第356話 霧の中の激闘
『迷いの森』に入った途端、濃密な霧に行く手を遮られた。
ふいに、シルヴィアの乗る馬車が止まった。霧が濃すぎて前が見えず進めないようだ。
「珍しいわね、『迷いの森』で霧なんて」
「―おかしい」
「にゃっ!?」
シルヴィアはギョッとしてセリナを見た。珍しく彼女が口を開いたのだ。これもまた珍しくシルヴィアは、どもりながら言った。
「お、お姉さまが、しゃ、喋った」
「シルヴィアさまっ! 今問題にするのはそこではありません!」
サンドラが愛用の槍を掴んだ。セリナは既に馬車を飛び出している。
「サンドラ! あたしたちも降りるよ!」
シルヴィアは、サンドラに介添えされながら、なんとか外へ出た。
霧はますます濃くなり、周りがまったく見えない。リオネルや至宝天がすぐ先にいるはずだが、物音すら聞こえない。
「静か過ぎます。これはただの霧ではありません」
サンドラは、ピタリとシルヴィアに張り付いた。辺りを警戒する。
突然、目の前の霧が固まった。みるみる人の形をかたどった。霧の人型は、体の中から剣を取り出した。滑るように近づき剣を振りかぶった。
サンドラの槍が一閃した。
「―!? 手応えがない!?」
驚愕する目の前で、いったんは乱れた霧がまた一塊になり、再び剣を向けてきた。
「シルヴィアさまっ! お下がりくださいっ!」
サンドラの悲壮な声と、剣が弾き飛ばされる音が交錯した。
「お姉さまっ!?」
シルヴィアたちに向けられた剣を弾いたのは、セリナだった。
セリナは、無言で二人の前に立った。
霧は、次々と人型をとり、剣を手にシルヴィアたちを包囲した。
「サンドラ! 見たでしょ。お姉さまのように、剣を狙うのよ!」
「承知!」
サンドラは、シルヴィアを背後にかばいながら、槍を握る手に力を込めた。
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シルヴィアたちが霧の剣士たちに囲まれた、そのころ。
至宝天も同じように霧の剣士に囲まれていた。
「おい! こいつら剣が効かねえぞ!?」
エーヴは、息も荒く剣を両手に構えた。
「エーヴ! 俺から離れるな!」
サイノスが怒鳴った。なぜか霧で見えない範囲からは物音一つ聞こえない。少しでも見失ったら、呼びかけても届かないかもしれない。
「お兄さまっ! 霧ではなく、剣です! 武器を狙って弾き飛ばすしかありません!」
アイラの忠告を遮るように、霧の剣士が斬りかかってきた。サイノスは、音高く剣を飛ばした。
「やった!」
エーヴが喜色を顕にした、その刹那。
霧の剣士は体から新たな剣を取り出した。
「なん…!?」
驚くエーヴに剣が向けられた。その剣もサイノスが弾いた。
「剣は無尽蔵なのかもしれんな」
「んなバカな!? どうしたらいいんだよ?」
「とにかく体力の続く限り防ぎ続けるしかない!」
サイノスは、斬りかかってきた剣士の剣を飛ばした。
「アイラ! 聞こえているか?」
「はい、お兄さま。すぐ近くにいます!」
アイラの豊満な胸が見えた。
「あまり離れるな。霧で遮られたら最後、連絡が取れなくなるかもしれん」
「はい!」
「ジョゼもいるな?」
「は、はい」
「これは体力勝負だ。二人一組になって交代しながら戦え。できるだけ体力を消耗させるな」
「はいっ!」
「わかりました、お兄さまっ!」
「うへえ…。マジかよ」
エーヴは顔をしかめた。サイノスはエーヴを背後にかばいながら、もう一人の盟友の名を呼んだ。
「ジュスタンっ!」
しかし返事はない。既に霧に隔てられてしまったか。
「―エーヴ、休んでいろ。俺が先に戦う」
サイノスは、ジュスタンのことをいったん頭から消した。非情なようだが、今は四人が離ればなれにならないことのほうが先決だ。それにジュスタンなら、そうやすやすとやられるはずもない。
「―おそらくセリーヌたちも同じ状況のはずだ。他力本願になってしまうが、今はセリーヌがなんとか打開策を考え出してくれることを願おう」
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「なんなんだ、コイツらは?」
カリーナは、群がる霧の剣士を見渡した。
「斬っても斬っても倒せねえ」
「カリーナ。これは魔獣の魔術だ」
ドラードの黄金の髪がわさわさと蠢き出した。
「通常の剣では対抗できない!」
黄金の髪が四方に伸びた。その瞬間、ドラードが黄金の光に包まれた。光が収まると、黄金色に輝く狼が現出していた。
「乗れ!」
「はいっ!」
「ワオ〜ンっ!」
ドラードが吠えた。目に見えぬ衝撃波で剣が粉々に破壊された。どういう作用があるのか、霧の剣士たちは、その場に滞留したまま身動きが取れなくなった。
「や〜んっ! 旦那さま、素敵っ!」
カリーナはドラードの背中に両手を広げて抱きついた。黄金の毛がもふもふで、とても気持ちよかった。
「シルヴィアたちもきっと、苦戦しているだろう。すぐに助けに行こう」
ドラードは、鼻をヒクヒクさせた。シルヴィアの匂いは既に覚えている。
「こちらの方角だ。―むっ!?」
走り出そうとした、そのとき。
ドラードは、咄嗟に跳躍した。たった今までドラードがいた空間を、形ある空間が喰らっていった。
「―おやおや。勘の良い狼だね」
霧の中からサムディが現れた。黒い目が笑っている。彼は、わざわざポーズを取ってから続けた。
「それに鼻も利く。君たちをシルヴィアの元へ行かせるわけにはいかないなあ」
「お前がこの霧を作り出した魔獣か?」
「違うよ」
ドラードの問いにサムディは頭を横に振った。
「メルクルディさ」
「喋る魔獣は何体いるんだ」
「さぁね。それより僕と遊ぼうよ。退屈で死にそうだったんだ!」
形ある空間が襲いかかってきた!
「ワオ〜ンっ!」
衝撃波と空間が激突した。空気が歪み膨張して大爆発した。地面はえぐれ、周囲の樹々は一瞬で消滅した。
「……凄い威力だ」
空間が開いてサムディが顔を覗かせた。
「まともに喰らったら即死間違いなしだね。まあ、僕には通用しないけど」
形ある空間が再び襲いかかってきた。ドラードは宙に逃れた。形ある空間はリレーのように次々と高速移動しながらドラードを追った。
いつの間にか、それは頭上にまで及び、左右上下すべて囲まれてしまった。形ある空間がつながり、巨大な球状となった。
「閉じ込めた! もう逃げられないよ、狼」
勝利を革新したのか、サムディは決めポーズを取った。黒い瞳の中でうごめく星雲が煌めいた。
「死ねっ!」
形ある空間が一瞬で収束した。哀れドラードは愛妻と共に空間に圧縮され、塵と化した。……かと思われた。
眩いばかりの黄金の光が爆発した。サムディは咄嗟に目を瞑った。薄目を開けてドラードを見やると、黄金の光に包まれていた。光は彼らの周りをぐるぐると巡っていた。それはまるで、物質の源である原子のようであった。
「生憎だったな、魔獣」
青い目がサムディを見据えた。
「黄金の血は、物質をコントロールすることができる。空間も物質である以上、我が支配下だ。お前の攻撃は無効化できる」
「……これは厄介な相手だなあ。君は聖獣なのかい?」
「聖獣でも何でもない。ただのルプスの王太子だ」
「そういえば名乗っていなかった。僕は七曜珠のサムディ。君は?」
「ドラードという」
「ドラードか。後世に語り伝えてあげるよ。僕と五分で渡り合った英雄としてね!」
空間に巨大な穴が空いた。ドラードの巨体が引き寄せられる。
「むっ…!?」
四肢で踏ん張るも抗えず徐々に吸い込まれていく。
「空間に重力場を発生させた。もう逃れられないよ!」
サムディの高笑いが重力場さえ圧するように響き渡った。
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激闘は、リオネルの周りでも繰り広げられていた。
「ピエール!! ギャスパル! リオネルさまをお守りしろっ」
ギーたちは、霧の剣士を相手に苦戦していた。
「でもギー太尉! こいつら斬っても斬っても倒せねえ!」
ギャスパルは、剣を弾き飛ばしながら怒鳴り返した。
「それでもやるんだ、ギャスパル! 泣き言を言うなっ!」
「こんなの、霧だけに、キリがねえよっ!」
「冗談言う余裕があるなら、大丈夫だなっ」
ギーが華麗な剣さばきで群がる敵を押し返した、そのとき。一つの影が飛び込んできた。甲高い衝撃音が響き、双方距離を取った。
「クソ人間族。今度こそ、リオネルの命をもらうよ!」
それは、ジュディだった。長い爪を立てて跳躍した。
「リオネルさまを守れっ!」
ギャスパルが立ち塞がった。剣と爪が絡み合う。尻尾の蛇が鎌首をもたげた。背後からギーの剣が斬りとばす。すぐさま再生する。またイタチごっこかと思われたそのとき。ギーの剣が鎌首ごとジュディの背中を貫いた。
「ギャーっ!?」
ジュディが怯んだ隙にギャスパルの剣が袈裟がけに斬り捨てていた。
ジュディは死力を振り絞って跳躍し、距離を取った。しかし、立ち上がる力は残っておらず、その場にしゃがみ込んだ。
「トドメだっ!」
「―待てっ!」
ジュディに飛びかかろうと剣を構えたギャスパルをギーが押し止めた。
「様子が変だ」
ギーの言う通り、ジュディの体に異変が起こっていた。
貫かれた背中が割れ始めたのだ。メリメリと裂ける。中から何かがぬっと立ち上がった。それはそのまま膨張を続け、巨大な魔獣へと変貌を遂げた。
「―キ、キマイラ!?」
ギャスパルは息を呑んだ。獅子と鷹と蛇が同時に睨んだ。三重奏が重く轟いた。
「許サンゾ、人間ッ!」
【裏ショートストーリー】
ジュディ「シルヴィアがのこのことやって来たよ」
ランディ「よし。みんな、行くぞ」
サムディ「確か奴らを分断させるんだよね?」
ランディ「そうだ。メルクルディが霧で分断させる。孤立させた奴らを各々が当たれ」
サムディ「そうなると、誰が誰に当たるかだけど…」
ジュディ「はいはぁ〜い! ボクはリオネルがいい!」
ランディ「……好きにしろ」
ミラベル「私は、シルヴィアを殺す」
ランディ「ほう…。マルディが自己主張するのは珍しいな」
サムディ「ええーっ。シルヴィアは僕が狙ってたのに。炎剣と決着をつけたかったなあ」
ミラベル「誰が何と言おうと、これは譲らない」
ランディ「サムディ。譲ってやれ。ここまでマルディが言うのは、よっぽどだ」
サムディ「ちぇっ。わかったよ。じゃあ、僕はシルヴィアの姉でいいや」
ランディ「しかしマルディ。言っておくがシルヴィアを殺してはならん。生かして捕らえろ」
サムディ「例のガゼルを目覚めさせるカギだから、というやつ?」
ランディ「そうだ。それがお父さまの望みだ。違えたら、例え兄弟でも殺すぞ」
サムディ「それくらい、わかってるさ。ねえ、マルディ?」
ミラベル「……ああ。無論だ」
ランディ「では、残りは私が受け持とう。メルクルディが援護してくれる。みんな心置きなく戦いに専念するように」
ジュディ「わかった!」
サムディ「了解」
ミラベル「……」




