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第357話 戦士たちの饗宴

「これじゃ、いくら倒してもキリがないわ」


シルヴィアは焦燥を深めていた。


セリナとサンドラは、果てしなく戦い続けている。しかし、霧の戦士自体にはダメージを与えられない。剛勇を誇る二人をもってしても、早晩体力が尽きてしまう。


「何とか打開策を考えないと…」


「ボクが霧ごと焼き払ってやろうか?」


ユニコーンのフランベルジュが炎剣へと姿を変えた。しかしシルヴィアは首を縦に振らなかった。


「駄目よ、フランベルジュ。無差別に火の玉で攻撃したら、旦那さまに当たってしまうかもしれないわ。事前に警告を発することもできないし」


「じゃあ、どうするのさ? このまま二人の体力が尽きるのを指をくわえて見てるつもり?」


「そんなわけないでしょ? 今、一生懸命考えてるとこなの!」


「シルヴィアが知恵を絞っても大していいアイデアが浮かぶとは思えないなあ」


「何ですって!?」


「だってシルヴィアは、考えるより先に動くほうが―!?」


咄嗟にフランベルジュはシルヴィアの目の前で剣身を振った。音高く剣が噛み合った。


「ミラベル!?」


それはミラベルだった。あのミラベルが、シルヴィアに刃を向けている。


フランベルジュが炎を放った。ミラベルは驚異的な身体能力で横っ飛びに避けると、霧の中へ姿を消した。


「―ミラベルっ!」


あまりのショックに呆然と立ち尽くしていたシルヴィアは、ハッと我に返った。


「聞いてミラベル! あなたはガブリエルに騙されているのよっ!」


「シルヴィア! 霧にかくれたら声は聞こえないよ!」


フランベルジュが怒鳴った。


「くっ…!」


シルヴィアは、歯を食いしばった。思うように動かない体が恨めしい。自由に動ければ、力付くでもミラベルを説得するのに。


ふいにフランベルジュがシルヴィアの背後に回った。そのときには霧から現れたミラベルの曲剣と刃を交えていた。


「ミラベルっ! お願い、聞いてっ!」


シルヴィアは必死に叫んだ。


「あなたはガブリエルに騙されているのよっ!」


「私はミラベルなどという名前ではない! マルディだ!」


「いいえ! あなたはミラベルよ。あたしの親友のミラベルなのっ!」


ミラベルは、後方に一回転して距離を取った。今度は霧へとは逃れなかった。


「お前に何がわかる! 私はクレールさまから生まれたマルディだ」


「そう思い込まされているだけよ。あなたは人間族なの。あたしにはわかる」


「笑止。私は羊角族だ」


ミラベルは、気を込めた。シルヴィアの見ている目の前で、頭から二本の角が生えた。


「―!」


シルヴィアは、息を呑んだ。唇を噛んで悲しそうにミラベルを見つめた。


「かわいそうに。手術をされてしまったのね」


「はあっ!?」


ミラベルは、目を剥いた。信じ難いものでも見るように、シルヴィアを頭からつま先までジロジロと見やった。


「羊角族だと信じさせるために、ガブリエルに手術されてしまったんだわ」


「お前、頭おかしいだろ? そんなことできるわけ―」


「セヴィルなら、できるわ」


「―!」


「セヴィルの魔法なら、角を生やすくらい簡単でしょ?」


「……」


ミラベルは、動きを止めた。何かを見極めようとするかのように。シルヴィアは、ここぞと畳みかけた。


「ねえ、ミラベル。あたしたちが初めて会ったときのこと、覚えてる?」


「……」


「お友だちになろうって言ったとき、あなたはとても嬉しそうに笑ってくれたわ。あの笑顔は本物だった。それから―」


シルヴィアは、必死に語り続けた。話すのを止めたら、ミラベルは霧の中へ消えてしまうかもしれない。二度と耳を傾けてくれないかもしれない。


「―天馬隊を立ち上げたとき、小隊長に任命したら、あなたは断った。でも、隊のみんなが拍手してくれて、泣きながら承諾してくれた。あの涙は本物だった。どのミラベルも、どんなときのミラベルも、決してあたしを騙そうと潜り込んできたスパイなんかじゃなかった」


「……」


「一緒に過ごした時間は、偽りでも嘘でもない。どれも本物だった。あなたは誰が何と言おうと、あたしの親友のミラベルだわ。角が生えたって、乱暴な口を利いたって、あたしの大好きなミラベルに変わりはないの」


「うるさい、うるさい、うるさいっ!」


ミラベルは頭を抱えた。曲剣が地面に転がった。


「黙れっ! ネコがっ。私はマルディだ。羊角族だ。ほかの種族は皆殺しなんだ。それがお父さまのお望みなんだ!」


「違うわ! あなたは利用されているだけよ!」


「黙れと言った!」


ミラベルは顔を上げた。顔が歪み涙が流れ落ちた。


「私はもう戻れない。事務部に侵入して情報を盗んだ。ジョエルもこの手で殺した。みんなを裏切ったんだ。もう、あの日には戻れないんだ」


「そんなことないわ。ガブリエルに利用されていただけなんですもの。真摯に説明すれば、みんなわかってくれるわ」


「戻れる…のか…」


「ええ、そうよ!」


金色の瞳が希望に輝いた。


「ミラベル! あたしの手を取って! いつものように髪を撫でさせて!」


「私は…私は…」


ミラベルは、躊躇しながら手を伸ばしたが、またすぐ引っ込めてしまった。


「大丈夫。怖がらないで、ミラベル。あたしが全部受け止めるから」


シルヴィアの笑顔が輝いた。眩いばかりの太陽のような笑顔だった。


ミラベルは、女神の笑顔に後押しされるように、今度こそはっきりと手を伸ばした。そのとき。


黒い光が二人の間を引き裂いた。


光は、フランベルジュが防いであらぬ方へ飛んでいった。


「―困りますね、義姉上。僕のマルディを誘惑されては」


シルヴィアは、霧の中から現れた人影をキッと睨みつけた。


「―ガブリエルっ!」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「エーヴ! 交代しろ!」


サイノスはエーヴの肩を掴んだ。肩で息をしていたエーヴは、物凄い形相で振り返った。


「まだできるよ!」


「駄目だ、交代だ」


「……!」


エーヴは、霧の剣士の剣を吹き飛ばすと、ヒステリックに叫んだ。


「こんなの、いつまでも続けられない!」


「それでもやるんだ。―!」


サイノスは、突然斬りかかってきた鎌を弾き返した。


「カマキリやろう!?」


エーヴが絶望的なうめき声を上げた。


ただでさえ、いつ果てるともわからない霧と戦い続けている。体力もだいぶ削られた。その上、喋る魔獣とも戦わねばならないのか。


しかしランディは考える猶予も与えてくれない。両手の鎌の猛攻が始まった。サイノスは受け止めるのが精一杯で反撃に転じられない。


「―ふざけんな!」


エーヴは、疲れた身体を奮い起こして夫を助けるべく参戦した。


ランディはものともせず、二人の剣を相手に鎌を高速回転させた。速さと強さに二人は徐々に押され始めた。


「―お兄さまっ!」


アイラが飛び込んできた。さしものランディも不利を悟ったか、素早く身を翻し霧の中へ消えた。


「アイラ! ジョゼから離れるな!」


「大丈夫よ、お兄さま。ジョゼならすぐ後ろに…あれ!?」


キョロキョロと周りを見回すも彼女の姿がない。


「どうしよう…はぐれちゃった」


「あれほど言ったのに―」


言い果てもせず、ランディが襲ってきた。


「お兄さまっ!」


助けようと駆け寄るも、霧の剣士が前を塞いだ。


「どけっ! ボケがっ!」


剣を弾き飛ばした。しかしそのときには既にサイノスもランディも霧の中に消えていた。


「お兄さま!? どこ!?」


呼べども応える声はない。呆然と立ちすくんだ。


「お兄さまともはぐれちゃった…」


「―サイノスぅ!」


エーヴが霧から湧いて出てきた。アイラを見つけて嬉しそうに近寄ってきた。


「おっ! アイラがいた。サイノスはどうした?」


アイラは、思い切り嫌そうな顔をして義(・)姉(・)を見た。


「……はぐれました」


「えっ…!? ウソだろ!?」


二人は、しばし無言で見つめ合った。やがてエーヴがにっこりと微笑んだ。


「はぐれちまったもんは、しょうがねえ。二人で力を合わせて霧どもを倒そうぜ!」


アイラは、絶望感たっぷりに応えた。


「―なんで私が、よりによってこいつの面倒をみなきゃならないのよぉ〜っ!」

【裏ショートストーリー】

ミラベル「お父さま。お話があります」

ガブリエル「どうした、マルディ? もうすぐシルヴィアがここへやってくるというのに」

ミラベル「どうして私をスパイとしてシルヴィアの元へ送り込んだのですか?」

ガブリエル「……お前は、初めて生まれた七曜珠だ。外見はほとんど人間族のそれに近い。敵に潜り込ませるには最適だ」

ミラベル「ほぼ人間族だから、失敗作として体よく追い払ったのではないのですか?」

ガブリエル「追い払うなんてとんでもない! お前は僕の可愛い可愛い初めての子どもだ。そんなことをするわけがないだろう?」

ミラベル「私には、お父さまと過ごした思い出がありません。兄妹たちと親しく関わりを持った記憶もありません。私は、本当に羊角族なのですか?」

ガブリエル「何を言う! マルディは正真正銘、羊角族だ。誰が何と言おうと僕の娘だ。……誰かに何か吹き込まれたな? ジュディか? だったら気にしなくていい。あの子はヤキモチを妬いているだけなのだよ」

ミラベル「違います、お父さま。誰にも何も言われていません。私一人で考えたことです」

ガブリエル「疑っているんだね。僕に騙されているのではないかと。実の娘に出生を疑われるとは情けない。こんなことなら、スパイになど送り出すのではなかった」

ミラベル「お父さま!? 泣いていらっしゃるのですか?」

ガブリエル「こんなに悲しいことはないよ。お前を愛しているのに。とても大事に想っているのに…」

ミラベル「……ご、ごめんなさい、お父さま。疑ったりして」

ガブリエル「納得してくれたかい? 二度と疑わないと誓ってくれるかい?」

ミラベル「はい! 申し訳ありませんでした。娘として、お父さまのお役に立ちたいです」

ガブリエル「よく言ってくれた。期待しているよ、マルディ」

ミラベル「はいっ!」

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