! ビルキースは優しい!」

ビルキース「ふふっ…。さて。アベニールさまは、どんな器を連れてくるでしょうか…」

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