第360話 形勢逆転
全身、切り傷だらけだった。
肩で大きく息をつく。既に立っているのがやっとだった。
それでも、霧の剣士は容赦なく向かってくる。
「……ええっ〜い!」
気力を振り絞って剣を弾き飛ばした。脚がもつれた。別の剣が伸びてきた。かわしきれず、腕に浅傷を受けた。それでも剣を砕いた。
「もうボロボロじゃないの〜、ジュスタン」
少女が嘲笑った。頭の中で響く声である。少女には、笑う口も目もない。白髪だけが別の生き物のように蠢いた。その髪の先は霧となって剣士を操っている。
「いい加減、諦めなよ。どうせわたしに敵いっこないんだからさ」
「ふざけるなよ、魔獣。人間族に諦めるという言葉はない」
「あっはっはっ。立ってるのがやっとなのに、口だけは達者だ」
「女性を口説くことに人生を捧げてきたからね。もっとも、君を口説く気にはならないけど」
「……やっぱり何言ってるか、わからん。人間族の思考は理解できない」
「君に理解してもらおうとは思わない。メロディが理解してくれれば、それでいい」
「お前との会話はつまらない。もう死んでいいよ」
霧の剣士が剣を構えた。動けないでいるうちに囲まれた。数体はかわせる。でもすべては無理だ。
(……ごめん、メロディ。無事に帰る約束、果たせそうもない)
ジュスタンは、両手をだらりと下げた。
「なんだ。やっぱり諦めたんじゃないの。強がりばかり言って、見苦しいなあ」
少女がきゃっきゃとはしゃいだ。
「そういえば、名乗るのを忘れてた。わたしは、七曜珠のメルクルディ。この名を胸に刻んで地獄へ落ちな!」
霧の剣士が一斉に動き出した、そのとき。
奇跡が起こった。
「……!? これは…!」
ジュスタンは、呆然とその場に佇んだ。
「セリーヌ…か? セリーヌがやったのか…?」
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「ようこそ、義姉上、『迷いの森』へ。歓迎しますよ」
ガブリエルは、天使の微笑みを浮かべた。その表情とは裏腹に、禍々しいオーラが全身を包んでいた。
「ガブリエルっ! ミラベルを返してもらうぞ!」
禍々しいオーラに負けまいと、シルヴィアは睨みつけた。
「いやだなあ、義姉上。何度言えばわかってくださるのか。ミラベルなどという下賤な名前ではなく、マルディですよ」
「そうやってミラベルを騙したんだろう! いかにもクレールさまから生まれたように見せかけて!」
「そんな回りくどいことはしませんよ。事実をありのままに話したたけです」
「ミラベル! 騙されちゃ、ダメっ。そんな証拠はないんだから」
「証拠ならあります。今は立派な角を隠していますが、顕にすることが―」
「それならさっき見たわ。手術までして思い込ませるなんて、この悪魔めっ!」
「心外だなあ。羊角族は、立派な種族です。僕たちから見たら、あなた方のほうがよっぽど悪魔だ。この星の生命を食い尽くす貪欲な悪魔」
「―ミラベル。こっちにおいで。あなたもそうしたいはずよね?」
シルヴィアは、手を伸ばした。ミラベルは、その場にじっと佇んだままで動こうとしない。
「あはははっ! マルディは、嫌だそうですよ。これではっきりしましたね」
「ミラベルっ! お願いよ、あたしの手を取って!」
ミラベルは、シルヴィアの悲痛な呼びかけを振り切るように、曲剣を構えた。ゆらりと揺れると地を蹴った。シルヴィアに刃を降り下ろす。
金属の高い音が響いた。
「サンドラっ!?」
槍が曲剣を受け止めていた。
「ミラベルっ! 目を覚ませっ! お前は至宝天の『ブラッディ・ドール』ミラベルだろう!」
サンドラは、曲剣を跳ね上げた。間髪入れず強烈な突きを放った。凄まじい槍さばきだった。並の戦士ならその一撃で即死していただろう。
しかし相手はミラベルである。即座に反応して体を捻った。すんでで槍先をかわし、むしろ曲剣を横に薙いだ。サンドラの胴に痛撃が入る。
竜槍が煌めいた。槍の柄で、ミラベルの必殺の一撃を受け止めていた。
目にも止まらぬ攻防を繰り広げる両雄を横目に、シルヴィアは、ガブリエルと対峙したままだった。
「義姉上。僕と協力しませんか?」
「協力…?」
「義姉上の目的はガゼルを探すことでしょう? 僕の目的と合致します。共に探しませんか」
「……」
黙り込んだシルヴィアに脈ありとみたガブリエルは、前のめりとなった。
「『迷いの森』のどこかにいることは間違いないのです。共に力を合わせて目覚めさせましょう」
「シルヴィア! 騙されるなっ!」
フランベルジュが叫んだ。
「こいつはガゼルを目覚めさせ、聖剣を奪うつもりなんだ! 口車に乗せられるな!」
「余計な口を挟むな、フランベルジュ。たかが臣下の分際で」
「……フランベルジュの悪口は許さない」
シルヴィアは、美しいとさえ言えるガブリエルの顔を睨みつけた。
「ガブリエル。お前なんかとは絶対に協力しない。ここでお前を倒す!」
「よく言った、シルヴィア!」
炎剣フランベルジュの炎が燃え立った。
「ははっ。妊婦の義姉上が何を言うのか。所詮、フランベルジュ頼みではないか」
炎の矢が放たれた。円状の魔法盾がそれを防ぐ。逆に魔法弾が何本もシルヴィアを襲った。炎の盾が渦を巻いて防いだ。
「―まずはフランベルジュを排除しなくてはならないか」
ガブリエルの首がガクンと落ちた。すぐに顔を上げた。そのときには、別人になっていた。
「―さてと。フランベルジュ。手合わせ願おうか」
「セヴィル!?」
禍々しいオーラが爆発した。先より強力な魔法弾が雨のように降ってきた。
フランベルジュは、たまらずシルヴィアごと宙へ逃れた。追いかけるように魔法弾が集中してきた。火焔弾が炸裂した。
魔法弾と火焔弾がぶつかり合い、激しい衝撃が森を震わせた。お互いの流れ弾が大木を薙ぎ払う。あちこちで樹木が折れ燃え上がった。
「ははっ。フランベルジュ、やるな。これならどうだ?」
ガブリエルは胸のあたりで球体を作る仕草をした。小さなエネルギー弾が生まれた。両手を広げると動きに合わせて球体が膨らんだ。
あっという間に人一人ほどの大きさに成長すると、ガブリエルはそれを投げつけた。
巨大なエネルギー弾がシルヴィアたちを襲った。
フランベルジュは懸命に炎の盾で防ごうとした。しかしエネルギー弾のパワーに耐え切れず、盾が崩壊した。破壊の魔王にシルヴィアが呑み込まれる! そのとき。
奇跡が起こった。
突然、どこかから氷塊弾が現れエネルギー弾に衝突した。氷塊弾は次々と降ってきてエネルギー弾の勢いを止めた。力を取り戻したフランベルジュが火焔弾を放った。
エネルギー弾は、ついに押し返され火焔弾と氷塊弾の嵐に雲散霧消した。
「―シルヴィアーっ!」
呼びかける声に目を細めると。
空の彼方からホワイトドラゴンが近づいてきていた。その頭の上に立つのは。
「アベニールさま!?」
猫のシャウラの姿をしたアベニールだった。
「―ちっ」
セヴィルは、禍々しいオーラを引っ込めた。
「アルマトゥーラさまも! 来てくださったのですか!?」
「一別以来だな、猫耳王女」
アルマトゥーラは雷鳴のような声で応えた。アベニールが跳躍した。見事にシルヴィアの肩に飛び乗った。
「間に合って良かった」
アベニールが笑った。見た目は猫なので、シュール極まりない。
「シルヴィアが『迷いの森』に向かったと聞いて、急いでアルマトゥーラを呼んできたのです」
「……セヴィルが復活したか」
アルマトゥーラは、竜の眼をギロリと向けた。
「氷槍アルマトゥーラ。会うのは何年ぶりかな」
「6千年ほどか」
事も無げにアルマトゥーラは答えた。
「六将星の二つ星なら相手にしてもいいが、僕の目的はお前らを倒すことじゃない。ここは見逃してやる」
セヴィルは、ガクッと首を落とした。顔を挙げたときには、ガブリエルになっていた。
「マルディ! おいで!」
地上では、ミラベルとサンドラは戦いを中断していた。そのミラベルにガブリエルは手招きをした。
「ダメっ! ミラベル! あたしのところに来てっ」
シルヴィアも手を伸ばした。
ミラベルは、じっとシルヴィアを見つめた。サンドラは、息を呑んで見守る。
一瞬、下を向いた。刹那、身を翻した。ガブリエルに向かって跳躍した。差し出された手を掴むと抱き上げられた。
「嫌ぁ―っ!」
シルヴィアの悲痛な声が響いた。ミラベルは、シルヴィアの視線から逃れるように、ガブリエルの胸に顔を埋めてしまった。
「―義姉上っ! また会いましょう!」
ガブリエルは、ミラベルをしっかりと抱きしめたまま、空の彼方へ飛んでいった。
「ミラベルぅーっ!」
伸ばした手は、虚しく空を掴んだ。シルヴィアは、宙に浮かんだまま泣き崩れた。
猫耳王女の慟哭は、いつ果てるとも知れなかった。
【裏ショートストーリー】
ヴァネッサ「シルヴィアさまたちは、大丈夫かしら」
バルケッタ「大丈夫ですよ。至宝天の皆さんも揃ってるし」
ヴァネッサ「でも、天馬隊の方々を全員リシャールへ返してしまったのですよ。至宝天の方々がとんでもない戦士揃いだというのは承知していますが、それでも心配なものは心配なのです」
バルケッタ「意外とヴィシーさんは心配性なのですね」
ヴァネッサ「……ランスさんが鈍感過ぎるのです」
バルケッタ「ご、ごめんなさい。僕の配慮が足りなくて。ヴィシーさんにもジョゼさんにも悪いことをしてしまいました」
ヴァネッサ(……まったく。それだけ躾甲斐があるというものだけど)
バルケッタ「……何か仰いましたか?」
ヴァネッサ「……ジョゼさんは大丈夫かな、と言ったのです」
バルケッタ「……」
ヴァネッサ「私ね、ジョゼさんとお友だちになったの。ブランシャールで初めてできたお友だちだから心配なのです」
バルケッタ「エドさんが初めての友人なのでは?」
ヴァネッサ「もちろん、エドさんは大親友だわ。でも、エドさんやメロディさんは、私にとってはどちらかというとお姉さまですから。近い年代のお友だちとしてはジョゼさんが初めて。だから、彼女のことは大事にしたい」
バルケッタ「ジョゼさんは、いい人ですよ。あまり口数は多くないですけど」
ヴァネッサ「……ランスさん。私のいない間、ジョゼさんの言うことをよく聞いてくださいね」
バルケッタ「え…ええ。わかりました」
ヴァネッサ「夏休みが終わったら、ルメールに帰らなくてはならないのだから。来年になるまで…それまでは…」
バルケッタ「ヴィシーさん…?」




